まだ日が暮れる前の居酒屋の店内は比較的静かだった。それでも都心の店舗なので、お客さんはそれなりにいて、店内はしんとしているというほどではない。
「何飲みます? 俺はビールで」
居酒屋の席で、ミドは自然な感じで言った。でも。
「ねえ、ミドってまだ十九歳だよね?」
ミドは私の一つ下。大学一年生だ。
私が聞くと、ミドはいたずらそうな顔をして、人差し指を口の前に立てた。その仕草に私の胸はキュンと鳴り、もう年齢のことなんてどうでもよくなった。
カシスオレンジとビールを注文した私は、そわそわと周りを見た。
「こういう席もあるんだね……」
ここは横並びの席だった。カウンターに向かって二人掛けのベンチが置かれていて、左右には仕切りがある。いわゆるカップルシートってやつ。
サークルの飲み会以外で居酒屋に来たことのない私は、その座席に完全に面食らっていた。でも、めっちゃいい。最高。
飲み物は早々に来た。早めの時間だからなのか、注文したものが出てくるのが早い。
乾杯しつつ、料理のメニューに目を通す。でも慣れない居酒屋のメニューに、何を頼めばいいか迷う。
「ミドの好きなもの頼んでいいよ」
「そうですか。食べられないものとかあります?」
「何でも平気」
するとミドは、私の好みを確認しながらぱっぱっと注文用タブレットを操作した。とりあえず早いものを、とか言いながら枝豆を選ぶミドは、完全に居酒屋慣れしているようだった。まだ十九歳なのに。
そこで私は気が付いた。これはきっと、年上の彼女の影響だ。
詳しく聞いたわけではないけど、二人はまだ付き合っていると思う。なぜなら、二人は今もSNSで相互フォローをしてるから。別れたらフォロー解除するよね?
ミドのSNSアカウントのフォロー一覧から、私はミドの彼女のアカウントを特定したのだ。そのアカウント名がYonamine915だったため、私は彼女を便宜的に与那嶺さんと呼んでいた。
きっともう社会人で、ミドに影響を与えた与那嶺さん。そう考えたら、後輩であるミドが急に大人びて見えた。
お酒を飲み交わしながら、私たちは映画の感想を述べ合った。
感想を言い慣れていなかった私はひとことふたことで済んだけど、ミドは様々な単語や表現を駆使して感想を口にした。私はその情熱的な口の動きに魅了された。いつまでも聞いていられそう。
「音々さん」
急に名前を呼ばれて、私は視線を上げた。ミドの大きな二つの目が私を捉えていた。そして微笑んで言った。
「口が開いてます」
私は慌ててきゅっと口をすぼめた。そしてカシスオレンジを一口飲み、恥ずかしさを誤魔化しつつ反論した。
「いいでしょ別に」
「全然いいですよ。可愛いし」
「なっ……!」
さらっとそんなことを言われて、私の心臓は暴れだした。私は動揺を悟られないようにおどけて言った。
「……そんな、褒めても何にも出ませんよ~だ」
「でもほら、こういうのってなかなか言う機会もないんで。今日は二人きりだから、いいかなって」
ミドはニコニコと笑ったままそう言った。私は恥ずかしすぎて手で口を覆った。
これは何だ? 何が起きている? まさか私、ミドに口説かれてる……⁉
男性から積極的に迫られたことのない私には、今起きていることを冷静に受け止められるだけのキャパシティがなかった。サークルでは見せたことがない大胆な態度に、私はどぎまぎするばかりだ。
……いや、よく考えるんだ。私はミドと親密になりたかったはずだ。こんなの、むしろ望むところじゃないか。
鼻から息を吸い込んで脳を覚ました。よし、お返ししてやる。
「あのさあ……ミドも結構いいよね」
私は目を合わせずに言った。我ながら負けてるな……。
「へえ……どこがいいですか?」
