一八時。自宅である『いずみボクシングジム』の裏手のせせこましい一軒家のそばに、鴨重グループの高級車が停まった。それも、お嬢さま専用車である白いショートリムジン。ステーションワゴン程度の大きさなのに、価格の桁が全然違う一台。それに俺――和泉敬斗とその両親が乗せられて、会場である『ホテル・ブルーダッキー』まで連れて行かれることになった。
この会は恐らく複数の思惑が渦巻いている。
表立っては、『イズミさんのぎっくり腰快気祝い』が発端だ。次いで、紗良の言っていた『俺の優勝祝賀慰労会』。そしてもっとも怪しいのは、三週間前に偶然聞いてしまった鴨重社長のあの緊迫した電話内容である『オヤジの借金云々の決算会』。
予想外に盛りだくさんな食事会だ。せっかく絶対に食ったことのないお高級おフランスお料理だというのに、どんなテンションで食えばいいのやら。
それに、アイツがせっかく気をまわしてくれた食事内容なのに。もっとずっとシンプルに嬉々として食せたらいいのに。
到着の一八時四五分。『ホテル・ブルーダッキー』の広いロビーへ足を踏み入れたとほぼ同時に、黒服三人を帯同したお嬢さまを発見。あの三人は昨日も来ていた気がする、ということは鴨重社長のボディガードか。
「あ、敬……イズミさんっ!」
「紗良お嬢さま! お久しゅうございます!」
こっちが呼びかける前にあちらにも気付かれて、なのにその第一声を俺の右隣にいた母親であるイズミさんに奪われるとは思わなかった。
「イズミさんだ、イズミさんイズミさん! やっとお会いできて嬉しいです!」
「フフ、お嬢さまったら」
五センチヒールのくせにたかたかと走ってきて、俺には目もくれず昔馴染みのイズミさんと熱いハグ。しかも聞いたことがないほど弾んだ声を向けている。……あれ、おかしいな。わたくし本日からあなたの彼氏なんですけど。
「変わらずお元気そうでイズミは安心いたしました。……いや、少し前より大人びましたかね」
「ど、どうかな、全然自覚はありませんが……。イズミさんは髪が伸びましたね。お休みになるまでは襟足まで刈り上げてらしたのに」
「短くサッパリしてたほうが、身体を動かすときにストレスがありませんから。それに、お嬢さまや叶恵奥さまをお護りするときに髪が長くては邪魔になりますからね」
俺の母親であるこのイズミさんは、身長一七三センチ、ツーブロックショートヘアの、いわゆる男装麗人のような見た目をしている。合気道、柔道、空手、薙刀を心得ていて、俺やオヤジですらこの人の寝首を狙ったとしても勝てる気がしない。そんな感じなので、本名である『愛美』がやけに浮いて見える、という本人評から、お嬢さま付きになったときに『イズミ』と呼んでもらうことにしたのだろう。
「どうかなさいましたか、お嬢さま?」
イズミさんがお嬢さまを不思議そうに見ながら問う。視線を感じて俺もコイツへ顔を向ける。
「お二人、並んだらたしかに、似てますね」
「あー、わたくしとこの愚息ですか」
「おい、愚息とはなんだ、愚息とは」
「フフ、お嬢さまったら、わたくしたちが親子だってことに全然お気付きにならなかったそうじゃないですか。まったく、相変わらずぽよーんとしてかわいらしいんだから」
「だってぇ……ていうか敬斗くん、わざわざイズミさんにそんなこと話してたの? もー、やめてよ」
照れて顔を赤くしている……まぁ、ぽよーんとしてかわいらしいというのは、珍しく母ちゃんと同意見かな。
「ほ、北斗おじさま、ごきげんよう。本日はご足労いただきありがとうございます」
「おう、紗良ちゃん。こちらこそお招きありがとね」
ほくとおじさまァ? え、ウチのオヤジ、いつから『おじさま』なんて呼ばれてたワケ? ていうか初めましてじゃねーの?
