隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

「――お前、忘れ物取りに行ったきり遅ぇんだよ」

教室を出た瞬間、聞き慣れない声に乃愛は足を止めた。

「えっ、高城くん……?」

廊下の壁にもたれていた颯人が、琉生のスポーツバッグを片手に呆れた顔をしている。

隣では琉生が、びくっと肩を揺らした。

「――っ、お前、なんでまだいんだよ!」

「なんでって、お前がバッグ預けたまま教室戻ったからだろ」

颯人は琉生へバッグを差し出してから、教室と二人を交互に見た。

「忘れ物探すのに、どんだけ時間かけてんだよ」

そして、にやりと口元を緩める。

「教室ん中で、なんか面白いもんでも見つかった?」

「うるせぇ! なんでもねぇよ!」

琉生は耳まで赤くしながら、颯人からバッグを受け取った。

さっきまでダンスを教えてくれていたときとは違って、親友の前ではすっかり余裕をなくしている。

そんな姿がおかしくて、乃愛は思わず口元を押さえた。

「ふふっ……」

「白石さんまで笑うなよ……っ」

琉生がますます赤くなる。

「ご、ごめんなさい。でも……なんだか可愛くて」

「……っ」

言ってから気づいた。

今、自分は琉生に「可愛い」と言ってしまった。

「ち、違うの! そういう意味じゃなくて……っ」

「白石さん、それ多分フォローになってない」

颯人が吹き出す。

「颯人、お前は笑うな!」

二人のやり取りに、乃愛もまた小さく笑った。

「じゃあね、白石さん。琉生が長くなって悪かったな」

「あ、ううん。私のほうこそ、羽瀬くんにダンスを教えてもらっちゃって……」

「いいって。こいつ、教えるのだけは無駄に上手いから」

「だけは余計だろ!」

また言い合いを始めた二人に、乃愛の頬が自然と緩む。

琉生がなかなか戻らなくても、颯人は急かしに来ることなく、ずっと廊下で待っていたらしい。

からかってばかりいるように見えて、その奥には長く一緒に過ごしてきた二人だからこその信頼がある。

「ほら、帰るぞ琉生」

「分かってるって」

歩き出した琉生が、もう一度乃愛を振り返った。

「じゃあ、白石さん。また明日」

「うん。……また明日、羽瀬くん」

手を振ると、琉生も笑って片手を上げた。

颯人と並んで階段へ向かっていく背中を見送りながら、乃愛は胸元にそっと手を当てる。

一人では何度やっても不安だったステップ。

けれど琉生と一緒なら、最後にはちゃんと踊ることができた。

(私も……羽瀬くんの隣にいていいのかな)

ほんの少しだけ、そう思えるようになっていた。

けれど――。

ふと、四月の席替えで感じた女子たちの視線が胸をよぎった。

琉生はいつだって、みんなの中心にいる。

自分だけが、その隣を特別だと思っていていいのだろうか。

そう考えた、そのとき。

キュッ――。

廊下の奥で、上履きが床を擦る音がした。

「……え?」

乃愛が振り返る。

タタタッと足音が響き、薄暗い階段の角へ誰かが駆けていく。

一瞬だけ見えた、制服姿の女子生徒。

揺れるカバンには、見覚えのあるクラスカラーのリボンがついていた。

(……今の、誰……?)

乃愛の胸がざわつく。

もしかして――さっきまで、見られていた?

そう思った途端、先ほどまで胸を満たしていた温かさに、小さな影が差した。

乃愛は誰もいなくなった廊下をもう一度見つめてから、胸元をきゅっと押さえる。

そして、どこか落ち着かない気持ちを抱えたまま、静かにその場をあとにした――。