隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

校舎を出ると、雲ひとつない青空が広がっていた。

五月の爽やかな風がグラウンドを吹き抜け、乃愛のポニーテールを揺らしていく。

入場行進の音楽や応援の声が響く中、体育祭が幕を開けた。

綱引きなど午前の競技を終え、いよいよ二年生のクラス対抗ダンスが近づいてくる。

『続いてのプログラムは、二学年によるクラス対抗ダンスです――』

アナウンスを聞いた途端、乃愛の心臓が大きく跳ねた。

「乃愛、次うちらの番だよ! いこっ!」

「う、うん……!」

結衣と一緒にグラウンドへ向かいながら、乃愛は右手首の赤いハチマキにそっと触れる。

内側に隠された、琉生の文字。

『一番カッコいいところ、見てて。琉生』

それを思い出すだけで、不思議と少しだけ勇気が湧いた。

自分の位置に立ち、隣の列を見る。

頭に赤いハチマキを巻いた琉生が、すぐに乃愛を見つけて笑った。

その笑顔に、乃愛も小さく笑い返す。

やがて音楽が流れ始めた。

(ワン、ツー、スリー、フォー……)

乃愛は心の中でカウントを取りながら、練習してきたステップを一つずつ重ねていく。

大勢の生徒や保護者に見られていると思うと、身体が固くなりそうになる。

そんなときは、右手首の赤いハチマキに込められた言葉を思い出した。

――見てて。

なら、自分もちゃんと踊りたい。

そして曲は、あのサビへと差しかかる。

(左足を引いて……手は、胸の前……っ)

放課後の教室で、琉生と二人で何度も練習したところ。

あの日に教えてもらった通り、指先を少し丸める。

――カップを包むみたいに。

土曜日のカフェまで思い出して、緊張していた乃愛の口元がほんの少し緩んだ。

そのとき――。

「――白石さん!」

隣の列から聞こえた声に、乃愛が顔を上げる。

琉生がステップを踏みながら、こちらを見ていた。

乃愛の手の形を確かめると、その顔に嬉しそうな笑みが広がる。

その瞬間、放課後の教室で言ってくれた言葉が蘇った。

――隣の列からちゃんと見てるから。

本当に、ちゃんと見ていてくれた。

運動が苦手で、一人では何度やってもうまくできなかったことも。

それでも諦めたくなくて、放課後に残って練習していたことも。

そして今、ちゃんと踊れていることも。

胸の奥にあった不安が、すっとほどけていく。

(……うん。私もちゃんと、羽瀬くんのこと見てるよ)

乃愛も踊りながら、琉生へ笑顔を返した。

朝、自分がハチマキに書いた言葉を思い出す。

『がんばってきた羽瀬くんなら、絶対大丈夫って、信じてます。乃愛』

琉生が頑張ってきたことを、乃愛は見てきた。

そして琉生も今、乃愛が頑張ってきたことを見てくれている。

大勢の人に囲まれたグラウンドの真ん中で交わしたのは、ほんの一瞬の笑顔だけ。

それでも乃愛には、それで十分だった。

やがて最後の音が響き、ダンスが終わる。

大きな拍手に包まれながら退場の列へ向かっていると、琉生が乃愛の隣へ歩幅を合わせた。

「白石さん、お疲れ」

「羽瀬くんも、お疲れ様」

「さっきのサビ、ちゃんとできてたじゃん」

「本当……?」

「おう。百点」

琉生が笑う。

それだけでも嬉しくて、乃愛の頬が緩んだ。

すると琉生は少しだけ目を逸らし、小さな声で続けた。

「……つーか、普通に見惚れそうだった」

「――っ」

乃愛の足が止まりそうになる。

「そ、そんなこと急に言わないで……っ」

「あはは。ごめん」

そう言いながらも、琉生の耳もほんのり赤い。

列が二つに分かれる場所まで来ると、琉生は後ろ向きに数歩進みながら片手を上げた。

「午後も頑張ろうな!」

「……うん!」

乃愛も笑って頷く。

自分の列へ戻っていく琉生を見送りながら、右手首の赤いハチマキにそっと触れた。

朝よりも少しだけ、そのお守りが心強く感じられる。

ちゃんと見てくれている人がいる。

そして自分も、その人のことをちゃんと見ていたい。

青空の下。

二人で重ねた放課後の時間は、ちゃんと今日へと繋がっていた――。