三月の風は、冬の名残をほんの少しだけ抱えながら吹いていた。その風を浴びながら、私はミドと過ごした春休みの日々を思い返した。
私たちは毎日のように会って愛を育んだ。二人で手をつないでいろんなデートスポットを訪れたり、ミドの家で映画を見たりした。私はすっかりキスに慣れた。そしてミドは私に対して敬語を使わなくなった。
「音々さんって動物園とか好き?」
「好きかも。もう何年も行ってないけど」
「お、じゃあ行こうよ。カワウソとかがいるってよ」
「行く行く!」
でもミドとのデートは、基本的には夕方がタイムリミットだったうえ、土日は必ずNGだった。まあどこでも平日の方が空いているし、夜まで出かけ続けると疲れちゃうから構わないんだけど。それにしても、おうちデートですら夕方に帰されてしまうというのはいかがなものか。やっぱり、そこには与那嶺さんの影を感じずにはいられない。
また、ミドはキス以上のことを求めなかった。私もそこまで求めていないから、別にいいけど。とは言え、ちょっとだけ肩透かしではあるし、ここにも与那嶺さんの影響を感じてしまう。
このようにミドとの関係にモヤモヤすることはあったものの、彼の手に触れたりキスされたりすると、もうどうでもよくなってしまう。ミドが私の愛を受け入れてくれて、一緒にいられるというだけで充分だ。我ながらチョロすぎる女だとは思うけど。
でも、世の中には好きな人に触れることすら叶わないことだってあるんだ。それに比べれば、私なんて何百倍も恵まれているわけで。だから文句を言う気は起きない。
「ねえミド」
「何?」
「好き」
「ふふ、音々さんは可愛いね」
そんな甘い春休みも終わり、私は三年生に、ミドは二年生に進級した。
サークルでのミドは、私に対して以前のように敬語を使った。二人の関係を周囲に知られたくないと言っていたから、それはしょうがないんだけど。
ところが、夏公演に向けた役割分担で驚くべきことが起こった。私は加入以来ずっと小道具だ。しかし、ミドは小道具ではなく照明担当の希望を出した。問いただしたところ、「いろいろな役割を経験したい」という至極まっとうなことを言われてしまい、私は閉口した。
さらに、デートの頻度も大幅に減った。春休み中は「平日の昼間の女」でいられたものの、大学の講義が始まってしまうとそうもいかない。
今は午後五時。時間割の都合で早めに帰宅した私はミドのことを思うと堪らなくなり、自室のベッドに横たわりながらスマホでメッセージを送った。
『会いたいなあ』
返信はすぐに来て、メッセージのラリーが始まった。
『なかなか時間が取れなくてごめんね』
『好きだよ』
『いいね。めっちゃ嬉しい』
『寂しいよう』
『俺も寂しいな。写真とか送ってよ』
そこで私の手は止まった。写真……。
スマホのカメラを起動して、慣れない自撮りを撮ってみる。私は写真写りが悪い。撮れた写真を見てみると、スウエットを着たブスが証明写真みたいにまっすぐに写っていて愕然とした。
ポーズが悪いのかと思い、角度を変えて何枚か撮ってみた。それでも納得のいく顔にならない。
試行錯誤の末、私は首から下だけを写した写真をミドに送ることにした。
それがミドにはウケたのか、泣き笑いの絵文字が添えられた返信が来た。
『何で体なの』
『顔は恥ずかしくて』
『部屋着姿も新鮮でいいね』
その返信を見たらギクッとした。顔もそうだけど、それ以前に服装がヤバいじゃん。ちょっと油断しすぎたか?
