一学期の終業式を終えた教室は、明日から始まる夏休みへの期待で賑わっていた。
「なー、夏休み最初の土曜、みんなで海行こうぜ!」
「宿題とか絶対終わんねー!」
そんな声が飛び交うなか、乃愛は窓際の席で静かに筆箱を片付けていた。
周りが楽しそうであればあるほど、胸の奥には小さな寂しさが広がっていく。
夏休み。
それは、毎日当たり前のように顔を合わせていた琉生に、明日からは会えなくなるということでもあった。
隣の席で言葉を交わしたり、目が合ったり。
誰にも気づかれないように、秘密の合図を送り合ったり。
そんな毎日が、しばらくなくなってしまう。
もちろん、LINEならできる。
会いたければ、約束することだってできる。
けれど琉生には、夏休みもサッカー部の練習や遠征がある。
図書室で「邪魔なんかじゃない」と言ってくれた言葉を疑っているわけではない。
それでも、忙しい琉生の負担にはなりたくなかった。
会いたい。
でも、自分から「会いたい」と伝えるには、まだ少しだけ勇気がいる。
「乃愛! 終わったー! ついに明日から夏休みだよ!」
「……っ」
弾んだ声に顔を上げると、結衣が乃愛の机を覗き込んでいた。
その後ろから、ひまりもスクールバッグを肩にかけて歩いてくる。
「ねえねえ、夏休みの予定そろそろ決めようよ! お祭りとか、絶対三人で浴衣着て行きたいじゃん!」
「ふふ。結衣はもう夏祭りのことで頭がいっぱいだね」
「だって夏だよ? 乃愛も行きたいでしょ?」
「うん……! 三人で浴衣着るの、楽しそう」
乃愛が微笑むと、結衣は「よっしゃ!」と嬉しそうにガッツポーズをした。
「あ、でも私、八月の前半はおばあちゃん家に行くんだよね。ひまりは?」
「私は特にないかな。……あ、でも、夏休みは幼馴染に少し勉強を見てもらう約束してるよ」
「えー! なにそれ。幼馴染に勉強教えてもらうとか青春じゃん!」
「そんなんじゃないよ」
困ったように笑うひまりの耳が、ほんの少しだけ赤くなる。
乃愛はそんな二人を見ながら、もう一度小さく笑った。
みんな、それぞれの夏休みが始まる。
自分も琉生と、少しでも一緒に過ごせたら――。
そのとき。
「おい琉生。遠征中に宿題写させろって泣きついてくんなよ」
教室の後ろから、聞き慣れた声がした。
「まだ頼んでねぇだろ!」
振り返ると、サッカー部の仲間たちと一緒に琉生と颯人が歩いてくる。
「どうせお前、遠征のバスでもサッカーのノートしか開かねぇだろ」
「俺だって数学くらい……たぶんやる」
「たぶんって言ってる時点で終わってんだよ」
二人のやり取りに、結衣が吹き出した。
「羽瀬くん、夏休み明けに宿題忘れて先生に怒られそう!」
「橘まで言うなよ!」
「高城くんもちゃんとやりなよー?」
「お前にだけは言われたくねぇ」
「なによそれ!」
いつものように言い合いを始める結衣と颯人。
ひまりが隣でくすくすと笑っている。
乃愛も思わず笑いながら、その少し先にいる琉生を見つめた。
明日からは、こうして毎日琉生の笑顔を見ることもできない。
そう思った途端、胸の奥がまた少しだけ寂しくなる。
乃愛がそっと視線を落としかけた――そのときだった。
「……?」
ふと顔を上げる。
琉生が、こちらを見ていた。
騒がしい教室の中。
たくさんのクラスメイトの隙間を越えて、二人の視線が重なる。
琉生もまた、明日から毎日のように乃愛に会えなくなることを、少し寂しく思っていた。
だからなのか、ふと目を向けた先で、乃愛が寂しそうに視線を落としかけたことにもすぐ気づいた。
琉生は何も言わない。
ただ、乃愛を安心させるように、ふっと優しく笑った。
周囲から見えないように机の陰へ右手を隠す。
そして――。
ぐる、ぐる。
小さく二回、手首を回す。
「――っ」
二人だけの秘密の合図。
それだけなのに、まるで「大丈夫」と言われたような気がした。
琉生は少し笑うと、今度はポケットからスマートフォンを覗かせ、指先で軽く二回叩いてみせる。
乃愛には、その意味がすぐに分かった。
――あとで、LINEする。
胸の奥にあった寂しさが、少しずつ温かいものへ変わっていく。
(琉生くんも……同じこと、考えてくれてたのかな)
乃愛は胸の高鳴りを隠すように、小さく笑った。
そして、琉生にだけ分かるように、こくんと頷く。
それを見た琉生も、嬉しそうに笑った。
カバンの中には、まだ何も書かれていない、ひまわり色の付箋。
春から使ってきた桜色とは別に、夏を迎える前に新しく選んだ色だった。
春の想いを桜色の付箋に重ねてきたから、恋人になって迎える初めての夏には、もっと明るい色を選びたかった。
太陽に向かって咲く、ひまわりのような色を。
その色を見つめていると、なぜだか琉生の明るい笑顔が浮かんでくる。
つられるように、乃愛の口元にも小さな笑みが咲いた。
この夏、そこにどんな言葉を書くことになるのだろう。
そう思うだけで、さっきまでの寂しさが、少しだけ楽しみに変わっていった――。