ミドのその声はねっとりとしていた。見ると、ミドは頬杖を突き、にやりと笑ってこちらを見ていた。
「その、大きな目とか」
「これね。父親譲りなんですよ。容姿以外には?」
逃げられない。直感的にそう思った。罠にかかったイノシシを解体するかのように、ミドは私の心を解き明かそうとしている。
「えっと、気さくで明るいところ」
「はいはい。他には?」
「あの……いろんなことに熱心に取り組む姿勢とか」
「いいっすね。じゃあもう一声」
「ええっと……その、周りをよく見ていて、意外に紳士なところかな」
「なるほど」
「あの、もういいかな……?」
するとミドはまたにっこりと笑った。
「ええ、ありがとうございます。もう最高ですね。自己肯定感が爆上がり」
ミドは嬉しそうだ。そして私は相変わらず恥ずかしくて、カシスオレンジをグッと飲み干した。
「何か飲みます?」
空になった私のグラスを見てミドは聞いてきた。
「ああ、いや、もういいかな」
「あ、そういえば」
ミドはぱちんと手を打った。
「今日の映画シリーズの昔の作品、見たくないですか?」
「え、うん。見たい」
うちは親がサブスクを契約してる。ちょうどいいや。春休みのうちにいろいろ見てみようかな。
ところが、ミドは思いがけない提案を口にした。
「うちにDVDありますけど、今度見ます?」
場の空気が変わる一言だった。ミドの、家に……? それはあまりにも甘美な誘いで、アルコールの回った体がさらに熱くなるのを感じた。
「うん、見たいな……」
「お、いいっすね。俺、春休み暇だったんで、予定ができてよかったです。いやあ、楽しみだなあ」
ミドは屈託のない笑顔を私に向けた。
私はその笑顔を真正面から受け止めた。顔が赤くなるのを感じる。これはきっと、お酒のせいじゃない。
少しの間、私たちは見つめ合っていた。私の視線からは愛がこぼれていたに違いない。一方のミドも熱い視線をくれている。でも、その目の奥からは、ミドの気持ちを読み取ることはできなかった。
それにしても、今日はすごい日だ。次から次へと向こうから餌が投げ込まれてくる。まるで、池の鯉にでもなった気分だな……。
「何飲みます? 俺はビールで」
居酒屋の席で、ミドは自然な感じで言った。でも。
「ねえ、ミドってまだ十九歳だよね?」
ミドは私の一つ下。大学一年生だ。
私が聞くと、ミドはいたずらそうな顔をして、人差し指を口の前に立てた。その仕草に私の胸はキュンと鳴り、もう年齢のことなんてどうでもよくなった。
カシスオレンジとビールを注文した私は、そわそわと周りを見た。
「こういう席もあるんだね……」
ここは横並びの席だった。カウンターに向かって二人掛けのベンチが置かれていて、左右には仕切りがある。いわゆるカップルシートってやつ。
サークルの飲み会以外で居酒屋に来たことのない私は、その座席に完全に面食らっていた。でも、めっちゃいい。最高。
飲み物は早々に来た。早めの時間だからなのか、注文したものが出てくるのが早い。
乾杯しつつ、料理のメニューに目を通す。でも慣れない居酒屋のメニューに、何を頼めばいいか迷う。
「ミドの好きなもの頼んでいいよ」
「そうですか。食べられないものとかあります?」
「何でも平気」
するとミドは、私の好みを確認しながらぱっぱっと注文用タブレットを操作した。とりあえず早いものを、とか言いながら枝豆を選ぶミドは、完全に居酒屋慣れしているようだった。まだ十九歳なのに。
そこで私は気が付いた。これはきっと、年上の彼女の影響だ。
詳しく聞いたわけではないけど、二人はまだ付き合っていると思う。なぜなら、二人は今もSNSで相互フォローをしてるから。別れたらフォロー解除するよね?