私は送った画像を取り消してから返信を送った。
『ごめん恥ずかしいから無理』
すると、不満そうな顔の犬のスタンプが返ってきた。さらにメッセージも来た。
『いやめっちゃよかったよ。なんか、エロかった』
「へっ」
思わず上ずった声が出た。こんなダサさの塊みたいなスウェットの何がエロいのか。ミドの発言は理解に苦しむ。
だけど……。ミドにそう思わせたってことは、これは一歩進展かもしれない。目指せ、脱・平日の昼間の女。私はメッセージのやり取りを続けた。
『こういうの好きなの?』
『そうだね。もっと送ってよ』
調子に乗った私は、体だけの写真を四枚ほどミドに送ってやった。あ、もちろん服は着たままね。
ところが、ミドからの返信は途絶えた。時計を見ると、午後六時を回っていた。きっとタイムリミットだ。
今頃は、与那嶺さんがミドの家に来ているんだろうか。ベッドの上でミドに全身をキスされる与那嶺さんを想像したら、羨ましさで悶えそうになった。……余計なことを考えるのはやめよう。
ふと、いたずら心が湧いた。ここで下着姿の写真なんかを送ってやったら、いったいどうなっちゃうんだろう。でも、結果を想像してすぐに撤回した。そんなことをすれば、私は絶対に嫌われる。
ふう、とため息をつくと、それはあっという間にカーペットに落ちて、そのまま染み込んで消えた気がした。カーペット、洗いたいな。
私はため息で汚れたカーペットを踏みつけながら自室を出て、風呂を沸かして入ることにした。
私たちは毎日のように会って愛を育んだ。二人で手をつないでいろんなデートスポットを訪れたり、ミドの家で映画を見たりした。私はすっかりキスに慣れた。そしてミドは私に対して敬語を使わなくなった。
「音々さんって動物園とか好き?」
「好きかも。もう何年も行ってないけど」
「お、じゃあ行こうよ。カワウソとかがいるってよ」
「行く行く!」
でもミドとのデートは、基本的には夕方がタイムリミットだったうえ、土日は必ずNGだった。まあどこでも平日の方が空いているし、夜まで出かけ続けると疲れちゃうから構わないんだけど。それにしても、おうちデートですら夕方に帰されてしまうというのはいかがなものか。やっぱり、そこには与那嶺さんの影を感じずにはいられない。
また、ミドはキス以上のことを求めなかった。私もそこまで求めていないから、別にいいけど。とは言え、ちょっとだけ肩透かしではあるし、ここにも与那嶺さんの影響を感じてしまう。
このようにミドとの関係にモヤモヤすることはあったものの、彼の手に触れたりキスされたりすると、もうどうでもよくなってしまう。ミドが私の愛を受け入れてくれて、一緒にいられるというだけで充分だ。我ながらチョロすぎる女だとは思うけど。
でも、世の中には好きな人に触れることすら叶わないことだってあるんだ。それに比べれば、私なんて何百倍も恵まれているわけで。だから文句を言う気は起きない。
「ねえミド」
「何?」
「好き」
「ふふ、音々さんは可愛いね」
そんな甘い春休みも終わり、私は三年生に、ミドは二年生に進級した。
サークルでのミドは、私に対して以前のように敬語を使った。二人の関係を周囲に知られたくないと言っていたから、それはしょうがないんだけど。
ところが、夏公演に向けた役割分担で驚くべきことが起こった。私は加入以来ずっと小道具だ。しかし、ミドは小道具ではなく照明担当の希望を出した。問いただしたところ、「いろいろな役割を経験したい」という至極まっとうなことを言われてしまい、私は閉口した。
さらに、デートの頻度も大幅に減った。春休み中は「平日の昼間の女」でいられたものの、大学の講義が始まってしまうとそうもいかない。
今は午後五時。時間割の都合で早めに帰宅した私はミドのことを思うと堪らなくなり、自室のベッドに横たわりながらスマホでメッセージを送った。
『会いたいなあ』
返信はすぐに来て、メッセージのラリーが始まった。
『なかなか時間が取れなくてごめんね』
『好きだよ』
『いいね。めっちゃ嬉しい』
『寂しいよう』
『俺も寂しいな。写真とか送ってよ』
そこで私の手は止まった。写真……。
スマホのカメラを起動して、慣れない自撮りを撮ってみる。私は写真写りが悪い。撮れた写真を見てみると、スウエットを着たブスが証明写真みたいにまっすぐに写っていて愕然とした。
ポーズが悪いのかと思い、角度を変えて何枚か撮ってみた。それでも納得のいく顔にならない。
試行錯誤の末、私は首から下だけを写した写真をミドに送ることにした。
それがミドにはウケたのか、泣き笑いの絵文字が添えられた返信が来た。
『何で体なの』
『顔は恥ずかしくて』
『部屋着姿も新鮮でいいね』
その返信を見たらギクッとした。顔もそうだけど、それ以前に服装がヤバいじゃん。ちょっと油断しすぎたか?
私は送った画像を取り消してから返信を送った。
『ごめん恥ずかしいから無理』
すると、不満そうな顔の犬のスタンプが返ってきた。さらにメッセージも来た。
『いやめっちゃよかったよ。なんか、エロかった』
「へっ」
思わず上ずった声が出た。こんなダサさの塊みたいなスウェットの何がエロいのか。ミドの発言は理解に苦しむ。
だけど……。ミドにそう思わせたってことは、これは一歩進展かもしれない。目指せ、脱・平日の昼間の女。私はメッセージのやり取りを続けた。
『こういうの好きなの?』
『そうだね。もっと送ってよ』
調子に乗った私は、体だけの写真を四枚ほどミドに送ってやった。あ、もちろん服は着たままね。
ところが、ミドからの返信は途絶えた。時計を見ると、午後六時を回っていた。きっとタイムリミットだ。
今頃は、与那嶺さんがミドの家に来ているんだろうか。ベッドの上でミドに全身をキスされる与那嶺さんを想像したら、羨ましさで悶えそうになった。……余計なことを考えるのはやめよう。
ふと、いたずら心が湧いた。ここで下着姿の写真なんかを送ってやったら、いったいどうなっちゃうんだろう。でも、結果を想像してすぐに撤回した。そんなことをすれば、私は絶対に嫌われる。
ふう、とため息をつくと、それはあっという間にカーペットに落ちて、そのまま染み込んで消えた気がした。カーペット、洗いたいな。
私はため息で汚れたカーペットを踏みつけながら自室を出て、風呂を沸かして入ることにした。