「とんでもない。祝賀会ですし、羽を伸ばしていってください。それより昨晩はまともにご挨拶もいたしませんで、大変失礼いたしました」
「やー、いーのいーの。むしろあんな物騒なとこにわざわざ来てくれてあんがとね」
お嬢さまが「どうぞこちらへ」と進み始めたそれに続く。いち早く大股で追いつき、コソとした声量で紗良の耳へ呼びかける。わざわざ距離を取ったのはもちろん、両親に聞かれないようにするため。
「なぁ紗良さんよ」
「わっ、な、なに?」
「俺、このカッコでマジでダイジョブ? ボディガードんときと変わんねーやつなんだけど」
礼服はおろか、ホテルディナーに着ていけるような小綺麗な服装など当然俺は持っていない。ということで、ボディガード時の真っ黒スーツ一式を着用して馳せ参じた。さすがにサングラスや黒手袋は置いてきたし、ワイシャツは制服の白色にしてきたけれども。
「だ、ダイジョブ。その、直視に困るくらい、かっこよいです」
「そういうこと訊いているのではありませんっ。が、不意打ちでむっちゃ照れるありがとうございます……」
これも当然小声。朝のようにそれぞれで顔面を覆う。
「紗良は今日、いつも着てる感じのと雰囲気違うね」
「う、うん。ほぼ身内のお食事会だからこのくらいのがいいかなって、ちょっとだけカジュアルにしてみました」
大きな白い三角襟が付いた、青のロング丈レトロワンピース。腰で絞られているのでコイツのウエストの細さが際立つ。
「なんで青にしたの?」
「うっ……い、いいでしょ、ただそういう気分だったのっ」
「えー? ホントは?」
「も、もうっ。わかってるのに詰めてこないで! 朝から私ばっかり……敬斗くん一人で涼しい顔しててズルい!」
真っ赤になってプイ、とそっぽを向かれてしまった。そうか、つつきすぎたか。仕方がない、そろそろ腹を括るか。
「俺はねぇ、なんだかんだ、紗良ちゃんの私服初めて見た気がするなー、と思いましたよ」
「そんだけ?」
「そんでその、個人的には目新しいし、好きな色着てくれてありがとーと思うし、よくお似合い、です」
「わあームリ、結局照れすぎる……」
再度双方撃沈。たしかに、思った以上に本音を吐露するのは恥ずかしい。背後から「アンタたち何の話してたらそーなんの」とのイズミさんの冷たく低い声で言われて、慌てて現実へ戻ってくる。
黒服の一人がエレベーターを止めて待っていた。今まで一度もされたことのない待遇の応酬に、なんとなく居心地が悪い。
スルスルと三七階のフレンチレストランに到着。星付きなだけあって相当格式高い様子だ。一歩ごとに緊張が迫るなか通された広い個室には、既に鴨重社長夫妻が席についてお待ちだった。
わざわざ立ち上がって出迎えてくださり恐縮しっぱなし。「昨日は本当におめでとう」と鴨重社長に軽く叩かれた左肩、実はマジで痛い箇所で、危うく「痛あッ!」と上げてしまいそうになった。決勝戦で最後にお相手からボコッと戴いたそれなのでね、満身創痍に貰った一撃というのは尾を引くのです。
「わぁ和泉くん! 和泉くん和泉くん! 最後に呑んだのから半年振りかな?」
「そーだね鴨重くん。やっと会えて嬉しいよ!」
鴨重社長がオヤジに近付く様に直近で見覚えがあって、つい短く噴き出してしまった。そんな俺の左脇腹へ、すかさずイズミさんのブローが刺さる。大変失礼いたしましたッ、が、ズタボロの俺にやっていいことではないんだよな!
「しかし鴨重くん。昨日は黒服さんたちもあんなにたくさん呼んでくれてありがとね」
「なんのなんの。敬斗くんの一大イベントだったからね。ともあれだよ和泉くん。今日こそ全部綺麗に決着をつけようね」
「もちろんだよ。有意義な会合にしようね、鴨重くん」
固い握手を交わしながらの親父二人による不穏な笑い。この二人、思った以上に仲が近いのだろうか?
