「敬斗。そんっなにずっとイライラしてんなら一旦俺とミットすっか」
河川敷から自宅のジムに走り帰った俺――和泉敬斗は、背後からオヤジにそう声をかけられた。
本来なら軽快かつリズミカルに打つパンチングボールを、どうやら無意識のうちに手酷くぶん殴っていたらしい。吊るし金具が聞いたことがないほどガジャンガジャンと軋んでいる。やべ、今の今まで全然気が付かなかった。
まぁ要するに、オヤジは「態度が悪い」と注意してきたわけだ。そりゃそうだ。方々に対するイライラとモヤモヤが全然やまないのだから。
「別にいーんだぜ、無理してあの大会に出なくたって。オメーにはまだ早ぇってことでよ」
「ルセぇよ」
誰のせいであの賞金を取りに行かにゃならんと思ってんだ、と腹の底でグラグラと思う。
オヤジはいつもこうやって俺のことを焚き付けてくる。そうすれば俺がなにクソと食ってかかってくることをわかっているからだ。
それに、もう一方のイライラの原因であるアイツだってよくない。
代役の俺では力量足らずだと言われたように感じて着火。怒りの感情がコントロールを失ってやつ当たってしまった自分自身にメラメラ。最終的には、アイツが俺より気を許しているらしい婚約者の存在を匂わせてきたから爆発。
バスンッと、装着したてのグローブの拳同士を打ち鳴らす。あーやめやめ、こんなんばっか考えてっからパンチングボールをメタクソに殴りまくっちまうんだ。ハイ、考えごと強制終了!
リングロープをくぐる。オヤジの指示がなくとも、アマチュア練習生の誰かがリング内の様子に合わせて勝手にタイマーをかけてくれる。
ビーッという電子音を合図に、三分間のミット打ちが開始。
オヤジの指示に合わせて拳を突き出し、ステップの瞬発性は保ちつつ上げていく。スタミナ切れの心配なんかしたことはない、昔からかなりの自信がある。踏み込みの深浅だけは注意。次に何をキメてくるか読まれてしまうから。あとは間合い。詰めすぎると視野が狭くなって――
「視力だけに頼ってんじゃねぇ、耳でも察知すんだよッ!」
――そうだ、俺、アイツが何か言おうとしていたそれを全然聞こうとしなかったんだった。
なんか言っていたな、最後。何だった? 思い出せない。えっと……頭に血が上っていて一言一句正確ではないけれど――パチコーンッ、とオヤジにミットで左頬を軽く張られて我に返る。
「ハイ、今顎もらいましたァ。あまあまの甘。激甘。一回戦敗退決定」
オヤジめ、気持ち悪い笑い方をしやがって。
「わかっ、あーあーそーですよ、視野が極めてセメーですよ俺はッ」
「わかってんなら集中しろ、ネボスケ!」
「ルセぇ! こっちの事情なんも知らねークセにッ!」
「ほーお、なんだなんだ。責任転嫁か! 余計なことごちゃごちゃ考えてっからぼさっとすんだよ」
ぐっ……それはそう。
落ち着け、呼吸を調えろ、こんなときこそ冷静沈着なあのボディガードのときの顔をせねば。
頭に血が上ると大振りになるクセが俺にはある。そもそも大振りを続けると攻撃精度が下がるし不恰好でよくない。いくら自信があるとはいえ、そうすると体力は簡単に持っていかれる。
わかっている。わかっているのに自己コントロールが利かない。このままでは、俺がずっと握っていたいもののどれもこれもが失くなってしまう。
ビーッ、とタイマーが鳴る。一分間のインターバル。
さっきからオヤジの指示が右から左だ。何と言われたか理解していないが、しかし長年培ってきたボクシング経験と無意識的反射で要望どおりに返せてはいる。こんなことでは練習の意味がまったくないのだが。
何なんだ、アイツ。周りのヤツらと何が違う?
