英語劇サークルには、芽論からの誘いで加入した。英語にも演劇にも大して興味はなかったものの、サークルに入った方が友達ができやすいとは思っていたので、友人である芽論がいるこのサークルを選んだ。
そしてサークルに入ってから、演劇には舞台に出るキャストだけではなく、裏方という役割があることを知った。脚本・演出・衣装など、その細かい役割は多岐にわたる。
私はいつの間にか小道具の担当を任されていた。脚本の時代や国の設定に合わせた、様々な小道具の管理、調達、ときどき制作をする役目だ。ちなみに芽論はキャスト専任。
ミドは、私たちが二年生の時に加入した新入生だった。そして私と同じ小道具の担当になった。野球部出身だというミドは、加入当時はいかにもそれらしい丸刈りが特徴だった。
「でもさあ、夏とかに引退するんじゃないの?」
私が何気なく聞くと、ミドはにかっと笑い、丸い頭を撫でながら言った。
「いやほんと、その通りなんですけどね。癖でまた丸刈りにしちゃったんですよ。でもこれから伸ばすつもりなんで、俺の大学デビューを楽しみにしててください」
「もう遅いでしょ」
思わず私は笑った。まったく気さくで調子のよい男だった。
ある日の雑談の中で、ミドは突然こんなことを聞いてきた。
「音々さんってマチアプとかやったことあります?」
「いや、私はない」
「最近始めたんですよ。俺めっちゃ彼女が欲しいんですよね」
「いいんじゃない?」
興味がなかった私は適当に答えた。恋人が欲しいという感覚が、私にはわからなかった。特定の誰かを好きだから付き合いたい、ならわかるけど。
でも、マッチングアプリのプロフィール写真に坊主頭のミドが載っている姿を思い浮かべたら、おかしくて笑いそうになった。
そして数週間ほど経ったころに、ミドがマッチングアプリで彼女を作ったという噂がサークル内に広まった。そうか、丸刈りにも需要があるんだ。ていうか早くない? それともこんなもの?
ミドのことだから、場を盛り上げるために適当に言った嘘という可能性も考えていた。
「マジなの?」
「マジっすよ。写真見ます?」
でも本人に見せてもらったツーショット写真は確かに本物のようだった。少しだけ伸びたミドの髪の毛は、まだ丸刈りの面影を強く残している。その横に、ふっくらとした顔のロングヘアの女性が笑顔で写っていた。
「この人いくつ?」
「二十二です」
「けっこう年上じゃん。ミドのお姉さんとかじゃなくて?」
「違いますよ。姉貴はもっと痩せてて骨と皮です」
まあ確かに、写真の中の女性はミドとは似ていない。ていうかお姉さんいるんだ。言われてみれば、確かにミドは弟感がある。
それはそれとして、ミドはよく仕事ができた。体育会系の名残なのか、私の指示を受けるとてきぱきと動いた。
一緒に作業をしていく中で、私たちは徐々に雑談をすることが増えた。いちいち言わなくてもお互いの考えがわかるようになってきたので、仕事の合間に雑談をする余裕ができたのだ。
「音々さんって映画とか見ます?」
「あんまり」
「見た方がいいっすよ。古いハリウッドの名作とか」
「そう?」
「はい。昔のアメリカの雰囲気がつかめるようになって、小道具の時代考証がピンと来やすくなりますよ」
「……ミドって意外と英語劇に情熱あるよね」
「音々さんがクールすぎるんですよ」
「あれ? ティーカップがないよ。あのいい感じのやつ」
「ああ、確かこないだ××さんが落として割っちゃったんですよ。聞いてません?」
「……聞いてないんだけど」
冬になると、ミドの髪の毛はすっかり伸びていた。これまで丸刈りに気を取られていたけど、ミドは目が大きくて顎が細い。なんか、初めて会ったときと比べて、普通にいい男だ。マッチングアプリで知り合ったというミドの彼女は、ミドのこの変化を予見していたのだろうか。だとすれば見事な青田買いだ。
十二月下旬、サークルの冬公演が目前に迫ったころに、ミドはインフルエンザを患った。でも演劇はチーム作業なので、裏方の一年生が一人欠けたくらいはどうってことない。冬公演はそつなく終えることができた。
私は自宅のベッドに横たわりながらスマホを開き、ミドとのメッセージ履歴を眺めた。
『本当に申し訳ないです』
『気にしなくていいよ。後はこっちで対処するから、ゆっくり休んでね』
『次回は絶対に参加しますんで!』
そのメッセージの後に、メラメラとやる気に燃える犬のスタンプが添えられていた。
私は、ふう、と息を吐いた。気にしなくていいよ、だって。
……私はめっちゃ気にしたのに、ね。
公演中、私はミドがいないことが信じられないほどに悲しかった。私にとって、ミドがそばにいるのが当たり前になっていた。お調子者の癖に、根が真面目で情熱的なミド。彼と一緒に本番を迎えたかった。
もうすぐ冬休みだ。せいぜいクリスマスのころにはインフルエンザは治っているだろうけど、次に私がミドと会うのはきっと年明けだ。それまで会えないというのは寂しくて、胸がズキズキと痛む。
それから毎晩、私はミドのことを考えながらベッドに潜った。
年明け、ミドは元気な姿で大学に現れた。
「あけおめっす」
へらっと笑って新年の挨拶をしたミドを見たら、私の胸は高鳴った。
私は久々のミドを全神経で感じながら、頬を緩ませて挨拶を返した。
「えへ……今年もよろしくね」