大きな円卓に六席。鴨の羽色のテーブルクロスが上品の極み。社長を起点に、時計まわりにオヤジ、俺、イズミさんもとい俺の母親、叶恵奥さま、紗良お嬢さまの並びが指定してあり、そのように着席。
揃ったドリンクで乾杯、挨拶はもちろん鴨重社長みずからが「簡単に」と本当に短く発言してさっさと終わらせてしまった。
早々に食事が運ばれてくるも、お作法なんかわかるか! ということで、左隣の母ちゃんにコソコソ訊ねる。すぐさま「見て盗め」と指示を受けて、左隣と真向かいを何度も往復して臨む。……いや、頼むから紗良さんそんなに笑わないで。
「――まぁ場が温まりつつあるところで、そろそろ本題に入ろうかな」
料理がふたつ進んだところで、鴨重社長の声色が変わる。他所さまとの食事会時によく聞くそれで、無意識に背筋がピシリ。
「まずイズミさんの件ね。『お医者さんに通院しなくなったら本格的に復帰』という、今回のお休み前の条件のままでよろしいかな?」
「承知いたしました。社長が完全に治せと仰せでしたら、イズミはそのように仕上げたのち、改めてお仕え申し上げます。まずは二日後の診断結果をお持ちいたします」
母親の声も普段は聞き馴染みのない仕事モードになっている。やはり切り替えておくべきだな。
「ねぇ愛美ちゃん、復帰後はわたしのもとに配置替えよ。またよろしくねぇ」
「叶恵奥さまのもとに、ですか。ということは、愚息はこのまま紗良お嬢さま付きでよろしいのですか?」
だから母ちゃんよ、『愚息』はやめてくれって。
「わ、私は『このままで』と、敬斗くんにお願いしたばかりなので、異存ございませんっ」
ねっ、と目力の強い視線が真正面から突き刺さる。反射的にガクガクと頷いて、しかしそれでは不恰好だし普段どおりすぎるので、素早くボディガードモードに切り替えてから自己判断で起立の姿勢に。
「お嬢さまがお望みであり、社長がお許しくださるなら、わたくしも新たな心持ちでお嬢さまの護衛役を務めさせていただきたく」
「じゃあそうしようか。わたしも、二人がいいなら敬斗くん続投でって思っていたし。では、引き続き良好なパートナー関係を築いていくようにね」
申し訳ないです、良好すぎて公私ともどもになってしまいました……っておい、絶対真正面でも同じこと考えてるだろ、目線泳ぎまくりの顔面が真っ赤だぞ注意しろ。
そんな冗談は心内だけにしておいて、すかさず「わたくしからも一点よろしいでしょうか」と挟む。もうひとつのモヤつきは、役者が揃っているいま解消しておかねば。
「不躾を承知で申し上げますことご容赦願います。引き続き仰せつかったこの護衛役をまっとうするにあたって、まずは父の負債の一部を代わりに返還させていただきたく思いまして」
ハテナの鴨重社長と、高速で言葉を選ぶシリアスモードの俺。
「どれほどの金額を父が社長に無理を言ってお借りしたかはわかりませんが、そのせいで清算されてしまう関係があるのであれば、わたくしが昨日頂戴した賞金全額を返済としてお渡しさせてください」
「あ゙、敬斗、それ実はな」
「きっとこれでお返ししたところで、父がお借りしているであろう金額のほんの一部にすらならないかもしれません。なので、今後わたくしが護衛役として従事した給金は父の返済分に充てていただいて構わないので、どうかお考えを改めてはくださいませんか」
オヤジが俺の右腕をクイクイ引いてくるが、うるせぇアンタの代わりに言ってやってんだろ、と内心でたっぷり悪態づきつつ無視。左隣で母ちゃんが噴き出して笑っているが、その意味もよくわからんので無視。
「ホントだぁ。そんなふうに行き違っていたんだねぇ」