友達同士なんて、ただ楽しく話せたり笑えたりの時間共有がたまにできればそれでいいはずだ。なのに、アイツの心の矢印が俺に向いていないのは無性に腹が立つ。
護るはずなのに護られてばかり。粗雑に扱われたって構わなかったはずなのに、アイツの丁寧な心配りばかりが心地いい。怖がられていて結構と思っていたのに、いつの間にか好かれていたいと思っている――。
ビーッ、の一音が思考を切る。その切れた隙間で思い出したのは、アイツの涙の直前のひと言。
「……オヤジ」
「ジムでは『会長』」
「『和泉会長どの』」
「なんだよ?」
「賞金の一〇〇万あれば、ちょっとくらいは鴨重社長とフラットな関係に戻る手助けになる?」
沈黙、五秒。
「……敬斗オメー、何言ってんだ?」
「オヤジが借金苦でヤベーんだろって話。社長からどんだけ借金してんのか知らねーけど、俺も母ちゃんも借金背負わないとなんねーんなら、さっさと手に入りそうな賞金でまず返済額減らしたほうがいいと思ったんだよっ」
俺が真剣に話しているあいだに、タイマー管理を担っているアマチュア練習生に合図をしたオヤジ。操作されたタイマーがピッピッと音を立てて止まる。
「ほーお? それで来月のあの若手発掘トーナメントにエントリーしたがったんか。急にカネ絡む大会に出たいとか言い出すから何かと思えば……はー、そういうことな。ふーん?」
「なんだよ、含みある相槌ばっかしやがって」
「いやいやなんのなんの! 純粋に父ちゃんは嬉しい! 息子がそんっなにこのジムのこと考えてくれていたとはッ! 感激してる!」
とか言いながら更にニヤニヤ笑っている意味がまったくわからん。
この前、鴨重社長とオヤジの深刻そうな電話を不可抗力とはいえ聞いてしまったから、だったら協力するしかないだろうが。アイツの傍に居続けるには、カネと実力を伴った状態で鴨重社長に認めてもらうしかないのだから。
「まぁよ、カネのことはとりあえず気にすんな。とにかく試合に集中しよーぜっ」
「なんで急にそんな機嫌よくなんだよ。つかカネのこと困ってんならさっさと言ってくれれば」
「オメーに今まで言わなかったっつーことは、オメーには関係ねーってことだ。それに一〇〇万ぽっちでどうにかなるなら、とっととプロ生のファイトマネーの取り分掻き集めてるっつーのッ!」
ミットでバシバシと肩を叩かれる。気味が悪いほど機嫌がいい理由がやはりわからなくて腹が立つ。
だーもう、やっぱ全然話が見えねぇ! 結局賞金の一〇〇万円は要るのか要らないのか! いや、個人的に鴨重社長に直談判するときに必要だな、よし優勝しよ!
妙に上機嫌になったオヤジがタイマー復活の声かけをする。アマチュア練習生が「いーっすかー? 始めますよー」と合図して、それと同時に深呼吸で頭を切り替える。
――ずっと、敬斗くんが好き
ビーッの電子音よりも色濃く、突然脳内で再生されたひと言。それが簡単に冷静さをさらっていく。
オヤジのミットにかすりもしない、俺のヘナヘナストレート。上機嫌だったオヤジは見事般若に逆戻り。
「アホたれ敬斗ッ! 何だ今の?! 一〇〇万どころか一円だってもったいねーぞ!」
「ちょ、ちょっと待って! マジ……マジ今ヤバい」
「タオル投げ込まれるには早すぎんだろがっ!」
待て待て待て待て、やっぱりあのとき俺、告白されてたくない?! だから縁談を勝手に決められることにいっそう拒否反応を示していて、だから家から飛び出した……?!
