神滅の魔剣士は英雄になれない

 新たな仲間を探すため、まずは村に行かなくてはいけない。黎明の神子の情報も聞き出したいが、地図も何もなく、近くに村があるかどうかもわからない。
 自分は計画性のない人間だということを、今更思い出してしまった。

 周りには草や木、野生動物がいるだけ。近くに人が住んでいるような様子はない——

「 風 」

 短い一言を発する。
 その瞬間、空気が“反転”した。
 突如現れた角を生やした魔獣の巨体が、踏み込みの勢いごと宙に持ち上がる。
 抵抗もなく、まるで見えない手に掴まれたように浮いたまま——

 空中で裂ける音が響いた。
 原型を保てていない肉片が、周囲に飛び散る。

「この感覚、久しぶりだな」

 下ろした掌を見つめる。
 戦闘など一年以上していなかったはずだが、体は毎日していたかのように自然と動く。
 あんなに怖かったはずなのに。

「まだ王都を出てからそんなに経っていないはずだが……騎士団の手が回っていない証拠だな」

 自分の身体が動いたことに感動しながらも、魔獣が現れた事への不信感が募る。
 ここ数年で大幅に数を減らし、人里に近付かないよう魔獣避けの鈴や結界を流通させたというのに。
 確か、部屋にこもっていた時も外から聞こえてきていた。ここ最近、魔獣の数が増えていると。
 まさか、黎明の神子が何かを企んでいるのか?
 
「すっごぉ!! やっぱ最強は違うなあ! マジでかっけえ!」
 
 先程まで少し後ろで見ていたカイトが、興奮気味に駆け足で寄ってきた。
 英雄と呼ばれる人間なのだから、少しくらいは戦闘に参加する様子を見せて欲しいんだが。

「俺は戦闘がダメダメだからさ。マジで尊敬してるわ」

 カイトは頭をポリポリとかきながら苦笑していた。
 戦闘がダメダメな英雄など、聞いて呆れる。

「今まで何度か戦っているんだろう? 剣か魔法、どっちを使うんだ?」
「一応、剣かな。魔力量が少ないし、放出口? っていうのも狭いらしいから」

 確かに、カイトの腰には一本の剣が見えた。
 体格的にも物理攻撃が似合うような背丈や筋肉量でもないが、放出口が狭いなら仕方ない。
 
 この世界に存在する魔法というものは、魔力量も大事だが、それ以上に『放出口(ゲート)』の広さが重要となる。
 魔力量が多かったところで、放出口が狭ければ低級魔法しか扱うことができない。
 逆に言えば、魔力量がさほど多くなかったとしても放出口さえ広ければ上級魔法でも扱うことができる。その為にはそれ相応の魔力精度も必要になるが。

 ただ、放出口を広げるには幼少期から魔法を扱う必要があり、今のカイトにそれを広げる方法など無い。

「何属性なんだ?」
「属性?」
「……お前、魔法のこと殆ど知らないだろ」
「バレた?」

 人にはそれぞれ、属性がある。
 火、水、風、草、雷、光、闇の7種類存在し、この世界に生まれた人間は皆、どれか一つだけ扱うことができる。
 ハズレ魔法と呼ばれる火属性、魔法使いと主婦に人気な水属性、騎士や剣士に適している風属性、職人適性のある草属性、一撃必殺の雷属性、ヒーラー特化の光属性、何でもありの闇属性。
 俺は全て扱うことができるが、カイトはこの中の一つだけを使うことができるはずだ。

「あ〜、そういえば、確か風だった気がする」
「何故そう、うろ覚えなんだ」

 風属性なら、低級魔法でも剣を扱う時に便利だ。
 使っておいて損はないはずだが、何故こうも使いたがらない。

「いや〜、魔法教えてくれる人、居なかったし……使い方が分からないと言いますか」
「カリスタの屋敷で匿ってもらってたんだろ? なら、良い教師が居るじゃないか」

 英雄のお供として名を馳せていたカリスタは、身寄りのないカイトに衣食住を与えていたらしい。
 あそこの使用人は有能な魔法使いばかりだ。
 特に、ルシアンという名の使用人は群を抜いている。