顎に手をやって溜息をついた鴨重社長に「まぁ座んなさいな」と促され、静かに着席。真正面の紗良が鴨重社長と同じ顔でポカンとしていて、お陰で徐々に「おや?」と思えて冷静になってきた。
「いやぁ敬斗くん、ごめんごめん。結論から言うとね、キミのお父上はわたしから借金なんかしてないんだよ」
あっけらかんと言われて、脳処理が追いつかずしばしの沈黙。数秒経ってようやく理解が追いついたとき、俺は思わず「はぁ?」と声を裏返してしまった。
この会は恐らく複数の思惑が渦巻いている。
表立っては、『イズミさんのぎっくり腰快気祝い』が発端だ。次いで、紗良の言っていた『俺の優勝祝賀慰労会』。そしてもっとも怪しいのは、三週間前に偶然聞いてしまった鴨重社長のあの緊迫した電話内容である『オヤジの借金云々の決算会』。
予想外に盛りだくさんな食事会だ。せっかく絶対に食ったことのないお高級おフランスお料理だというのに、どんなテンションで食えばいいのやら。
それに、アイツがせっかく気をまわしてくれた食事内容なのに。もっとずっとシンプルに嬉々として食せたらいいのに。
到着の一八時四五分。『ホテル・ブルーダッキー』の広いロビーへ足を踏み入れたとほぼ同時に、黒服三人を帯同したお嬢さまを発見。あの三人は昨日も来ていた気がする、ということは鴨重社長のボディガードか。
「あ、敬……イズミさんっ!」
「紗良お嬢さま! お久しゅうございます!」
こっちが呼びかける前にあちらにも気付かれて、なのにその第一声を俺の右隣にいた母親であるイズミさんに奪われるとは思わなかった。
「イズミさんだ、イズミさんイズミさん! やっとお会いできて嬉しいです!」
「フフ、お嬢さまったら」
五センチヒールのくせにたかたかと走ってきて、俺には目もくれず昔馴染みのイズミさんと熱いハグ。しかも聞いたことがないほど弾んだ声を向けている。……あれ、おかしいな。わたくし本日からあなたの彼氏なんですけど。
「変わらずお元気そうでイズミは安心いたしました。……いや、少し前より大人びましたかね」
「ど、どうかな、全然自覚はありませんが……。イズミさんは髪が伸びましたね。お休みになるまでは襟足まで刈り上げてらしたのに」
「短くサッパリしてたほうが、身体を動かすときにストレスがありませんから。それに、お嬢さまや叶恵奥さまをお護りするときに髪が長くては邪魔になりますからね」
俺の母親であるこのイズミさんは、身長一七三センチ、ツーブロックショートヘアの、いわゆる男装麗人のような見た目をしている。合気道、柔道、空手、薙刀を心得ていて、俺やオヤジですらこの人の寝首を狙ったとしても勝てる気がしない。そんな感じなので、本名である『愛美』がやけに浮いて見える、という本人評から、お嬢さま付きになったときに『イズミ』と呼んでもらうことにしたのだろう。
「どうかなさいましたか、お嬢さま?」
イズミさんがお嬢さまを不思議そうに見ながら問う。視線を感じて俺もコイツへ顔を向ける。
「お二人、並んだらたしかに、似てますね」
「あー、わたくしとこの愚息ですか」
「おい、愚息とはなんだ、愚息とは」
「フフ、お嬢さまったら、わたくしたちが親子だってことに全然お気付きにならなかったそうじゃないですか。まったく、相変わらずぽよーんとしてかわいらしいんだから」
「だってぇ……ていうか敬斗くん、わざわざイズミさんにそんなこと話してたの? もー、やめてよ」
照れて顔を赤くしている……まぁ、ぽよーんとしてかわいらしいというのは、珍しく母ちゃんと同意見かな。
「ほ、北斗おじさま、ごきげんよう。本日はご足労いただきありがとうございます」
「おう、紗良ちゃん。こちらこそお招きありがとね」
ほくとおじさまァ? え、ウチのオヤジ、いつから『おじさま』なんて呼ばれてたワケ? ていうか初めましてじゃねーの?