「っクソ!」
今度こそ、いつものストレート。体勢を低くとってオヤジの速いミットをかわし、いくつかのスウェイのあとでカウンターを入れる。
これが俺の思い上がりでなければ、かつアイツの突発的な嘘でないとしたなら。アイツが俺に気を許していることに納得がいくし、俺には苦手意識を抱いていない理由にも筋が通る。さっきのアレが意図しない本音吐露でないならば、アイツは俺に告白したと自覚しているはず。
「目ばっかに頼んなっ。そのまま……そうッ!」
ようやく打撃音に重さが出てきた。脇を締めて、拳の軌道は最短ルートで。
改めて言おうとしていた、というのは、アイツなりにきちんとした場や雰囲気を設けて、それで俺に伝えようとしてくれていたということだろ。
俺が協力できないと突っぱねたとき「そんなことをしてもらう必要はない」と返してきたのは、俺がその『本人だから』だろ。
秘密にしていたのだって当然のことだ。恋愛感情を向けている相手のことを公共の場で大っぴらに吹聴するなんて不躾なことを、まさかアイツがするわけないだろ。
それらを踏まえて。
「あー、やっと良くなってきた! そう、ハイ、重く!」
上の空だった俺は、アイツになんて返したんだ?
――俺よりカネも地位も持ってるヤツのほうが、ずーっとお似合いです
「じゃねーだろ、俺のバカ!」
気恥ずかしさと後悔の赤面をミットめがけて撃ち込む。ほぼ同時にビーッ、とタイマーが鳴った。機嫌の戻ったオヤジに背を向け、リングの外からタオルを貰って汗を吸わせる。
いつ俺に気持ちが傾いたの。どうしてそんなふうに俺を想うようになったの。酷い態度ばかりとっていただろう俺のどこに、アンタは惚れてくれたの――すべてすぐに問い質してしましたい。でも、そうして力業で言わせてしまうのは絶対に違う。
「しばらく、黙っとかねーと。頑張って、沈黙……頑張れんのか?」
気が付いて間もない俺の場合、万全を期して臨むに限る。それに今顔を見たら、俺自身がアイツにどんな態度を取ってしまうのかまったく予想ができない。絶対に醜態を晒す。
そんなんできるかッ、かっこわりー。これ以上ダメな部分ばかりをアイツに見せるわけにはいかない。
「今終わらせたら、ハァ、絶対燃え尽きる……だから」
直接アイツの顔を見て、直接アイツの声を聴いて、その仕草のひとつひとつを眺めながら、今度こそ冷静にしっかりと話を聞きたい。そのためには。
「だからまず優勝して、ハァ、それから、決着つけるべきだろ」
河川敷から自宅のジムに走り帰った俺――和泉敬斗は、背後からオヤジにそう声をかけられた。
本来なら軽快かつリズミカルに打つパンチングボールを、どうやら無意識のうちに手酷くぶん殴っていたらしい。吊るし金具が聞いたことがないほどガジャンガジャンと軋んでいる。やべ、今の今まで全然気が付かなかった。
まぁ要するに、オヤジは「態度が悪い」と注意してきたわけだ。そりゃそうだ。方々に対するイライラとモヤモヤが全然やまないのだから。
「別にいーんだぜ、無理してあの大会に出なくたって。オメーにはまだ早ぇってことでよ」
「ルセぇよ」
誰のせいであの賞金を取りに行かにゃならんと思ってんだ、と腹の底でグラグラと思う。
オヤジはいつもこうやって俺のことを焚き付けてくる。そうすれば俺がなにクソと食ってかかってくることをわかっているからだ。
それに、もう一方のイライラの原因であるアイツだってよくない。
代役の俺では力量足らずだと言われたように感じて着火。怒りの感情がコントロールを失ってやつ当たってしまった自分自身にメラメラ。最終的には、アイツが俺より気を許しているらしい婚約者の存在を匂わせてきたから爆発。
バスンッと、装着したてのグローブの拳同士を打ち鳴らす。あーやめやめ、こんなんばっか考えてっからパンチングボールをメタクソに殴りまくっちまうんだ。ハイ、考えごと強制終了!
