「よし、全員席につけ。新学期恒例の席替えするぞー」
担任の先生が教壇に立ち、出席簿でパンと机を叩いた。
その瞬間、さっきまでの賑やかな輪が一気に散り、教室中から歓声と悲鳴が沸き起こる。
黒板の前には、くじ引きの箱が置かれた。
「乃愛、離れたくないよ〜。私、乃愛の隣じゃないと授業中寝ちゃうもん」
結衣が私の制服の袖をぎゅっと引っ張る。
「結衣、授業はちゃんと聞いて。……でも、私も二人と離れちゃうのは寂しいな」
「大丈夫だよ。離れても、休み時間はいつも通り集まればいいんだから」
ひまりが私の肩を優しく叩いて微笑んだ。
新学期最初の、運命の席替え。
楽しみと不安を半分ずつ抱えながら箱へ手を入れ、小さく折りたたまれた紙を一枚引く。
そっと開くと──
『三十一番』
黒板の座席表からその番号を探して、私は小さく息を呑んだ。
窓際の、一番後ろ。
(あ、よかった……)
静かで、大好きな外の景色もよく見える。私にとっては特等席だった。
ほっとしながら机を移動させ、すぐに結衣とひまりの席を探す。
結衣は廊下側の一番前。ひまりも中央の列の一番前。
二人とも、教室の反対側だった。
(そっか……二人とも遠いんだ)
胸の奥に、心細さが広がる。
自分から賑やかな輪へ入っていくのが苦手な私が、一番後ろで一人。
そんな不安が膨らみかけた、そのとき。
「うお、マジで! 俺、三十二番!」
聞き覚えのある声に、心臓が大きく跳ねた。
……羽瀬琉生くん。
黒板を見る。
三十二番は、三十一番のすぐ隣。
さっきまで遠くから目で追っていた憧れの人が──私の隣になる。
(え……羽瀬くんが?)
頭の中が真っ白になった。
「羽瀬、お前そこ? 白石さんの隣じゃん!」
男子の一人が面白がるように声を上げると、近くにいた女子たちまで振り返った。
「えー! 羽瀬くんそこなの? ずるい!」
「てか、白石さんの隣って暗くてつまんなくない?」
──ドクン。
心臓が、嫌な音を立てた。
笑い声と向けられる視線が、遠い記憶と重なる。
『罰ゲームだからさ。白石に告白して、マジな返事してきたら大成功ってことで』
『うわ、あいつ大真面目に考えてるよ。ウケる』
中学の教室で聞いた笑い声が、耳の奥に蘇った。
身体が強張り、私は制服の裾をぎゅっと握る。
遠くの席から、結衣が「ちょっと、何言ってるのよ!」と立ち上がりかけるのが見えた。ひまりも心配そうにこちらを見ている。
でも、二人が遠い。
(大丈夫……。高校では、ちゃんと変わりたいって決めたんだから)
怖くても、俯いてばかりいたくない。
ぎこちなくても笑おうと、顔を上げかけた──そのとき。
ガタッ。
大きな音とともに、一台の机が私の右隣へ滑り込んできた。
驚いて顔を上げる。
そこに立っていたのは、サッカー部のエナメルバッグを肩にかけた羽瀬くんだった。
彼は周りを見渡すと、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべた。
「あ、何? 俺のウワサ? ──てかさ、白石さんの隣になれたの、実は俺マジでラッキーなんだけど」
「えっ……?」
女子たちだけじゃない。
私まで、思わず彼を見つめた。
「俺、朝練のせいで昼の授業マジで眠いわけ。でも白石さんって、いつもちゃんと授業受けてるじゃん?」
羽瀬くんは悪戯っぽく笑う。
「だから俺が本気で寝落ちしそうになってたら、遠慮なくツンツンして起こしてねって、お願いしようと思ってたとこ」
「あはは、なんだ、そういうこと?」
「羽瀬くん、また寝る気満々じゃん!」
さっきまでの棘のある空気が、あっという間に笑い声へ変わった。
誰かを責めるでもなく、私が困っていたことさえ周りに気づかせないまま。
羽瀬くんは、あのときと同じように、空気を明るいほうへ変えてしまった。
やがてみんなが自分の席へ戻ると、彼は机を私の隣に合わせ、鞄をフックにかけた。
そして、私にだけ聞こえる声で言う。
「白石さん、隣よろしくな。……で、さっき言ったのマジだから。遠慮なく起こしてな?」
「あ……はい。羽瀬くん。……全然起こします! よろしくお願いします」
自分でも変な返事だと思った。
けれど羽瀬くんは笑うだけだった。
「あはは、よかった。俺、いっつもうるさくしてっから、隣が嫌だったら言ってね? できるだけ静かに寝るからさ」
「ううん! 全然、嫌なんかじゃ……ない、です!」
思わず勢いよく首を振る。
すると羽瀬くんは、少し驚いたあと、嬉しそうに目を細めた。
その笑顔を真っ直ぐ見ていられなくて、私は慌てて窓の外へ視線を逃がした。
春の風に乗って、桜の花びらがひらひらと舞っている。
二人の机の隙間は、わずか十五センチ。
さっきまで教室の向こう側にいたはずの人が、今はすぐ隣にいる。
制服からかすかに香る、柔軟剤と石鹸の匂いまで分かってしまうほど近くに。
二人と離れて心細かったはずの一番後ろの席が、ほんの少し前とはまるで違って見えた。
ずっと遠くから見ていた憧れの人が、十五センチ隣で笑っている。
私の忘れられない高校生活は、この小さな境界線から静かに動き始めた──。
