五時限目の予鈴が鳴る少し前。
賑やかな昼休みの教室で、私は次の授業の準備をしていた。
ふと右隣から、椅子を引く音がする。
廊下で部活仲間と話していた羽瀬くんが戻ってきたのだ。
隣同士になって一週間が経つのに、すぐそばに座られるだけで、私の心臓はいまだに小さく跳ねてしまう。
羽瀬くんは何気なく窓の外へ目を向けると、ふいに表情を明るくした。
「白石さん!」
クラスのざわめきに紛れるような小さな声に、私は振り向く。
「ほら、見てみ。今日もあのノラ猫、備品倉庫のとこにいる」
「あ……本当だ」
窓の外を見下ろすと、古い備品倉庫のトタン屋根で、あの茶トラが五月の日差しを浴びながら丸くなっていた。
「ふふっ。またお昼寝してる。可愛い……」
「な? あいつ、毎日あそこにいんのかな」
羽瀬くんは茶トラを眺めながら、ふと思い出したように続けた。
「……白石さん、前にあいつがここで静かにしてるの見てると落ち着くって言ってたっしょ」
「え……」
思わず羽瀬くんを見る。
席替えをして間もない頃、私がぽつりとこぼした小さな本音。
人混みが苦手で、静かなところにいる猫を見ていると落ち着く──。
そんな何気ない言葉を、羽瀬くんはちゃんと覚えていてくれた。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「だからさ、今日の部活、ちょっと早く終わる予定なんだ」
羽瀬くんが私を見る。
「白石さん、今日の放課後、あいつ近くで見に行ってみね?」
「え……っ? い、いっしょに……?」
驚いて目を丸くすると、羽瀬くんは悪戯っぽく笑った。
「誰も来ないし、俺たちの秘密基地にしよーぜ。──ど、行く?」
(羽瀬くんと、二人で……)
楽しみなのに、ちゃんと話せるだろうかという不安もある。
それでも。
せっかく羽瀬くんが誘ってくれたのだから、行ってみたい。
私は小さく息を吸って、勇気を出して頷いた。
「……うん。いっしょに、行きたいです」
「よっしゃ、約束な!」
羽瀬くんの顔が、ぱっと明るくなる。
「五時間目始まったら俺、寝ないで頑張るわ」
「ふふっ……」
さっき歴史の授業で交わした筆談を思い出して、私も笑ってしまう。
もし眠くなったら、私から「ぐる、ぐる」。
そうすれば、一発で目が覚める──。
二人だけに意味の分かる約束が、もうひとつ増えたようで嬉しかった。
そのとき、五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
先生が教室へ入ってくると、羽瀬くんはすぐに前を向いて教科書を開く。
けれど、その口元はまだ少し嬉しそうに緩んでいた。
私もノートを開いたものの、頭に浮かんでくるのは授業のことではない。
(放課後、羽瀬くんと二人きりで……)
楽しみと緊張が、胸の中で入り混じる。
ちゃんと話せるかは、まだ分からない。
でも──さっき「行きたい」と答えたことを、後悔はしていなかった。
窓の外では、あの茶トラが五月の日差しの中で、相変わらず気持ちよさそうに丸くなっていた──。
賑やかな昼休みの教室で、私は次の授業の準備をしていた。
ふと右隣から、椅子を引く音がする。
廊下で部活仲間と話していた羽瀬くんが戻ってきたのだ。
隣同士になって一週間が経つのに、すぐそばに座られるだけで、私の心臓はいまだに小さく跳ねてしまう。
羽瀬くんは何気なく窓の外へ目を向けると、ふいに表情を明るくした。
「白石さん!」
クラスのざわめきに紛れるような小さな声に、私は振り向く。
「ほら、見てみ。今日もあのノラ猫、備品倉庫のとこにいる」
「あ……本当だ」
窓の外を見下ろすと、古い備品倉庫のトタン屋根で、あの茶トラが五月の日差しを浴びながら丸くなっていた。
「ふふっ。またお昼寝してる。可愛い……」
「な? あいつ、毎日あそこにいんのかな」
羽瀬くんは茶トラを眺めながら、ふと思い出したように続けた。
「……白石さん、前にあいつがここで静かにしてるの見てると落ち着くって言ってたっしょ」
「え……」
思わず羽瀬くんを見る。
席替えをして間もない頃、私がぽつりとこぼした小さな本音。
人混みが苦手で、静かなところにいる猫を見ていると落ち着く──。
そんな何気ない言葉を、羽瀬くんはちゃんと覚えていてくれた。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「だからさ、今日の部活、ちょっと早く終わる予定なんだ」
羽瀬くんが私を見る。
「白石さん、今日の放課後、あいつ近くで見に行ってみね?」
「え……っ? い、いっしょに……?」
驚いて目を丸くすると、羽瀬くんは悪戯っぽく笑った。
「誰も来ないし、俺たちの秘密基地にしよーぜ。──ど、行く?」
(羽瀬くんと、二人で……)
楽しみなのに、ちゃんと話せるだろうかという不安もある。
それでも。
せっかく羽瀬くんが誘ってくれたのだから、行ってみたい。
私は小さく息を吸って、勇気を出して頷いた。
「……うん。いっしょに、行きたいです」
「よっしゃ、約束な!」
羽瀬くんの顔が、ぱっと明るくなる。
「五時間目始まったら俺、寝ないで頑張るわ」
「ふふっ……」
さっき歴史の授業で交わした筆談を思い出して、私も笑ってしまう。
もし眠くなったら、私から「ぐる、ぐる」。
そうすれば、一発で目が覚める──。
二人だけに意味の分かる約束が、もうひとつ増えたようで嬉しかった。
そのとき、五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
先生が教室へ入ってくると、羽瀬くんはすぐに前を向いて教科書を開く。
けれど、その口元はまだ少し嬉しそうに緩んでいた。
私もノートを開いたものの、頭に浮かんでくるのは授業のことではない。
(放課後、羽瀬くんと二人きりで……)
楽しみと緊張が、胸の中で入り混じる。
ちゃんと話せるかは、まだ分からない。
でも──さっき「行きたい」と答えたことを、後悔はしていなかった。
窓の外では、あの茶トラが五月の日差しの中で、相変わらず気持ちよさそうに丸くなっていた──。