「ルシアンの事言ってる? なら、アイツは教えるのに向いてないね。一度教えてもらおうと思ったら、『詠唱は忘れてしまったので教えられません。無詠唱は感覚でやっているので、カイト様に教えられることはないですね』って言われたんだよ。他の使用人も似たような感じだったし」

 魔法を学ぶ際、基本的には詠唱魔法から覚え、徐々に無詠唱魔法へと切り替えていく。
 例えるなら、格ゲーのモダンとクラシックのようなものだ。
 詠唱ならば簡単に魔法を扱えるが、精密な魔法の調節ができず、小回りが利かない。
 一方で、無詠唱ならば自分の好きなように魔法を扱える。詠唱と比べて、使える魔法の種類は百倍以上へと跳ね上がる。
 精密な魔力操作を行い、存在しないはずの氷属性魔法を生み出した人間もいるらしい。
 だが、一派的には詠唱魔法が強く根付いており、冒険者や騎士団に入るような人間だけが無詠唱魔法を習得している。
 
 ルシアンに魔法を教えたのは俺だ。アイツは覚えが良く、直ぐに無詠唱で上級魔法を扱うようになった。
 だからこそ、詠唱を覚えていないというのにも納得がいく。

「あのさ、もし良かったらヘクトルが教えてくんね? さっきの、風魔法でしょ? 俺もあんな感じで魔法使ってみたいからさ、頼むよ」
「……さっき使ったのは無理だが、移動速度を上げるくらいなら出来るようになるだろう」

 あまり面倒なことはしたくないが、これから長旅を共にする相手だ。少しくらいは戦闘に参加してもらわないと困る。
 初期投資だと自分に言い聞かせ、カイトに魔法を教える約束を交わした。


 歩いても歩いても、村が、街が見つからない。
 カイトは直ぐにでも魔法を学びたい様子だったが、今はそんなことよりも先に宿を探さなくては。
 久しぶりの外出だった俺は体力が落ち、倒れそうなほどフラフラの状態で歩いていた。

 先程魔獣が現れたということは、この近くには人里がない可能性が高い。
 移動魔法を使いたいが、久しぶりに魔法を扱っている今、精密な魔力操作をできる自信が無い。

「このまま何も宛がなく歩いていても意味がない……動物に聞いてみるか。なにか教えてくれるかもしれない」
「動物にって、え? 動物の話すことわかる感じ?」

 カイトはすごいすごいとはしゃぎながら、どんな感じで話せるのか、どんな動物でも大丈夫なのか、と質問が止まらない。
 それを全て無視して周りを見渡していると、一羽の鳥を見つけた。
 闇魔法で鳥籠を作り、素早く捕まえる。

「光魔法の応用だ。他者の身体に自らの意識を移すことができる」
 
 抵抗も出来ずに囚われの身となった鳥を手元まで移動させ、額を鳥籠へと当てた。

「すまないが、少し借りる」

 瞼を閉じ、籠の中の小さな鳥へと自らの意識をゆっくりと移していく。
 五感を全て感じたことを確認し、鳥籠から飛び立つ。

 泉が見えた。熊や猪等の野生動物が集まっている。この地域の人間は熊や猪と言った凶暴な動物は食べない。ならば、この近くには人が住んでいないだろう。
 直ぐに方角を変え、また情報を探す。
 これは、肉を焼く匂い。近くに村がある。
 人の声が聞こえる。西の方角だ。
 あまり広くは無いな。他には無いか?
 もっと、人が多い街を探そう。
 
 また方向を切り替え、羽ばたく。

 ——風を切り、空を飛び回る感覚。

「……っはぁ! ゴホッ、けほっ、ぅ…」

 鳥との感覚が切断され、自分の身体へと意識が戻る。
 立っていたはずの身体は膝から崩れ落ち、右肩を抱えるように蹲る。
 強い風が吹いた。
 先程までは感じていた感覚が、今はもうそこに存在していない。

 自分の体には“ソレ”が無かった。

「おい! ヘクトル、大丈夫か!?」

 心配そうなカイトの声が聞こえてくる。
 自分の体のはずなのに、先程の鳥よりも思うように動かせない。動きそうになかった。
 
 あぁ……
 
 ——風が、怖い。