彼にはカノジョがいるけれど

 怒り散らかす与那嶺さんを、ミドはどうにか落ち着かせて部屋へ連れて行った。下着姿の私も、のっそりと風呂場を出た。
 居室に戻ると、肩を怒らせた与那嶺さんと、無表情で目を細めたミドが座って待っていた。
 私は部屋の中を見回した。脱いだはずの服が見当たらない。それで仕方なく、恐る恐る声を出した。
「あのう……私の服は……?」
 するとミドは無言で立ち上がった。ベッドの上で丸まっていたタオルケットを広げると、中から私の服が団子みたいな状態で出てきた。
 言いたいことはたくさんあったけど、今は与那嶺さんを刺激する行為はマズい。私は静かにしわくちゃの服を身にまとった。
「この女は誰なの」
 与那嶺さんは低い声でミドに聞いた。見りゃわかるでしょ、浮気相手だよ、と内心では思ったものの、決定的な現場を押さえられたわけではない。
 さて、ミドはどう出るのか。無難に与那嶺さんの機嫌を取るのか。それとも、大逆転ホームランで私を選ぶのか。あるいは、みんなで仲良くしようよ、みたいな血迷ったことを言い出したらどうしよう。
「大丈夫。俺はいつだってフウカのことしか考えてないよ」
 ミドは与那嶺さんの手を握ってそう言った。まあ、そうですよね……。
「そんなの信じられるわけない」
「そうだよな。俺が悪かった。でもね、俺にとってはフウカが一番なんだよ」
 フウカと呼ばれた与那嶺さんの表情が、徐々に怒りから困惑に変わっていった。
「だけど、やっぱり社会人と学生だと、合わないこともあるんじゃないかな……」
「そんなことないって。俺たちこれまでもうまくやってきたじゃん」
「でも……」
「フウカ」
 何この茶番。もう帰っていいかな。
「愛してるから」
「……うん」
 ミドからの愛の言葉を受けて、与那嶺さんの表情はとうとう照れに変わった。いくらなんでもチョロすぎだろ。もうこれ以上は見ていられない。
「あのう……私、帰りますね」
 すると、与那嶺さんが厳しい目つきでこちらを見た。
「二度と彼の前に現れないでください」
 いや、私たちは同じ大学のサークル仲間なんだが……。そんな言葉を私は飲み込んだ。
「わかりました。本当にごめんなさい……」
 しゅんとした表情を作ってそう答え、私は玄関に向かった。
 ミドは私を送ろうと玄関まで来た。そこで私はこそっと確認をした。
「また、会える?」
 するとミドは無表情で答えた。
「帰って」
 仕方なく外に出ると、ガチャ、と即座に施錠される音が聞こえた。
 このドアを隔てたところは、ミドと与那嶺さんの世界。私の入り込む余地はなかった。
 少なくとも、今日は。
 
 ……それにしても、帰って、って何。そっちが呼んだんだろ。今日くらいは私の時間にしてくれよ。
 苛立ちを物理的に昇華させたくて、私は電信柱を勢いよく蹴った。しかし、私はそれを強く後悔することになる。
 私は足に尋常じゃない痛みを感じてうずくまった。今までに経験のない痛み。電信柱ってこんなに固いのか……。もう二度と蹴るまい。
 結局、一晩経っても痛みは引かなかった。諦めて病院でレントゲンを撮ると、小指の骨にひびが入っていた。
 人類は電信柱には勝てない。
 自室で添え木の付いた足を見たら、深いため息が出た。怪我のことじゃなくて、怪我をする直前のことを思い出したのだ。
 あれ以来、ミドに送ったメッセージには既読が付かない。もしかして、与那嶺さんに指示されてブロックでもしているのかな……。
 まあいい。私たちは同じサークルのメンバーだ。その気になれば何度でも会える。与那嶺さんなんて、関係ないね。
 
 ところが、ミドはサークルに来なかった。よっぽど先日の修羅場が堪えたのか?
 それはどうやらそうだったらしく、ミドはそのままサークルからフェードアウトしてしまった。
「ねえ芽論」
「何」
「家に行ったらミドはいると思う?」
「……行かない方がいいと思うよ」
「そうかなあ」
「音々、ミドは多分死んだんだよ。社会的に」
 芽論曰く、ミドは死んだ。
 彼を殺したのは与那嶺さんなのか。それとも、私なのか。
 今となっては、もうわからない。