腹の底まで響くような重い音に、二人は同時に顔を上げた。
雨は、まだ激しく降っている。
それなのに次の瞬間――。
ドンッ!
雨のカーテンの向こうで、鮮やかな大輪の花火が夜空いっぱいに咲いた。
「……花火」
乃愛が息を呑む。
雨脚は少し弱まったかと思えば、また急に強くなる。
それでも花火は、一発、また一発と雨の夜空へ打ち上がっていった。
木の下をすり抜けて降ってくる雨粒が、夜空の火花の光を反射して、まるでダイヤモンドの粉が二人の周りにきらきらと降り注いでいるかのようだった。
「……すごい」
乃愛が空を見上げたまま呟く。
雨なのに。
浴衣も髪も濡れているのに。
琉生と一緒に見る花火は、乃愛が思い描いていたよりもずっと綺麗だった。
結衣たちには、乃愛を見つけたことだけ、琉生がすでに伝えてくれていた。
今ごろきっと、二人ともほっとしているだろう。
(……あとで、ちゃんと謝ろう)
そう心の中で呟いて、乃愛はもう一度、隣にいる琉生を見た。
その隣で、琉生が乃愛の右手をぎゅっと握る。
「……乃愛」
「ん?」
琉生は濡れたポケットへ手を入れると、一枚の紙を取り出した。
「これ」
「……っ」
乃愛の瞳が見開かれる。
雨に濡れ、少しくしゃくしゃになった――ひまわり色の付箋。
「どうして……」
「図書室に忘れてっただろ」
花火の日に渡そうと思って、誰にも見られないよう筆箱の奥に忍ばせていたもの。
それが今、琉生の手のひらの上にある。
「……読んだ?」
「うん」
「……っ」
乃愛の頬が一気に熱くなる。
そこに書かれていたのは――。
『毎日遅くまで部活お疲れ様です。
がんばってる姿、ずっと応援してるよ。
夏休みの間、本当は会いたくて会いたくて
仕方なかったから……
今夜、大好きな琉生くんの隣で
一緒にきれいな花火を見られるのを、
本当に楽しみにしています。 乃愛』
まだ、図書室ですれ違ってしまう前。
今夜を楽しみにしながら、乃愛がひとりで書いた言葉。
「これ読んだとき、分かったんだ」
琉生は、雨から守るように付箋を手の中へ包み込む。
「乃愛も、俺と同じだったんだって」
「……同じ?」
「俺も夏休み入ってから、乃愛に会いたくて会いたくて仕方なかった」
「……っ」
同じ言葉。
ずっと言えなかった想いが、琉生の声になって返ってくる。
「だから、図書室で寝たのも、乃愛に会ったせいじゃない。部活で疲れてただけ。……それでも会いたかったから、俺は行った」
雨の中でも、その言葉だけは真っ直ぐ乃愛の胸へ届いた。
「なのに、ちゃんと言わなくてごめん」
乃愛は涙を拭い、小さく首を横に振る。
「……私も、ちゃんと聞けばよかった」
「じゃあ――約束しようぜ」
「これからは、会いたいときはちゃんと会いたいって言う」
琉生は、繋いだ乃愛の手を見つめながら言った。
「寂しいときも、一人で我慢しない。……俺もちゃんと言うから」
「……うん」
乃愛は小さく頷いた。
「私も……ちゃんと言う」
合図があれば、きっと伝わる。
そう思っていた。
けれど、どれだけ大切な合図でも、それだけでは届かない気持ちがある。
会いたい。
寂しい。
そばにいてほしい。
そんな気持ちも、これからはちゃんと言葉にして届けたい。
「約束な」
「……うん。約束」
乃愛が頷くと、琉生はほっとしたように笑った。
そのまま少しの間、二人で夜空を見上げる。
雨はまだ完全には止んでいない。
木の葉から落ちる雫の向こうで、色とりどりの花火が夜空いっぱいに広がっていた。
その光に照らされた琉生が、不意に口を開く。
「……あとさ」
「え?」
琉生は少し照れくさそうに笑って、繋いだ乃愛の手へ視線を落とした。
「俺、いつか……みんなの前でも、乃愛が俺の彼女だって堂々と言いたい」
「……っ」
乃愛の胸が、大きく跳ねた。
思いがけない言葉に、頬が一気に熱くなる。
「今すぐじゃなくていい。乃愛が恥ずかしいのも分かってるし」
琉生はそう言ってから、まっすぐ乃愛を見た。
「でも、ずっと隠したままは嫌だから」
「……琉生くん」
いつか、みんなの前で。
琉生の隣に、彼女として立つ。
想像しただけで恥ずかしくて、胸の奥が落ち着かない。
けれど――嫌ではなかった。
むしろ、そんな未来を思い描いてくれていることが、嬉しかった。
「いつか、ちゃんと言えるようになろうぜ」
