私は青野さんとの馴れ初めを嬉々として語った。芽論は私のことを汚物を見るような目で見ながら言った。
「ねえ音々。なんかさあ、情熱的なオフィスラブみたいに話してるけど、そいつ既婚者だよね」
「青野さんは『そいつ』じゃありません」
私は芽論をキッと睨みつけた。でも芽論はその視線を払いのけた。
「何でもいいけど、既婚者ではあるよね」
「うん」
「この国ではね、既婚者には手を出しちゃいけないって決まってんの」
「もしかして、フランスなら違う?」
「フランスでもダメなもんはダメだよ」
私は不満げに口元を歪ませた。
「でも……お互いの合意があるから」
「ダメだっての」
芽論はぴしゃりと言い放った。
「奥さんと別れるって話も、どこまで本気かわかんないよ?」
私は真剣な顔で反論した。
「いや、本気だと思う。だって、責任は取るって言ってくれたんだよ」
「何それ」
「あのね、その日……ゴムなくて」
すると芽論は青い顔で絶句した。
「……それは、あんまりでしょ……」
「でもでも、大丈夫な日だからいいって私が言ったの。現に妊娠してないし。次の日からはちゃんと付けたし」
「次の日って……」
芽論はうなだれた。
そう、一週間の出張ツアーでは四泊した。その全ての夜を青野さんと過ごしたのだ。
芽論はやけになったようにビールをグイグイと飲み、ああ、と低い声を漏らしてから言った。
「で、春にそんなことがあって、クリスマスの今でも関係が続いていると」
「うん。でも、お互いに忙しいから、泊まりの出張があるときだけね。月に二回くらい」
「思ったより多いなあ」
芽論は苦笑した。でも、私にしてみればちっとも足りない。毎日でも青野さんと愛を確かめ合いたい。
「ところがさあ、いま重大な問題に直面してるのよ」
「最初っから問題しかないと思うけど」
私は芽論の言うことを無視した。
「あのね、私が新人として教育を受ける期間が今年度で終わるんだ。そして四月からは北海道の担当になるの。だから青野さんと一緒の現場は、残りわずかなんだよ」
「へえ、ちょうどいいじゃん。これで不倫関係も終わりだ」
「よくなあい!」
叫んだら唾が飛んだ。でも芽論は酔っているためか、あまり気にしていないようだった。
とにかく私には時間がないのだ。青野さんが早く奥さんと別れて、私と堂々と付き合えるようになってほしい。
職場の席が隣とはいえ、奥さんとのことを他の同僚の前で聞くわけにもいかないので、私は社内チャットでこっそりと質問していた。いつ別れられそうですか? でも、曖昧なリアクションのアイコンしか返してくれないのがもどかしい。
私は少しでも青野さんと一緒にいたくて、無理を承知で夜の食事に誘ったりもしているが、毎回断られている。
春には私は北海道の担当になる。むしろ、既に引継ぎのために何度か訪れていて、あちらでは私もレンタカーを運転している。北海道なんて最悪だ。嫌というほどに雪が降って寒いし、札幌駅周辺は一方通行だらけで訳がわからないし、道東道は地獄のような長さだし。
いや、本当は場所の問題じゃない。私は青野さんと一緒にいられなくなるのが嫌なんだ。
青野さん。私は青野さんのことが大好きです。
私は、あなたとずうっと一緒に過ごしたいです。
いつか結婚して、一緒に暮らして。靴下を丸めたまま洗濯機に入れないでよ、なんて怒ったりして。ビジネスホテルなんかよりも広いお風呂に一緒に入って。また少し太ったんじゃない? そりゃあ音々の作るごはんがおいしいからだよ、なんて甘いやり取りをして。いつしか二人の間に子どもを授かって。英才教育を受けさせ、中学は私立の御三家に入学して。私よりも偏差値の高い大学に合格したときには、喜びのあまりに家族で涙して抱き合って。そんな我が子もいずれ家を出て、また夫婦二人きりになって。お互いに皺の増えた顔を見つめて笑って。そんな未来を一緒に描きたいです。
そこで私はハッとした。子ども……。もしかして、既成事実があれば青野さんの尻に火が着くのか……?
