「はい、プリントが終わった奴から自習にしていいぞー」
先生ののんびりとした声が響くと、教室の空気が少しだけ緩んだ。
私はノートの隅に最後の答えを書き込み、待ってましたとばかりにシャープペンシルを置く。
授業が始まってからずっと、胸の奥が小さく高鳴っていた。
そっと窓の外を覗き込む。
三階の窓から見下ろすグラウンドでは、男子たちがサッカーの試合をしていた。
(……あ、いた)
探すまでもなかった。
みんなと同じ白い体操着なのに、羽瀬くんの姿だけはすぐに見つけられた。
休み時間に交わした言葉が蘇る。
『三階の窓から、俺のことちゃんと見てて。絶対に、すげぇシュート決めてみせるから!』
思い出しただけで、頬が熱くなる。
グラウンドでは、羽瀬くんがボールを受け取った。
相手をかわしながら駆けていく姿は、教室で笑っているときとは少し違って見える。
迷いのない動き。楽しそうにボールを追いかける横顔。
(すごいな……。やっぱり、遠くの人みたい)
隣の席では「起こしてな」なんて笑ってくれる。
二人だけで茶トラを眺めて、今度一緒に見に行こうとも約束した。
それなのにグラウンドにいる羽瀬くんは、やっぱり眩しい。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
──いつか、あの人の隣に堂々と並べる私になりたい。
内気で、自分から誰かの輪へ入ることさえ苦手な私には、大きすぎる願いかもしれない。
それでも初めて、そう思った。
そのとき、ゲームが一気に動いた。
羽瀬くんがゴール前で鋭いパスを受ける。
二人の男子が進路を塞いだ。
けれど羽瀬くんは一瞬のステップで二人をかわし、そのまま迷いなく右足を振り抜いた。
ドカッ!
遠くの窓まで届くような、鋭い音。
放たれたボールはキーパーの指先を越え、ゴールの右上へ突き刺さった。
「うおおお! マジか羽瀬!」
「ヤバすぎだろ、お前!」
グラウンドから歓声が上がる。
男子たちにもみくちゃにされながら、羽瀬くんが嬉しそうに笑っている。
「悪いな、今日の俺は誰にも止めらんねーよ。次の点も貰いに行くぞ!」
その声まで、風に乗って聞こえてくるようだった。
(本当に……決めちゃった)
『絶対に、すげぇシュート決めてみせるから』
約束通りだった。
胸の高鳴りを抑えるように窓枠をぎゅっと握った、そのとき。
仲間とハイタッチしていた羽瀬くんが、ふと動きを止めた。
ゆっくり振り返る。
そして迷うことなく、三階の窓へ顔を上げた。
(え……?)
遠く離れたグラウンドと、三階の窓際。
それなのに、羽瀬くんの視線は真っ直ぐ私を見つけた。
目が、合った。
「……っ」
心臓が大きく跳ねる。
羽瀬くんは、少し照れくさそうに目を細めた。
まるで、
──ちゃんと見てた?
そう確かめるみたいに。
いつものみんなに向ける笑顔とは少し違う。
私だけに届いたようなその笑顔に、頬が一気に熱くなった。
(見られてた……!)
たまらず、カーテンの陰へサッと隠れる。
心臓がうるさい。
羽瀬くんは本当にシュートを決めて、あんなに遠い場所から私を見つけてくれた。
胸の奥に芽生えていた気持ちが、もう憧れだけではないことを、私は少しずつ分かり始めていた。
遠くから見ているだけじゃなくて、もっと話したい。
もっと知りたい。
そしていつか──もっと近くに。
私は熱い頬を両手で押さえながら、しばらくカーテンの陰から動けなかった。
◇
三階の窓から白石さんの姿がサッと消えた。
(……隠れた)
思わず笑いそうになる。
たぶん今頃、カーテンの向こうで顔を真っ赤にしている。
俺の胸も、さっきシュートを決めたときとは違う速さで鳴っていた。
(……やっぱり、ちゃんと見ててくれたんだ)
試合が始まってから、ずっと気になっていた。
休み時間、自分から「俺のこと見てて」なんて言っておきながら、本当に白石さんが見てくれるかどうか。
格好いいところを見せたい。
なぜか今日は、そればかり考えていた。
シュートを決めた瞬間、真っ先に探したのも仲間じゃない。
三階の、窓際の一番後ろ。
そこに白石さんがいて、ちゃんと俺を見てくれていた。
目が合った途端に隠れた姿を思い出すと、また胸の奥が熱くなる。
隣の席になってから一週間。
話しかけると少し緊張した顔をするくせに、最後にはちゃんと笑ってくれる。
さっきだって、茶トラを見つけた瞬間は、すげぇ嬉しそうに笑っていた。
もっとあの顔を見たい。
もっと白石さんのことを知りたい。
いつの間にか、そんなことを考えるようになっていた。
そして──。
いつか、あいつの隣に堂々と並べる男になりたい。
そんな気持ちまで、胸の中に生まれている。
「羽瀬! 何ぼーっとしてんだよ!」
「次来るぞ!」
仲間の声に、俺はハッとグラウンドへ向き直った。
「おう!」
走り出す前に、もう一度だけ三階の窓を見る。
白石さんは、まだ出てこない。
それがおかしくて、少しだけ口元が緩んだ。
(次の授業、絶対話しかけよ)
普通に声をかけたら、また緊張させるかもしれない。
(……あ、そうだ)
教科書に書いてみるか。
それなら誰にも聞かれないし、白石さんとも二人だけで話せる。
そう考えた途端、さっきシュートを決めたときとは違う楽しみが胸の中に膨らんだ。
俺はもう一度グラウンドを蹴り、仲間たちのもとへ走っていった──。