「……うん」
乃愛は繋いだ手に、そっと力を込めた。
「私も……いつか、そうなれたら嬉しい」
その言葉を聞いた琉生の表情が、ふっと緩む。
「じゃあ、これも約束な」
琉生は繋いでいた手を少し緩めると、左手の小指を乃愛の右手の小指へそっと絡めた。
「……指切り?」
「そ。ちゃんと覚えてろよ?」
乃愛はくすっと笑って、絡んだ小指に少しだけ力を込める。
琉生が、絡めた小指をほどかないまま、二人の間でそっと持ち上げる。
乃愛もそれに合わせるように、腕を上げた。
琉生を見つめて、乃愛は小さく頷く。
「……うん。約束」
夜空を背景に、小さく絡んだ二人の小指が浮かび上がる。
その瞬間――。
ドンッ。
絡んだ小指の向こうで、大輪の花火が咲いた。
今すぐじゃなくていい。
少しずつでいい。
いつか、誰の前でも隠さずに、隣で笑える二人になれたら。
そんな新しい約束が、夏の夜にそっと増えた。
やがて二人は、絡めた小指をほどかないまま、ゆっくりと腕を下ろした。
そして小指をほどいても、その手は離れない。
琉生の左手が、乃愛の右手をそっと包み込む。
今度はゆっくりと、指と指を絡めていく。
恋人繋ぎ。
「……あったかい」
乃愛が小さく笑う。
「そりゃよかった」
琉生も笑って、繋いだ手を軽く握り直した。
乃愛も、その手をそっと握り返す。
いつの間にか、雨音はほとんど聞こえなくなっていた。
木の葉に残った雫が、時折ぽつりと落ちてくる。
乃愛は繋いだ手の温もりを感じながら、もう一度夜空を見上げた。
雨は、いつの間にか上がっていた。
雨雲の向こうで、色鮮やかな花火が次々と夜空を染めていく。
会いたいなら、会いたいと伝える。
寂しいなら、寂しいと伝える。
言葉がなくても伝わる秘密の合図は、これからも二人の大切な宝物。
それでも、言葉にしなければ届かない想いがあることを、二人はこの夏に知った。
そして、いつか。
誰の前でも隠さずに、隣で笑える二人になること。
今夜、もうひとつ増えた約束も胸に抱いて。
二人は繋いだ手を、もう一度ぎゅっと握り合った。
雨上がりの夜空に咲く花火を、今度こそ二人並んで見上げながら――。
雨は、まだ激しく降っている。
それなのに次の瞬間――。
ドンッ!
雨のカーテンの向こうで、鮮やかな大輪の花火が夜空いっぱいに咲いた。
「……花火」
乃愛が息を呑む。
雨脚は少し弱まったかと思えば、また急に強くなる。
それでも花火は、一発、また一発と雨の夜空へ打ち上がっていった。
木の下をすり抜けて降ってくる雨粒が、夜空の火花の光を反射して、まるでダイヤモンドの粉が二人の周りにきらきらと降り注いでいるかのようだった。
「……すごい」
乃愛が空を見上げたまま呟く。
雨なのに。
浴衣も髪も濡れているのに。
琉生と一緒に見る花火は、乃愛が思い描いていたよりもずっと綺麗だった。
結衣たちには、乃愛を見つけたことだけ、琉生がすでに伝えてくれていた。
今ごろきっと、二人ともほっとしているだろう。
(……あとで、ちゃんと謝ろう)
そう心の中で呟いて、乃愛はもう一度、隣にいる琉生を見た。
その隣で、琉生が乃愛の右手をぎゅっと握る。
「……乃愛」
「ん?」
琉生は濡れたポケットへ手を入れると、一枚の紙を取り出した。
「これ」
「……っ」
乃愛の瞳が見開かれる。
雨に濡れ、少しくしゃくしゃになった――ひまわり色の付箋。
「どうして……」
「図書室に忘れてっただろ」
花火の日に渡そうと思って、誰にも見られないよう筆箱の奥に忍ばせていたもの。
それが今、琉生の手のひらの上にある。
「……読んだ?」
「うん」
「……っ」
乃愛の頬が一気に熱くなる。
そこに書かれていたのは――。
『毎日遅くまで部活お疲れ様です。
がんばってる姿、ずっと応援してるよ。
夏休みの間、本当は会いたくて会いたくて
仕方なかったから……
今夜、大好きな琉生くんの隣で
一緒にきれいな花火を見られるのを、
本当に楽しみにしています。 乃愛』
まだ、図書室ですれ違ってしまう前。
今夜を楽しみにしながら、乃愛がひとりで書いた言葉。
「これ読んだとき、分かったんだ」
琉生は、雨から守るように付箋を手の中へ包み込む。
「乃愛も、俺と同じだったんだって」
「……同じ?」
「俺も夏休み入ってから、乃愛に会いたくて会いたくて仕方なかった」