「とんでもない。祝賀会ですし、羽を伸ばしていってください。それより昨晩はまともにご挨拶もいたしませんで、大変失礼いたしました」
「やー、いーのいーの。むしろあんな物騒なとこにわざわざ来てくれてあんがとね」
お嬢さまが「どうぞこちらへ」と進み始めたそれに続く。いち早く大股で追いつき、コソとした声量で紗良の耳へ呼びかける。わざわざ距離を取ったのはもちろん、両親に聞かれないようにするため。
「なぁ紗良さんよ」
「わっ、な、なに?」
「俺、このカッコでマジでダイジョブ? ボディガードんときと変わんねーやつなんだけど」
礼服はおろか、ホテルディナーに着ていけるような小綺麗な服装など当然俺は持っていない。ということで、ボディガード時の真っ黒スーツ一式を着用して馳せ参じた。さすがにサングラスや黒手袋は置いてきたし、ワイシャツは制服の白色にしてきたけれども。
「だ、ダイジョブ。その、直視に困るくらい、かっこよいです」
「そういうこと訊いているのではありませんっ。が、不意打ちでむっちゃ照れるありがとうございます……」
これも当然小声。朝のようにそれぞれで顔面を覆う。
「紗良は今日、いつも着てる感じのと雰囲気違うね」
「う、うん。ほぼ身内のお食事会だからこのくらいのがいいかなって、ちょっとだけカジュアルにしてみました」
大きな白い三角襟が付いた、青のロング丈レトロワンピース。腰で絞られているのでコイツのウエストの細さが際立つ。
「なんで青にしたの?」
「うっ……い、いいでしょ、ただそういう気分だったのっ」
「えー? ホントは?」
「も、もうっ。わかってるのに詰めてこないで! 朝から私ばっかり……敬斗くん一人で涼しい顔しててズルい!」
真っ赤になってプイ、とそっぽを向かれてしまった。そうか、つつきすぎたか。仕方がない、そろそろ腹を括るか。
「俺はねぇ、なんだかんだ、紗良ちゃんの私服初めて見た気がするなー、と思いましたよ」
「そんだけ?」
「そんでその、個人的には目新しいし、好きな色着てくれてありがとーと思うし、よくお似合い、です」
「わあームリ、結局照れすぎる……」
再度双方撃沈。たしかに、思った以上に本音を吐露するのは恥ずかしい。背後から「アンタたち何の話してたらそーなんの」とのイズミさんの冷たく低い声で言われて、慌てて現実へ戻ってくる。
黒服の一人がエレベーターを止めて待っていた。今まで一度もされたことのない待遇の応酬に、なんとなく居心地が悪い。
スルスルと三七階のフレンチレストランに到着。星付きなだけあって相当格式高い様子だ。一歩ごとに緊張が迫るなか通された広い個室には、既に鴨重社長夫妻が席についてお待ちだった。
わざわざ立ち上がって出迎えてくださり恐縮しっぱなし。「昨日は本当におめでとう」と鴨重社長に軽く叩かれた左肩、実はマジで痛い箇所で、危うく「痛あッ!」と上げてしまいそうになった。決勝戦で最後にお相手からボコッと戴いたそれなのでね、満身創痍に貰った一撃というのは尾を引くのです。
「わぁ和泉くん! 和泉くん和泉くん! 最後に呑んだのから半年振りかな?」
「そーだね鴨重くん。やっと会えて嬉しいよ!」
鴨重社長がオヤジに近付く様に直近で見覚えがあって、つい短く噴き出してしまった。そんな俺の左脇腹へ、すかさずイズミさんのブローが刺さる。大変失礼いたしましたッ、が、ズタボロの俺にやっていいことではないんだよな!
「しかし鴨重くん。昨日は黒服さんたちもあんなにたくさん呼んでくれてありがとね」
「なんのなんの。敬斗くんの一大イベントだったからね。ともあれだよ和泉くん。今日こそ全部綺麗に決着をつけようね」
「もちろんだよ。有意義な会合にしようね、鴨重くん」
固い握手を交わしながらの親父二人による不穏な笑い。この二人、思った以上に仲が近いのだろうか?