担任の先生が教壇に立ち、出席簿でパンと机を叩いた。
その瞬間、さっきまでの賑やかな輪が一気に散り、教室中から歓声と悲鳴が沸き起こる。
黒板の前には、くじ引きの箱が置かれた。
「乃愛、離れたくないよ〜。私、乃愛の隣じゃないと授業中寝ちゃうもん」
結衣が私の制服の袖をぎゅっと引っ張る。
「結衣、授業はちゃんと聞いて。……でも、私も二人と離れちゃうのは寂しいな」
「大丈夫だよ。離れても、休み時間はいつも通り集まればいいんだから」
ひまりが私の肩を優しく叩いて微笑んだ。
新学期最初の、運命の席替え。
楽しみと不安を半分ずつ抱えながら箱へ手を入れ、小さく折りたたまれた紙を一枚引く。
そっと開くと──
『三十一番』
黒板の座席表からその番号を探して、私は小さく息を呑んだ。
窓際の、一番後ろ。
(あ、よかった……)
静かで、大好きな外の景色もよく見える。私にとっては特等席だった。
ほっとしながら机を移動させ、すぐに結衣とひまりの席を探す。
結衣は廊下側の一番前。ひまりも中央の列の一番前。
二人とも、教室の反対側だった。
(そっか……二人とも遠いんだ)
胸の奥に、心細さが広がる。
自分から賑やかな輪へ入っていくのが苦手な私が、一番後ろで一人。
そんな不安が膨らみかけた、そのとき。
「うお、マジで! 俺、三十二番!」
聞き覚えのある声に、心臓が大きく跳ねた。
……羽瀬琉生くん。
黒板を見る。
三十二番は、三十一番のすぐ隣。
さっきまで遠くから目で追っていた憧れの人が──私の隣になる。
(え……羽瀬くんが?)
頭の中が真っ白になった。
「羽瀬、お前そこ? 白石さんの隣じゃん!」
男子の一人が面白がるように声を上げると、近くにいた女子たちまで振り返った。
「えー! 羽瀬くんそこなの? ずるい!」
「てか、白石さんの隣って暗くてつまんなくない?」
──ドクン。
心臓が、嫌な音を立てた。
笑い声と向けられる視線が、遠い記憶と重なる。
『罰ゲームだからさ。白石に告白して、マジな返事してきたら大成功ってことで』
『うわ、あいつ大真面目に考えてるよ。ウケる』
中学の教室で聞いた笑い声が、耳の奥に蘇った。
身体が強張り、私は制服の裾をぎゅっと握る。
遠くの席から、結衣が「ちょっと、何言ってるのよ!」と立ち上がりかけるのが見えた。ひまりも心配そうにこちらを見ている。
でも、二人が遠い。
(大丈夫……。高校では、ちゃんと変わりたいって決めたんだから)
怖くても、俯いてばかりいたくない。
ぎこちなくても笑おうと、顔を上げかけた──そのとき。
ガタッ。
大きな音とともに、一台の机が私の右隣へ滑り込んできた。
驚いて顔を上げる。
そこに立っていたのは、サッカー部のエナメルバッグを肩にかけた羽瀬くんだった。
彼は周りを見渡すと、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべた。
「あ、何? 俺のウワサ? ──てかさ、白石さんの隣になれたの、実は俺マジでラッキーなんだけど」
「えっ……?」
女子たちだけじゃない。
私まで、思わず彼を見つめた。
「俺、朝練のせいで昼の授業マジで眠いわけ。でも白石さんって、いつもちゃんと授業受けてるじゃん?」
羽瀬くんは悪戯っぽく笑う。
「だから俺が本気で寝落ちしそうになってたら、遠慮なくツンツンして起こしてねって、お願いしようと思ってたとこ」
「あはは、なんだ、そういうこと?」
「羽瀬くん、また寝る気満々じゃん!」
さっきまでの棘のある空気が、あっという間に笑い声へ変わった。
誰かを責めるでもなく、私が困っていたことさえ周りに気づかせないまま。
羽瀬くんは、あのときと同じように、空気を明るいほうへ変えてしまった。
やがてみんなが自分の席へ戻ると、彼は机を私の隣に合わせ、鞄をフックにかけた。
そして、私にだけ聞こえる声で言う。
「白石さん、隣よろしくな。……で、さっき言ったのマジだから。遠慮なく起こしてな?」
「あ……はい。羽瀬くん。……全然起こします! よろしくお願いします」
自分でも変な返事だと思った。
けれど羽瀬くんは笑うだけだった。
「あはは、よかった。俺、いっつもうるさくしてっから、隣が嫌だったら言ってね? できるだけ静かに寝るからさ」
「ううん! 全然、嫌なんかじゃ……ない、です!」
思わず勢いよく首を振る。
すると羽瀬くんは、少し驚いたあと、嬉しそうに目を細めた。
その笑顔を真っ直ぐ見ていられなくて、私は慌てて窓の外へ視線を逃がした。
春の風に乗って、桜の花びらがひらひらと舞っている。
二人の机の隙間は、わずか十五センチ。
さっきまで教室の向こう側にいたはずの人が、今はすぐ隣にいる。
制服からかすかに香る、柔軟剤と石鹸の匂いまで分かってしまうほど近くに。
二人と離れて心細かったはずの一番後ろの席が、ほんの少し前とはまるで違って見えた。
ずっと遠くから見ていた憧れの人が、十五センチ隣で笑っている。
私の忘れられない高校生活は、この小さな境界線から静かに動き始めた──。