先生ののんびりとした声が響くと、教室の空気が少しだけ緩んだ。
私はノートの隅に最後の答えを書き込み、待ってましたとばかりにシャープペンシルを置く。
授業が始まってからずっと、胸の奥が小さく高鳴っていた。
そっと窓の外を覗き込む。
三階の窓から見下ろすグラウンドでは、男子たちがサッカーの試合をしていた。
(……あ、いた)
探すまでもなかった。
みんなと同じ白い体操着なのに、羽瀬くんの姿だけはすぐに見つけられた。
休み時間に交わした言葉が蘇る。
『三階の窓から、俺のことちゃんと見てて。絶対に、すげぇシュート決めてみせるから!』
思い出しただけで、頬が熱くなる。
グラウンドでは、羽瀬くんがボールを受け取った。
相手をかわしながら駆けていく姿は、教室で笑っているときとは少し違って見える。
迷いのない動き。楽しそうにボールを追いかける横顔。
(すごいな……。やっぱり、遠くの人みたい)
隣の席では「起こしてな」なんて笑ってくれる。
二人だけで茶トラを眺めて、今度一緒に見に行こうとも約束した。
それなのにグラウンドにいる羽瀬くんは、やっぱり眩しい。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
──いつか、あの人の隣に堂々と並べる私になりたい。
内気で、自分から誰かの輪へ入ることさえ苦手な私には、大きすぎる願いかもしれない。
それでも初めて、そう思った。
そのとき、ゲームが一気に動いた。
羽瀬くんがゴール前で鋭いパスを受ける。
二人の男子が進路を塞いだ。
けれど羽瀬くんは一瞬のステップで二人をかわし、そのまま迷いなく右足を振り抜いた。
ドカッ!
遠くの窓まで届くような、鋭い音。
放たれたボールはキーパーの指先を越え、ゴールの右上へ突き刺さった。
「うおおお! マジか羽瀬!」
「ヤバすぎだろ、お前!」
グラウンドから歓声が上がる。
男子たちにもみくちゃにされながら、羽瀬くんが嬉しそうに笑っている。
「悪いな、今日の俺は誰にも止めらんねーよ。次の点も貰いに行くぞ!」
その声まで、風に乗って聞こえてくるようだった。
(本当に……決めちゃった)
『絶対に、すげぇシュート決めてみせるから』
約束通りだった。
胸の高鳴りを抑えるように窓枠をぎゅっと握った、そのとき。
仲間とハイタッチしていた羽瀬くんが、ふと動きを止めた。
ゆっくり振り返る。
そして迷うことなく、三階の窓へ顔を上げた。
(え……?)
遠く離れたグラウンドと、三階の窓際。
それなのに、羽瀬くんの視線は真っ直ぐ私を見つけた。
目が、合った。
「……っ」
心臓が大きく跳ねる。
羽瀬くんは、少し照れくさそうに目を細めた。
まるで、
──ちゃんと見てた?
そう確かめるみたいに。
いつものみんなに向ける笑顔とは少し違う。
私だけに届いたようなその笑顔に、頬が一気に熱くなった。
(見られてた……!)
たまらず、カーテンの陰へサッと隠れる。
心臓がうるさい。
羽瀬くんは本当にシュートを決めて、あんなに遠い場所から私を見つけてくれた。
胸の奥に芽生えていた気持ちが、もう憧れだけではないことを、私は少しずつ分かり始めていた。
遠くから見ているだけじゃなくて、もっと話したい。
もっと知りたい。
そしていつか──もっと近くに。
私は熱い頬を両手で押さえながら、しばらくカーテンの陰から動けなかった。
◇
三階の窓から白石さんの姿がサッと消えた。
(……隠れた)
思わず笑いそうになる。
たぶん今頃、カーテンの向こうで顔を真っ赤にしている。
俺の胸も、さっきシュートを決めたときとは違う速さで鳴っていた。
(……やっぱり、ちゃんと見ててくれたんだ)
試合が始まってから、ずっと気になっていた。
休み時間、自分から「俺のこと見てて」なんて言っておきながら、本当に白石さんが見てくれるかどうか。
格好いいところを見せたい。
なぜか今日は、そればかり考えていた。
シュートを決めた瞬間、真っ先に探したのも仲間じゃない。
三階の、窓際の一番後ろ。
そこに白石さんがいて、ちゃんと俺を見てくれていた。
目が合った途端に隠れた姿を思い出すと、また胸の奥が熱くなる。
隣の席になってから一週間。
話しかけると少し緊張した顔をするくせに、最後にはちゃんと笑ってくれる。
さっきだって、茶トラを見つけた瞬間は、すげぇ嬉しそうに笑っていた。
もっとあの顔を見たい。
もっと白石さんのことを知りたい。
いつの間にか、そんなことを考えるようになっていた。
そして──。
いつか、あいつの隣に堂々と並べる男になりたい。
そんな気持ちまで、胸の中に生まれている。
「羽瀬! 何ぼーっとしてんだよ!」
「次来るぞ!」
仲間の声に、俺はハッとグラウンドへ向き直った。
「おう!」
走り出す前に、もう一度だけ三階の窓を見る。
白石さんは、まだ出てこない。
それがおかしくて、少しだけ口元が緩んだ。
(次の授業、絶対話しかけよ)
普通に声をかけたら、また緊張させるかもしれない。
(……あ、そうだ)
教科書に書いてみるか。
それなら誰にも聞かれないし、白石さんとも二人だけで話せる。
そう考えた途端、さっきシュートを決めたときとは違う楽しみが胸の中に膨らんだ。
俺はもう一度グラウンドを蹴り、仲間たちのもとへ走っていった──。