「……っ」
同じ言葉。
ずっと言えなかった想いが、琉生の声になって返ってくる。
「だから、図書室で寝たのも、乃愛に会ったせいじゃない。部活で疲れてただけ。……それでも会いたかったから、俺は行った」
雨の中でも、その言葉だけは真っ直ぐ乃愛の胸へ届いた。
「なのに、ちゃんと言わなくてごめん」
乃愛は涙を拭い、小さく首を横に振る。
「……私も、ちゃんと聞けばよかった」
「じゃあ――約束しようぜ」
「これからは、会いたいときはちゃんと会いたいって言う」
琉生は、繋いだ乃愛の手を見つめながら言った。
「寂しいときも、一人で我慢しない。……俺もちゃんと言うから」
「……うん」
乃愛は小さく頷いた。
「私も……ちゃんと言う」
合図があれば、きっと伝わる。
そう思っていた。
けれど、どれだけ大切な合図でも、それだけでは届かない気持ちがある。
会いたい。
寂しい。
そばにいてほしい。
そんな気持ちも、これからはちゃんと言葉にして届けたい。
「約束な」
「……うん。約束」
乃愛が頷くと、琉生はほっとしたように笑った。
そのまま少しの間、二人で夜空を見上げる。
雨はまだ完全には止んでいない。
木の葉から落ちる雫の向こうで、色とりどりの花火が夜空いっぱいに広がっていた。
その光に照らされた琉生が、不意に口を開く。
「……あとさ」
「え?」
琉生は少し照れくさそうに笑って、繋いだ乃愛の手へ視線を落とした。
「俺、いつか……みんなの前でも、乃愛が俺の彼女だって堂々と言いたい」
「……っ」
乃愛の胸が、大きく跳ねた。
思いがけない言葉に、頬が一気に熱くなる。
「今すぐじゃなくていい。乃愛が恥ずかしいのも分かってるし」
琉生はそう言ってから、まっすぐ乃愛を見た。
「でも、ずっと隠したままは嫌だから」
「……琉生くん」
いつか、みんなの前で。
琉生の隣に、彼女として立つ。
想像しただけで恥ずかしくて、胸の奥が落ち着かない。
けれど――嫌ではなかった。
むしろ、そんな未来を思い描いてくれていることが、嬉しかった。
「いつか、ちゃんと言えるようになろうぜ」
「……うん」
乃愛は繋いだ手に、そっと力を込めた。
「私も……いつか、そうなれたら嬉しい」
その言葉を聞いた琉生の表情が、ふっと緩む。
「じゃあ、これも約束な」
琉生は繋いでいた手を少し緩めると、左手の小指を乃愛の右手の小指へそっと絡めた。
「……指切り?」
「そ。ちゃんと覚えてろよ?」
乃愛はくすっと笑って、絡んだ小指に少しだけ力を込める。
琉生が、絡めた小指をほどかないまま、二人の間でそっと持ち上げる。
乃愛もそれに合わせるように、腕を上げた。
琉生を見つめて、乃愛は小さく頷く。
「……うん。約束」
夜空を背景に、小さく絡んだ二人の小指が浮かび上がる。
その瞬間――。
ドンッ。
絡んだ小指の向こうで、大輪の花火が咲いた。
今すぐじゃなくていい。
少しずつでいい。
いつか、誰の前でも隠さずに、隣で笑える二人になれたら。
そんな新しい約束が、夏の夜にそっと増えた。
やがて二人は、絡めた小指をほどかないまま、ゆっくりと腕を下ろした。
そして小指をほどいても、その手は離れない。
琉生の左手が、乃愛の右手をそっと包み込む。
今度はゆっくりと、指と指を絡めていく。
恋人繋ぎ。
「……あったかい」
乃愛が小さく笑う。
「そりゃよかった」
琉生も笑って、繋いだ手を軽く握り直した。
乃愛も、その手をそっと握り返す。
いつの間にか、雨音はほとんど聞こえなくなっていた。
木の葉に残った雫が、時折ぽつりと落ちてくる。
乃愛は繋いだ手の温もりを感じながら、もう一度夜空を見上げた。
雨は、いつの間にか上がっていた。
雨雲の向こうで、色鮮やかな花火が次々と夜空を染めていく。
会いたいなら、会いたいと伝える。
寂しいなら、寂しいと伝える。
言葉がなくても伝わる秘密の合図は、これからも二人の大切な宝物。
それでも、言葉にしなければ届かない想いがあることを、二人はこの夏に知った。
そして、いつか。
誰の前でも隠さずに、隣で笑える二人になること。
今夜、もうひとつ増えた約束も胸に抱いて。
二人は繋いだ手を、もう一度ぎゅっと握り合った。
雨上がりの夜空に咲く花火を、今度こそ二人並んで見上げながら――。