でも私はかぶりを振って思い直した。子どもを駆け引きの材料にするなんて、本当に最悪……。母親失格だ。
とにかく、私は正々堂々と青野さんと向き合わないと。
クリスマスが終われば、すぐに年末年始の休みだ。年が明けたら、真剣に話し合おう。
私たちの、未来について。
「ねえ音々。なんかさあ、情熱的なオフィスラブみたいに話してるけど、そいつ既婚者だよね」
「青野さんは『そいつ』じゃありません」
私は芽論をキッと睨みつけた。でも芽論はその視線を払いのけた。
「何でもいいけど、既婚者ではあるよね」
「うん」
「この国ではね、既婚者には手を出しちゃいけないって決まってんの」
「もしかして、フランスなら違う?」
「フランスでもダメなもんはダメだよ」
私は不満げに口元を歪ませた。
「でも……お互いの合意があるから」
「ダメだっての」
芽論はぴしゃりと言い放った。
「奥さんと別れるって話も、どこまで本気かわかんないよ?」
私は真剣な顔で反論した。
「いや、本気だと思う。だって、責任は取るって言ってくれたんだよ」
「何それ」
「あのね、その日……ゴムなくて」
すると芽論は青い顔で絶句した。
「……それは、あんまりでしょ……」
「でもでも、大丈夫な日だからいいって私が言ったの。現に妊娠してないし。次の日からはちゃんと付けたし」
「次の日って……」
芽論はうなだれた。
そう、一週間の出張ツアーでは四泊した。その全ての夜を青野さんと過ごしたのだ。
芽論はやけになったようにビールをグイグイと飲み、ああ、と低い声を漏らしてから言った。
「で、春にそんなことがあって、クリスマスの今でも関係が続いていると」
「うん。でも、お互いに忙しいから、泊まりの出張があるときだけね。月に二回くらい」
「思ったより多いなあ」
芽論は苦笑した。でも、私にしてみればちっとも足りない。毎日でも青野さんと愛を確かめ合いたい。
「ところがさあ、いま重大な問題に直面してるのよ」
「最初っから問題しかないと思うけど」
私は芽論の言うことを無視した。
「あのね、私が新人として教育を受ける期間が今年度で終わるんだ。そして四月からは北海道の担当になるの。だから青野さんと一緒の現場は、残りわずかなんだよ」
「へえ、ちょうどいいじゃん。これで不倫関係も終わりだ」
「よくなあい!」
叫んだら唾が飛んだ。でも芽論は酔っているためか、あまり気にしていないようだった。
とにかく私には時間がないのだ。青野さんが早く奥さんと別れて、私と堂々と付き合えるようになってほしい。
職場の席が隣とはいえ、奥さんとのことを他の同僚の前で聞くわけにもいかないので、私は社内チャットでこっそりと質問していた。いつ別れられそうですか? でも、曖昧なリアクションのアイコンしか返してくれないのがもどかしい。
私は少しでも青野さんと一緒にいたくて、無理を承知で夜の食事に誘ったりもしているが、毎回断られている。
春には私は北海道の担当になる。むしろ、既に引継ぎのために何度か訪れていて、あちらでは私もレンタカーを運転している。北海道なんて最悪だ。嫌というほどに雪が降って寒いし、札幌駅周辺は一方通行だらけで訳がわからないし、道東道は地獄のような長さだし。
いや、本当は場所の問題じゃない。私は青野さんと一緒にいられなくなるのが嫌なんだ。
青野さん。私は青野さんのことが大好きです。
私は、あなたとずうっと一緒に過ごしたいです。
いつか結婚して、一緒に暮らして。靴下を丸めたまま洗濯機に入れないでよ、なんて怒ったりして。ビジネスホテルなんかよりも広いお風呂に一緒に入って。また少し太ったんじゃない? そりゃあ音々の作るごはんがおいしいからだよ、なんて甘いやり取りをして。いつしか二人の間に子どもを授かって。英才教育を受けさせ、中学は私立の御三家に入学して。私よりも偏差値の高い大学に合格したときには、喜びのあまりに家族で涙して抱き合って。そんな我が子もいずれ家を出て、また夫婦二人きりになって。お互いに皺の増えた顔を見つめて笑って。そんな未来を一緒に描きたいです。
そこで私はハッとした。子ども……。もしかして、既成事実があれば青野さんの尻に火が着くのか……?
でも私はかぶりを振って思い直した。子どもを駆け引きの材料にするなんて、本当に最悪……。母親失格だ。
とにかく、私は正々堂々と青野さんと向き合わないと。
クリスマスが終われば、すぐに年末年始の休みだ。年が明けたら、真剣に話し合おう。
私たちの、未来について。