何か劇的なことがあったわけじゃなかった。
でもいつの間にか、ミドは私の心の中に入り込んでいた。
そしてサークルに入ってから、演劇には舞台に出るキャストだけではなく、裏方という役割があることを知った。脚本・演出・衣装など、その細かい役割は多岐にわたる。
私はいつの間にか小道具の担当を任されていた。脚本の時代や国の設定に合わせた、様々な小道具の管理、調達、ときどき制作をする役目だ。ちなみに芽論はキャスト専任。
ミドは、私たちが二年生の時に加入した新入生だった。そして私と同じ小道具の担当になった。野球部出身だというミドは、加入当時はいかにもそれらしい丸刈りが特徴だった。
「でもさあ、夏とかに引退するんじゃないの?」
私が何気なく聞くと、ミドはにかっと笑い、丸い頭を撫でながら言った。
「いやほんと、その通りなんですけどね。癖でまた丸刈りにしちゃったんですよ。でもこれから伸ばすつもりなんで、俺の大学デビューを楽しみにしててください」
「もう遅いでしょ」
思わず私は笑った。まったく気さくで調子のよい男だった。
ある日の雑談の中で、ミドは突然こんなことを聞いてきた。
「音々さんってマチアプとかやったことあります?」
「いや、私はない」
「最近始めたんですよ。俺めっちゃ彼女が欲しいんですよね」
「いいんじゃない?」
興味がなかった私は適当に答えた。恋人が欲しいという感覚が、私にはわからなかった。特定の誰かを好きだから付き合いたい、ならわかるけど。
でも、マッチングアプリのプロフィール写真に坊主頭のミドが載っている姿を思い浮かべたら、おかしくて笑いそうになった。
そして数週間ほど経ったころに、ミドがマッチングアプリで彼女を作ったという噂がサークル内に広まった。そうか、丸刈りにも需要があるんだ。ていうか早くない? それともこんなもの?
ミドのことだから、場を盛り上げるために適当に言った嘘という可能性も考えていた。
「マジなの?」
「マジっすよ。写真見ます?」
でも本人に見せてもらったツーショット写真は確かに本物のようだった。少しだけ伸びたミドの髪の毛は、まだ丸刈りの面影を強く残している。その横に、ふっくらとした顔のロングヘアの女性が笑顔で写っていた。
「この人いくつ?」
「二十二です」
「けっこう年上じゃん。ミドのお姉さんとかじゃなくて?」
「違いますよ。姉貴はもっと痩せてて骨と皮です」
まあ確かに、写真の中の女性はミドとは似ていない。ていうかお姉さんいるんだ。言われてみれば、確かにミドは弟感がある。
それはそれとして、ミドはよく仕事ができた。体育会系の名残なのか、私の指示を受けるとてきぱきと動いた。
一緒に作業をしていく中で、私たちは徐々に雑談をすることが増えた。いちいち言わなくてもお互いの考えがわかるようになってきたので、仕事の合間に雑談をする余裕ができたのだ。
「音々さんって映画とか見ます?」
「あんまり」
「見た方がいいっすよ。古いハリウッドの名作とか」
「そう?」
「はい。昔のアメリカの雰囲気がつかめるようになって、小道具の時代考証がピンと来やすくなりますよ」
「……ミドって意外と英語劇に情熱あるよね」
「音々さんがクールすぎるんですよ」
「あれ? ティーカップがないよ。あのいい感じのやつ」
「ああ、確かこないだ××さんが落として割っちゃったんですよ。聞いてません?」
「……聞いてないんだけど」
冬になると、ミドの髪の毛はすっかり伸びていた。これまで丸刈りに気を取られていたけど、ミドは目が大きくて顎が細い。なんか、初めて会ったときと比べて、普通にいい男だ。マッチングアプリで知り合ったというミドの彼女は、ミドのこの変化を予見していたのだろうか。だとすれば見事な青田買いだ。
十二月下旬、サークルの冬公演が目前に迫ったころに、ミドはインフルエンザを患った。でも演劇はチーム作業なので、裏方の一年生が一人欠けたくらいはどうってことない。冬公演はそつなく終えることができた。
私は自宅のベッドに横たわりながらスマホを開き、ミドとのメッセージ履歴を眺めた。
『本当に申し訳ないです』
『気にしなくていいよ。後はこっちで対処するから、ゆっくり休んでね』
『次回は絶対に参加しますんで!』
そのメッセージの後に、メラメラとやる気に燃える犬のスタンプが添えられていた。
私は、ふう、と息を吐いた。気にしなくていいよ、だって。
……私はめっちゃ気にしたのに、ね。
公演中、私はミドがいないことが信じられないほどに悲しかった。私にとって、ミドがそばにいるのが当たり前になっていた。お調子者の癖に、根が真面目で情熱的なミド。彼と一緒に本番を迎えたかった。
もうすぐ冬休みだ。せいぜいクリスマスのころにはインフルエンザは治っているだろうけど、次に私がミドと会うのはきっと年明けだ。それまで会えないというのは寂しくて、胸がズキズキと痛む。
それから毎晩、私はミドのことを考えながらベッドに潜った。
年明け、ミドは元気な姿で大学に現れた。
「あけおめっす」
へらっと笑って新年の挨拶をしたミドを見たら、私の胸は高鳴った。
私は久々のミドを全神経で感じながら、頬を緩ませて挨拶を返した。
「えへ……今年もよろしくね」
何か劇的なことがあったわけじゃなかった。
でもいつの間にか、ミドは私の心の中に入り込んでいた。



