彼にはカノジョがいるけれど

 年末年始の冬休みが明けると、後期試験は目前だ。サークルの活動もひと休みとなる。
 それは必然的に、私とミドが会う時間が減るということだった。でも、私はもっとミドに会いたい。
 自宅でくつろいでいるときに、私はミドにメッセージを送った。
『試験が終わったら、どこかに遊びにいこうぜー』
 こういうとき、先輩って便利な立場だ。後輩に対して気兼ねなく連絡ができる。
 しかし、それに対する返信に私は眉をひそめた。
『いいですね! 他に誰を誘ってます?』
 うわあ……これはどっちの意図なんだろう。参加メンバーについて気になっているだけなのか、二人きりで会うことを警戒しているのか。
 彼女持ちの男を誘うのは決して簡単ではないことを、私は経験から知っていた。だって「彼女いるから無理」の一言で終わってしまう。ミドに罪悪感を抱かせずに接近するために、私は慎重を期した。
 とりあえず私は問題を先送りにするメッセージを返した。
『検討中』

 数日後に、私は別の方向から攻めてみた。
『今公開している映画で、何かおすすめのものある?』
 そう、映画。いつか、ミドは私に映画を見るべきだと言っていた。これはいいきっかけになるに違いない。
 その後、ミドからはSF映画シリーズの最新作の名前が返ってきた。私も名前くらいは聞いたことがある、超有名で世界的に人気のシリーズだ。
 でも。
『私そのシリーズ全然見たことないや』
 すると、力強い返信が来た。
『全然平気だと思います! 基本的に、旧作見てなくても楽しめることが前提で作られているんで、事前知識はほとんどいらないと思いますよ』
 なるほど。ミドは本当に映画に詳しいんだろう。説得力があるし、そこまで言われれば見たくなる。
 でも。
『私さあ、映画館ってほとんど行ったことがないんだよね。一人で行くのは気が引けるなあ』
 これを送るとき、指が震えた。さすがに下心が透けて見えるか……?
 ミドから返信が来た。
『じゃあ俺と一緒に行きます?』
「っしゃあ!」
 思わず声が出た。でもリビングにいたので、両親から怪訝な顔で見られた。
「何?」
「あーごめん何でもない……」
 私はそそくさと自室に引っ込んだ。
 そしてスマホを開きなおし、シュババっと勢いよく指を滑らせて返信を送った。
『ぜひ! ありがとう、助かるよ~』
 私は、うふふ、と声を漏らしながら胸にスマホを抱いた。
 ミドと、二人でお出かけ。サークルの買い出しはしたことがあるけど。今回はそういうのじゃない、完全にプライベートなやつだ。
 目の前にニンジンをぶら下げられた私はやる気に満ち溢れ、後期試験の単位を一つも落とさなかった。

 後期試験が終わり、長い春休みが始まった。
 映画の約束の日、私たちは映画館のロビーで待ち合わせた。そこは都心のシネコンで、道中も含めてとにかく人が多かった。おかげで私は遅刻してしまった。
「あ、お待たせ」
 ミドを見つけた途端、胸が温かくなった。さっきまでは外の寒さに震えていたのに。
 ああ、今日はミドと二人っきり!
 ところが、そんな私の気持ちを跳ね除けるように、ミドは呆れた顔でこちらを見た。
「もう、遅いじゃないっすか。来ないかと思いましたよ」
「ごめんごめん、すごい人の数だし、寒いと体が動かなくてさ」
「あんまり時間ないんで、もう行きましょう。ポップコーンとか買わなくていいですね?」
「あ、うん、全然いらない」
「じゃ、こっちです」
 ミドはそう言って、係員の立つゲートにスマホをかざした。ポーン、という音が鳴る。そして画面をフリックしてから、同じ動作をもう一度やった。
「はいこれで二人分のチケットです」
「ええ、何これ、ハイテクだねえ……」
「マジっすか。うちの親みたいなリアクションしないでください」
 ミドはけらけらと笑った。私は気を悪くしてふくれっ面を見せた。
 すると、ミドはまた笑いながら言った。
「ははっ。何をそんなに可愛い顔してるんですか」
 え。
 私はすぐに真顔になった。か、可愛い……? 少なくとも、可愛げのある表情をしたつもりは一切なかったんですけど……?
 そんな私のことを気にせず、ミドは上映室に向かってどんどん進んでいく。私も慌てて後ろを付いていった。
 席についてから間もなく、今後公開される映画の予告が始まった。どれも面白そうな映画だ。私は、またミドと来る機会があるならどれがいいかな、なんて呑気なことを考えていた。
 ほどなくして室内が暗くなり、映画の本編が始まった。
 映画はとても面白かった。緊迫感のある導入。そして平穏な序盤かと思いきや事件が勃発。ハラハラする展開からのカタルシス溢れるラスト。これはシリーズの他作品も見てみたいかも。
 映画を楽しみつつ、私はちらちらと横に座るミドの顔を見た。いや、むしろ割としっかりと見た。大きな目で食い入るように映画を見る姿は、まさにミドだった。
 スタッフロールまできっちりと見終えると、室内が明転した。
「えっと、どうでした?」
 私の機嫌を気にするような声でミドは聞いてきた。そのとき、私は心底つまらなさそうな顔をしていた。だってスタッフロールって何が面白いの。
「めっちゃ面白かったね」
 私が笑顔に切り替えてそう言うと、ミドも満足そうに笑った。
 ロビーに戻ると、私はスマホを開いた。十七時。微妙な時間だ。
 ちょっと早いけど、この後ごはんでも行く? そう聞こうと思ったら、ミドが先に口を開いた。
「音々さんってこのあと時間あります?」
「あ、うん」
「ちょっと早いけど、よかったら飲みませんか?」
 え。
 何それ、心を読まれた? 私ってサトラレ? そんなことはないだろうけど、とにかく渡りに船とはこのことだ。
 私は浮かれる気持ちを抑えられないままに答えた。
「いいね! 行こう!」
 これはきっと、後期試験を頑張った私への天からのご褒美なんだ……。