隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

五月中旬の放課後。

夕日の差し込む教室で、乃愛は一人、体育祭のクラス対抗ダンスを練習していた。

校庭から聞こえるサッカー部のホイッスルを遠くに感じながら、プリントの図解と自分の足元を交互に見る。

「ワン、ツー、スリー、フォー……あ、また手の向き逆になっちゃった……」

運動が苦手な乃愛は、みんなで踊るとどうしても一テンポ遅れてしまう。

本番で迷惑をかけたくない。間違えて目立つのも怖い。

そう思うほど、今度は手と足がばらばらになっていく。

「……やっぱり、私には難しいのかな……」

肩を落とした、そのときだった。

ガラッと後ろのドアが開く。

「――白石さん、何居残りしてんの?」

「は、羽瀬くん……っ!?」

振り返ると、部活帰りの琉生が立っていた。首にかけたタオルで汗を拭いながら、自分の席へ向かう。

「忘れ物。スマホ、机ん中に置いたままだった」

スマホを取り出した琉生は、乃愛が持っているプリントに気づいた。

「ダンスのサビんとこ?」

「……うん。どうしても、みんなより遅れちゃって……」

「そこ、最初みんな引っかかってたじゃん。もう一回やってみ?」

「えっ。でも、私……踊るの下手だし、見られるの恥ずかしいよ……」

乃愛がブレザーの裾を握ると、琉生はカバンを机に置いて隣へ並んだ。

「大丈夫。右足から引いちゃうからズレんだよ。左からな」

そう言って、自分も同じ姿勢を取る。

「左足引いて、手は胸の前。せーの、ワン、ツー、スリー、フォー――」

琉生の動きを見ながら、乃愛も一生懸命に足を動かす。

さっきまで一人では何度やっても分からなかったのに、隣に見本があるだけで少しずつ動きが合っていく。

「そうそう。今の合ってる」

「ほ、本当?」

「おう。もう一回やってみよ」

嬉しくなって、乃愛はもう一度足を踏み出した。

その瞬間――。

「あっ」

上履きが滑った。

「危なっ」

琉生がとっさに乃愛の右手首を掴み、倒れそうになった身体を支える。

「白石さん、大丈夫?」

「は、はい……っ」

振り返れば、すぐ近くに琉生の顔があった。

掴まれた手首から伝わる熱に、乃愛の心臓が一気に跳ねる。

夜のLINEでは、初めて「乃愛」「琉生くん」と名前で呼び合った。

なのに学校へ戻れば、まだいつもの「白石さん」と「羽瀬くん」。

それだけで昨夜の出来事が、二人だけの秘密みたいに思えてしまう。

「ほら、手はこう。外じゃなくて、少し丸める感じ」

琉生は乃愛の手の形をそっと直した。

「カップ包むみたいに。……ほら、土曜日のカフェで写真撮ったときの」

「――っ」

そのひと言で、あのカフェの光景が蘇った。

ココアのカップを手に、照れながら写真に写っていた琉生。

同じ時間を彼も覚えていたことが嬉しくて、乃愛の身体がぴたりと固まる。

「……てかさ、白石さん」

すぐ近くで、琉生が悪戯っぽく笑った。

「近すぎて心臓の音まじで響いてんだけど。……これ、わざとやってない?」

「わ、わざとなんてしてないです……っ! 本当に、緊張しちゃって……っ」

「あはは、嘘。ごめん」

琉生は声を抑えて笑いながら、ようやく乃愛の手を離した。

「でも、今ので合ってる。白石さん、ちゃんとできてるじゃん」

「……本当?」

「おう。だから本番も自信持てって。隣の列からちゃんと見てるから」

「……うん」

乃愛は今度こそ笑って頷いた。

「じゃ、最後にもう一回やってみる?」

「うん!」

再び二人で並ぶ。

「せーの」

「ワン、ツー、スリー、フォー――」

今度は、間違えなかった。

「できた!」

思わず声を弾ませた乃愛に、琉生も嬉しそうに笑う。

「ほらな。やっぱできんじゃん」

たったそれだけの言葉なのに、さっきまで胸の中にあった不安が少し軽くなった。

一人では何度やっても怖かったステップが、今は本番でも踊れそうな気がする。

二人で机を元の位置へ戻し、帰る準備をする。

「明日の練習、隣の列からちゃんとチェックするからな」

「うん。お家でも復習しておくね」

「あはは。ほんと真面目だな」

琉生が、少し力の抜けた優しい笑顔を見せた。

乃愛もつられて笑いながら、彼と一緒に教室を出る。

そして、並んで廊下へ一歩踏み出した。

――その時だった。