リングロープをくぐる。オヤジの指示がなくとも、アマチュア練習生の誰かがリング内の様子に合わせて勝手にタイマーをかけてくれる。
ビーッという電子音を合図に、三分間のミット打ちが開始。
オヤジの指示に合わせて拳を突き出し、ステップの瞬発性は保ちつつ上げていく。スタミナ切れの心配なんかしたことはない、昔からかなりの自信がある。踏み込みの深浅だけは注意。次に何をキメてくるか読まれてしまうから。あとは間合い。詰めすぎると視野が狭くなって――
「視力だけに頼ってんじゃねぇ、耳でも察知すんだよッ!」
――そうだ、俺、アイツが何か言おうとしていたそれを全然聞こうとしなかったんだった。
なんか言っていたな、最後。何だった? 思い出せない。えっと……頭に血が上っていて一言一句正確ではないけれど――パチコーンッ、とオヤジにミットで左頬を軽く張られて我に返る。
「ハイ、今顎もらいましたァ。あまあまの甘。激甘。一回戦敗退決定」
オヤジめ、気持ち悪い笑い方をしやがって。
「わかっ、あーあーそーですよ、視野が極めてセメーですよ俺はッ」
「わかってんなら集中しろ、ネボスケ!」
「ルセぇ! こっちの事情なんも知らねークセにッ!」
「ほーお、なんだなんだ。責任転嫁か! 余計なことごちゃごちゃ考えてっからぼさっとすんだよ」
ぐっ……それはそう。
落ち着け、呼吸を調えろ、こんなときこそ冷静沈着なあのボディガードのときの顔をせねば。
頭に血が上ると大振りになるクセが俺にはある。そもそも大振りを続けると攻撃精度が下がるし不恰好でよくない。いくら自信があるとはいえ、そうすると体力は簡単に持っていかれる。
わかっている。わかっているのに自己コントロールが利かない。このままでは、俺がずっと握っていたいもののどれもこれもが失くなってしまう。
ビーッ、とタイマーが鳴る。一分間のインターバル。
さっきからオヤジの指示が右から左だ。何と言われたか理解していないが、しかし長年培ってきたボクシング経験と無意識的反射で要望どおりに返せてはいる。こんなことでは練習の意味がまったくないのだが。
何なんだ、アイツ。周りのヤツらと何が違う?
友達同士なんて、ただ楽しく話せたり笑えたりの時間共有がたまにできればそれでいいはずだ。なのに、アイツの心の矢印が俺に向いていないのは無性に腹が立つ。
護るはずなのに護られてばかり。粗雑に扱われたって構わなかったはずなのに、アイツの丁寧な心配りばかりが心地いい。怖がられていて結構と思っていたのに、いつの間にか好かれていたいと思っている――。
ビーッ、の一音が思考を切る。その切れた隙間で思い出したのは、アイツの涙の直前のひと言。
「……オヤジ」
「ジムでは『会長』」
「『和泉会長どの』」
「なんだよ?」
「賞金の一〇〇万あれば、ちょっとくらいは鴨重社長とフラットな関係に戻る手助けになる?」
沈黙、五秒。
「……敬斗オメー、何言ってんだ?」
「オヤジが借金苦でヤベーんだろって話。社長からどんだけ借金してんのか知らねーけど、俺も母ちゃんも借金背負わないとなんねーんなら、さっさと手に入りそうな賞金でまず返済額減らしたほうがいいと思ったんだよっ」
俺が真剣に話しているあいだに、タイマー管理を担っているアマチュア練習生に合図をしたオヤジ。操作されたタイマーがピッピッと音を立てて止まる。
「ほーお? それで来月のあの若手発掘トーナメントにエントリーしたがったんか。急にカネ絡む大会に出たいとか言い出すから何かと思えば……はー、そういうことな。ふーん?」
「なんだよ、含みある相槌ばっかしやがって」
「いやいやなんのなんの! 純粋に父ちゃんは嬉しい! 息子がそんっなにこのジムのこと考えてくれていたとはッ! 感激してる!」
とか言いながら更にニヤニヤ笑っている意味がまったくわからん。
この前、鴨重社長とオヤジの深刻そうな電話を不可抗力とはいえ聞いてしまったから、だったら協力するしかないだろうが。アイツの傍に居続けるには、カネと実力を伴った状態で鴨重社長に認めてもらうしかないのだから。
「まぁよ、カネのことはとりあえず気にすんな。とにかく試合に集中しよーぜっ」
「なんで急にそんな機嫌よくなんだよ。つかカネのこと困ってんならさっさと言ってくれれば」
「オメーに今まで言わなかったっつーことは、オメーには関係ねーってことだ。それに一〇〇万ぽっちでどうにかなるなら、とっととプロ生のファイトマネーの取り分掻き集めてるっつーのッ!」
ミットでバシバシと肩を叩かれる。気味が悪いほど機嫌がいい理由がやはりわからなくて腹が立つ。
だーもう、やっぱ全然話が見えねぇ! 結局賞金の一〇〇万円は要るのか要らないのか! いや、個人的に鴨重社長に直談判するときに必要だな、よし優勝しよ!