「なー、夏休み最初の土曜、みんなで海行こうぜ!」
「宿題とか絶対終わんねー!」
そんな声が飛び交うなか、乃愛は窓際の席で静かに筆箱を片付けていた。
周りが楽しそうであればあるほど、胸の奥には小さな寂しさが広がっていく。
夏休み。
それは、毎日当たり前のように顔を合わせていた琉生に、明日からは会えなくなるということでもあった。
隣の席で言葉を交わしたり、目が合ったり。
誰にも気づかれないように、秘密の合図を送り合ったり。
そんな毎日が、しばらくなくなってしまう。
もちろん、LINEならできる。
会いたければ、約束することだってできる。
けれど琉生には、夏休みもサッカー部の練習や遠征がある。
図書室で「邪魔なんかじゃない」と言ってくれた言葉を疑っているわけではない。
それでも、忙しい琉生の負担にはなりたくなかった。
会いたい。
でも、自分から「会いたい」と伝えるには、まだ少しだけ勇気がいる。
「乃愛! 終わったー! ついに明日から夏休みだよ!」
「……っ」
弾んだ声に顔を上げると、結衣が乃愛の机を覗き込んでいた。
その後ろから、ひまりもスクールバッグを肩にかけて歩いてくる。
「ねえねえ、夏休みの予定そろそろ決めようよ! お祭りとか、絶対三人で浴衣着て行きたいじゃん!」
「ふふ。結衣はもう夏祭りのことで頭がいっぱいだね」
「だって夏だよ? 乃愛も行きたいでしょ?」
「うん……! 三人で浴衣着るの、楽しそう」
乃愛が微笑むと、結衣は「よっしゃ!」と嬉しそうにガッツポーズをした。
「あ、でも私、八月の前半はおばあちゃん家に行くんだよね。ひまりは?」
「私は特にないかな。……あ、でも、夏休みは幼馴染に少し勉強を見てもらう約束してるよ」
「えー! なにそれ。幼馴染に勉強教えてもらうとか青春じゃん!」
「そんなんじゃないよ」
困ったように笑うひまりの耳が、ほんの少しだけ赤くなる。
乃愛はそんな二人を見ながら、もう一度小さく笑った。
みんな、それぞれの夏休みが始まる。
自分も琉生と、少しでも一緒に過ごせたら――。
そのとき。
「おい琉生。遠征中に宿題写させろって泣きついてくんなよ」
教室の後ろから、聞き慣れた声がした。
「まだ頼んでねぇだろ!」
振り返ると、サッカー部の仲間たちと一緒に琉生と颯人が歩いてくる。
「どうせお前、遠征のバスでもサッカーのノートしか開かねぇだろ」
「俺だって数学くらい……たぶんやる」
「たぶんって言ってる時点で終わってんだよ」
二人のやり取りに、結衣が吹き出した。
「羽瀬くん、夏休み明けに宿題忘れて先生に怒られそう!」
「橘まで言うなよ!」
「高城くんもちゃんとやりなよー?」
「お前にだけは言われたくねぇ」
「なによそれ!」
いつものように言い合いを始める結衣と颯人。
ひまりが隣でくすくすと笑っている。
乃愛も思わず笑いながら、その少し先にいる琉生を見つめた。
明日からは、こうして毎日琉生の笑顔を見ることもできない。
そう思った途端、胸の奥がまた少しだけ寂しくなる。
乃愛がそっと視線を落としかけた――そのときだった。
「……?」
ふと顔を上げる。
琉生が、こちらを見ていた。
騒がしい教室の中。
たくさんのクラスメイトの隙間を越えて、二人の視線が重なる。
琉生もまた、明日から毎日のように乃愛に会えなくなることを、少し寂しく思っていた。
だからなのか、ふと目を向けた先で、乃愛が寂しそうに視線を落としかけたことにもすぐ気づいた。
琉生は何も言わない。
ただ、乃愛を安心させるように、ふっと優しく笑った。
周囲から見えないように机の陰へ右手を隠す。
そして――。
ぐる、ぐる。
小さく二回、手首を回す。
「――っ」
二人だけの秘密の合図。
それだけなのに、まるで「大丈夫」と言われたような気がした。
琉生は少し笑うと、今度はポケットからスマートフォンを覗かせ、指先で軽く二回叩いてみせる。
乃愛には、その意味がすぐに分かった。
――あとで、LINEする。
胸の奥にあった寂しさが、少しずつ温かいものへ変わっていく。
(琉生くんも……同じこと、考えてくれてたのかな)
乃愛は胸の高鳴りを隠すように、小さく笑った。
そして、琉生にだけ分かるように、こくんと頷く。
それを見た琉生も、嬉しそうに笑った。
カバンの中には、まだ何も書かれていない、ひまわり色の付箋。
春から使ってきた桜色とは別に、夏を迎える前に新しく選んだ色だった。
春の想いを桜色の付箋に重ねてきたから、恋人になって迎える初めての夏には、もっと明るい色を選びたかった。
太陽に向かって咲く、ひまわりのような色を。
その色を見つめていると、なぜだか琉生の明るい笑顔が浮かんでくる。
つられるように、乃愛の口元にも小さな笑みが咲いた。
この夏、そこにどんな言葉を書くことになるのだろう。
そう思うだけで、さっきまでの寂しさが、少しだけ楽しみに変わっていった――。