大きな円卓に六席。鴨の羽色のテーブルクロスが上品の極み。社長を起点に、時計まわりにオヤジ、俺、イズミさんもとい俺の母親、叶恵奥さま、紗良お嬢さまの並びが指定してあり、そのように着席。
揃ったドリンクで乾杯、挨拶はもちろん鴨重社長みずからが「簡単に」と本当に短く発言してさっさと終わらせてしまった。
早々に食事が運ばれてくるも、お作法なんかわかるか! ということで、左隣の母ちゃんにコソコソ訊ねる。すぐさま「見て盗め」と指示を受けて、左隣と真向かいを何度も往復して臨む。……いや、頼むから紗良さんそんなに笑わないで。
「――まぁ場が温まりつつあるところで、そろそろ本題に入ろうかな」
料理がふたつ進んだところで、鴨重社長の声色が変わる。他所さまとの食事会時によく聞くそれで、無意識に背筋がピシリ。
「まずイズミさんの件ね。『お医者さんに通院しなくなったら本格的に復帰』という、今回のお休み前の条件のままでよろしいかな?」
「承知いたしました。社長が完全に治せと仰せでしたら、イズミはそのように仕上げたのち、改めてお仕え申し上げます。まずは二日後の診断結果をお持ちいたします」
母親の声も普段は聞き馴染みのない仕事モードになっている。やはり切り替えておくべきだな。
「ねぇ愛美ちゃん、復帰後はわたしのもとに配置替えよ。またよろしくねぇ」
「叶恵奥さまのもとに、ですか。ということは、愚息はこのまま紗良お嬢さま付きでよろしいのですか?」
だから母ちゃんよ、『愚息』はやめてくれって。
「わ、私は『このままで』と、敬斗くんにお願いしたばかりなので、異存ございませんっ」
ねっ、と目力の強い視線が真正面から突き刺さる。反射的にガクガクと頷いて、しかしそれでは不恰好だし普段どおりすぎるので、素早くボディガードモードに切り替えてから自己判断で起立の姿勢に。
「お嬢さまがお望みであり、社長がお許しくださるなら、わたくしも新たな心持ちでお嬢さまの護衛役を務めさせていただきたく」
「じゃあそうしようか。わたしも、二人がいいなら敬斗くん続投でって思っていたし。では、引き続き良好なパートナー関係を築いていくようにね」
申し訳ないです、良好すぎて公私ともどもになってしまいました……っておい、絶対真正面でも同じこと考えてるだろ、目線泳ぎまくりの顔面が真っ赤だぞ注意しろ。
そんな冗談は心内だけにしておいて、すかさず「わたくしからも一点よろしいでしょうか」と挟む。もうひとつのモヤつきは、役者が揃っているいま解消しておかねば。
「不躾を承知で申し上げますことご容赦願います。引き続き仰せつかったこの護衛役をまっとうするにあたって、まずは父の負債の一部を代わりに返還させていただきたく思いまして」
ハテナの鴨重社長と、高速で言葉を選ぶシリアスモードの俺。
「どれほどの金額を父が社長に無理を言ってお借りしたかはわかりませんが、そのせいで清算されてしまう関係があるのであれば、わたくしが昨日頂戴した賞金全額を返済としてお渡しさせてください」
「あ゙、敬斗、それ実はな」
「きっとこれでお返ししたところで、父がお借りしているであろう金額のほんの一部にすらならないかもしれません。なので、今後わたくしが護衛役として従事した給金は父の返済分に充てていただいて構わないので、どうかお考えを改めてはくださいませんか」
オヤジが俺の右腕をクイクイ引いてくるが、うるせぇアンタの代わりに言ってやってんだろ、と内心でたっぷり悪態づきつつ無視。左隣で母ちゃんが噴き出して笑っているが、その意味もよくわからんので無視。
「ホントだぁ。そんなふうに行き違っていたんだねぇ」
顎に手をやって溜息をついた鴨重社長に「まぁ座んなさいな」と促され、静かに着席。真正面の紗良が鴨重社長と同じ顔でポカンとしていて、お陰で徐々に「おや?」と思えて冷静になってきた。
「いやぁ敬斗くん、ごめんごめん。結論から言うとね、キミのお父上はわたしから借金なんかしてないんだよ」
あっけらかんと言われて、脳処理が追いつかずしばしの沈黙。数秒経ってようやく理解が追いついたとき、俺は思わず「はぁ?」と声を裏返してしまった。