妙に上機嫌になったオヤジがタイマー復活の声かけをする。アマチュア練習生が「いーっすかー? 始めますよー」と合図して、それと同時に深呼吸で頭を切り替える。
――ずっと、敬斗くんが好き
ビーッの電子音よりも色濃く、突然脳内で再生されたひと言。それが簡単に冷静さをさらっていく。
オヤジのミットにかすりもしない、俺のヘナヘナストレート。上機嫌だったオヤジは見事般若に逆戻り。
「アホたれ敬斗ッ! 何だ今の?! 一〇〇万どころか一円だってもったいねーぞ!」
「ちょ、ちょっと待って! マジ……マジ今ヤバい」
「タオル投げ込まれるには早すぎんだろがっ!」
待て待て待て待て、やっぱりあのとき俺、告白されてたくない?! だから縁談を勝手に決められることにいっそう拒否反応を示していて、だから家から飛び出した……?!
「っクソ!」
今度こそ、いつものストレート。体勢を低くとってオヤジの速いミットをかわし、いくつかのスウェイのあとでカウンターを入れる。
これが俺の思い上がりでなければ、かつアイツの突発的な嘘でないとしたなら。アイツが俺に気を許していることに納得がいくし、俺には苦手意識を抱いていない理由にも筋が通る。さっきのアレが意図しない本音吐露でないならば、アイツは俺に告白したと自覚しているはず。
「目ばっかに頼んなっ。そのまま……そうッ!」
ようやく打撃音に重さが出てきた。脇を締めて、拳の軌道は最短ルートで。
改めて言おうとしていた、というのは、アイツなりにきちんとした場や雰囲気を設けて、それで俺に伝えようとしてくれていたということだろ。
俺が協力できないと突っぱねたとき「そんなことをしてもらう必要はない」と返してきたのは、俺がその『本人だから』だろ。
秘密にしていたのだって当然のことだ。恋愛感情を向けている相手のことを公共の場で大っぴらに吹聴するなんて不躾なことを、まさかアイツがするわけないだろ。
それらを踏まえて。
「あー、やっと良くなってきた! そう、ハイ、重く!」
上の空だった俺は、アイツになんて返したんだ?
――俺よりカネも地位も持ってるヤツのほうが、ずーっとお似合いです
「じゃねーだろ、俺のバカ!」
気恥ずかしさと後悔の赤面をミットめがけて撃ち込む。ほぼ同時にビーッ、とタイマーが鳴った。機嫌の戻ったオヤジに背を向け、リングの外からタオルを貰って汗を吸わせる。
いつ俺に気持ちが傾いたの。どうしてそんなふうに俺を想うようになったの。酷い態度ばかりとっていただろう俺のどこに、アンタは惚れてくれたの――すべてすぐに問い質してしましたい。でも、そうして力業で言わせてしまうのは絶対に違う。
「しばらく、黙っとかねーと。頑張って、沈黙……頑張れんのか?」
気が付いて間もない俺の場合、万全を期して臨むに限る。それに今顔を見たら、俺自身がアイツにどんな態度を取ってしまうのかまったく予想ができない。絶対に醜態を晒す。
そんなんできるかッ、かっこわりー。これ以上ダメな部分ばかりをアイツに見せるわけにはいかない。
「今終わらせたら、ハァ、絶対燃え尽きる……だから」
直接アイツの顔を見て、直接アイツの声を聴いて、その仕草のひとつひとつを眺めながら、今度こそ冷静にしっかりと話を聞きたい。そのためには。
「だからまず優勝して、ハァ、それから、決着つけるべきだろ」