ミドのSNSアカウントのフォロー一覧から、私はミドの彼女のアカウントを特定したのだ。そのアカウント名がYonamine915だったため、私は彼女を便宜的に与那嶺さんと呼んでいた。
きっともう社会人で、ミドに影響を与えた与那嶺さん。そう考えたら、後輩であるミドが急に大人びて見えた。
お酒を飲み交わしながら、私たちは映画の感想を述べ合った。
感想を言い慣れていなかった私はひとことふたことで済んだけど、ミドは様々な単語や表現を駆使して感想を口にした。私はその情熱的な口の動きに魅了された。いつまでも聞いていられそう。
「音々さん」
急に名前を呼ばれて、私は視線を上げた。ミドの大きな二つの目が私を捉えていた。そして微笑んで言った。
「口が開いてます」
私は慌ててきゅっと口をすぼめた。そしてカシスオレンジを一口飲み、恥ずかしさを誤魔化しつつ反論した。
「いいでしょ別に」
「全然いいですよ。可愛いし」
「なっ……!」
さらっとそんなことを言われて、私の心臓は暴れだした。私は動揺を悟られないようにおどけて言った。
「……そんな、褒めても何にも出ませんよ~だ」
「でもほら、こういうのってなかなか言う機会もないんで。今日は二人きりだから、いいかなって」
ミドはニコニコと笑ったままそう言った。私は恥ずかしすぎて手で口を覆った。
これは何だ? 何が起きている? まさか私、ミドに口説かれてる……⁉
男性から積極的に迫られたことのない私には、今起きていることを冷静に受け止められるだけのキャパシティがなかった。サークルでは見せたことがない大胆な態度に、私はどぎまぎするばかりだ。
……いや、よく考えるんだ。私はミドと親密になりたかったはずだ。こんなの、むしろ望むところじゃないか。
鼻から息を吸い込んで脳を覚ました。よし、お返ししてやる。
「あのさあ……ミドも結構いいよね」
私は目を合わせずに言った。我ながら負けてるな……。
「へえ……どこがいいですか?」
ミドのその声はねっとりとしていた。見ると、ミドは頬杖を突き、にやりと笑ってこちらを見ていた。
「その、大きな目とか」
「これね。父親譲りなんですよ。容姿以外には?」
逃げられない。直感的にそう思った。罠にかかったイノシシを解体するかのように、ミドは私の心を解き明かそうとしている。
「えっと、気さくで明るいところ」
「はいはい。他には?」
「あの……いろんなことに熱心に取り組む姿勢とか」
「いいっすね。じゃあもう一声」
「ええっと……その、周りをよく見ていて、意外に紳士なところかな」
「なるほど」
「あの、もういいかな……?」
するとミドはまたにっこりと笑った。
「ええ、ありがとうございます。もう最高ですね。自己肯定感が爆上がり」
ミドは嬉しそうだ。そして私は相変わらず恥ずかしくて、カシスオレンジをグッと飲み干した。
「何か飲みます?」
空になった私のグラスを見てミドは聞いてきた。
「ああ、いや、もういいかな」
「あ、そういえば」
ミドはぱちんと手を打った。
「今日の映画シリーズの昔の作品、見たくないですか?」
「え、うん。見たい」
うちは親がサブスクを契約してる。ちょうどいいや。春休みのうちにいろいろ見てみようかな。
ところが、ミドは思いがけない提案を口にした。
「うちにDVDありますけど、今度見ます?」
場の空気が変わる一言だった。ミドの、家に……? それはあまりにも甘美な誘いで、アルコールの回った体がさらに熱くなるのを感じた。
「うん、見たいな……」
「お、いいっすね。俺、春休み暇だったんで、予定ができてよかったです。いやあ、楽しみだなあ」
ミドは屈託のない笑顔を私に向けた。
私はその笑顔を真正面から受け止めた。顔が赤くなるのを感じる。これはきっと、お酒のせいじゃない。
少しの間、私たちは見つめ合っていた。私の視線からは愛がこぼれていたに違いない。一方のミドも熱い視線をくれている。でも、その目の奥からは、ミドの気持ちを読み取ることはできなかった。
それにしても、今日はすごい日だ。次から次へと向こうから餌が投げ込まれてくる。まるで、池の鯉にでもなった気分だな……。



