お昼休み。
乃愛たちは、いつもの旧校舎へ続く渡り廊下の端の階段に集まっていた。
人通りが少なく、内緒話をするにはぴったりの、三人だけの『秘密基地』だ。
結衣は購買のパンを、ひまりと乃愛はお弁当を広げている。
けれど、乃愛の箸はさっきからほとんど進んでいなかった。
「ねえ、乃愛」
メロンパンを片手に、結衣がにやりと笑う。
「土曜日の『図書館デート』、結局どうだったわけ?」
「デ、デートじゃないよ……。テスト勉強で……」
「はいはい。それで?」
まったく誤魔化せていない。
隣では、ひまりまで楽しそうに乃愛を見ている。
乃愛は観念して、小さく息を吐いた。
「ちゃんと勉強もしたよ。それで、お昼に……お弁当作っていったの」
「えっ、二人分?」
「うん。……羽瀬くん、すっごく喜んでくれて。全部食べてくれたの」
「うわー。乃愛、頑張った甲斐あったじゃん」
「よかったね、乃愛」
ひまりも自分のことのように嬉しそうに微笑む。
それだけで、土曜日の琉生の笑顔が蘇ってきて、乃愛の頬まで緩んだ。
「で? それだけじゃないでしょ?」
結衣は逃がしてくれない。
「そのあと……高城くんが教えてくれたカフェに行ったの。そこで……写真、撮り合って」
「え、二人で?」
「うん。同じポーズで……」
「何そのバカップルみたいな可愛いイベント!」
「ち、違うの! おあいこにしただけだから……っ」
思わず声を上げる乃愛の隣で、ひまりがくすくす笑っている。
「二人とも、楽しそう」
「う、うん……。すごく楽しかった」
それは、素直に言えた。
けれど――まだ、一番恥ずかしい話が残っている。
「それで……帰り道に、手を……繋いだの」
「手を⁉」
結衣の目が一気に輝いた。
「……恋人繋ぎ、されて」
「キャーーーーッ!!」
渡り廊下に、結衣の声が響き渡った。
「声大きいよ、結衣……っ!」
「だって恋人繋ぎでしょ!? それで!?」
「羽瀬くんも、帰るの寂しいって……。ずっと手、繋ぎたかったって言われて……」
「もうそれ、羽瀬くん本音ダダ漏れじゃん!」
真っ赤になった乃愛とは対照的に、結衣は大興奮だ。
「ひゃあ……少女漫画みたい」
ひまりも頬を緩めたあと、自分の手元へ視線を落とした。
「……いいなぁ、手繋ぐの」
「え?」
「あ……ううん。なんでもない」
ひまりは少し照れたように笑った。
乃愛は不思議に思ったものの、それ以上は聞かなかった。
「それでね。本当にびっくりしたのは、その日の夜なの」
「まだあるの!?」
「夜、LINEしてて……寝る前に初めて『乃愛』って呼ばれたの」
「えっ!」
今度は結衣だけでなく、ひまりまで目を丸くした。
「私も……『琉生くん』って返して……」
言葉にした途端、また恥ずかしさが込み上げて、乃愛は俯いた。
「LINEの中だけだけど……初めて、名前で呼び合ったの」
「夜のLINEだけ名前呼びなんて……なんだか、二人だけの魔法みたい」
ひまりが嬉しそうに微笑む。
「ね。乃愛、めちゃくちゃ嬉しかったでしょ?」
「……うん」
乃愛は照れながらも、素直に頷いた。
「すっごく、嬉しかった」
その顔を見ていた結衣が、ふっと表情を和らげた。
「乃愛、最近ほんと笑顔増えたよね」
「え……?」
思いがけない言葉に顔を上げる。
「前は男子が苦手だからって、ちょっと縮こまっちゃうことも多かったじゃん。でも最近の乃愛、前より自分の気持ちをちゃんと言えるようになった気がする」
「……そう、かな」
「うん。羽瀬くんといるときも楽しそうだし。でも、それって乃愛自身がちゃんと一歩ずつ進んでるからだと思うよ」
乃愛は何も言えなくなった。
琉生と出会ってから、たくさんの『初めて』があった。
自分から合図を送ったこと。
付箋に気持ちを書いたこと。
二人で出かけたこと。
そして、寂しいからまた会いたいと、自分の言葉で伝えられたこと。
どれも以前の自分なら、怖くてできなかったかもしれない。
「焦らなくていいんじゃないかな」
ひまりが優しく続ける。
「乃愛と羽瀬くんのペースで、少しずつ進んでいけばいいと思う」
「そうそう。私たちは、いつでも乃愛の味方だからね」
結衣の言葉に、ひまりも笑顔で頷いた。
ずっと自分を見守ってくれていた二人の顔を見ていると、胸の奥がじんわりと熱くなる。
ぽろりと涙が頬を伝った。
「あ、あれ……? ごめん。なんか嬉しくなっちゃって……」
「もう、乃愛は泣き虫なんだから」
結衣が笑いながら背中をさすり、ひまりが猫柄のティッシュを差し出してくれる。
「はい、乃愛」
「……ありがとう」
涙を拭ってから、乃愛は二人を見た。
「私、羽瀬くんのこと……すごく大切で。二人のおかげで、私も少しずつ一歩踏み出せてる気がする。本当に、ありがとう」
少しだけ声は震えた。
それでも今度は、自分の気持ちをちゃんと言葉にできた。
「うん」
「これからもいっぱい聞くからね。恋バナ」
「えっ」
結衣のひと言に、乃愛の涙が一瞬で引っ込む。
ひまりが吹き出した。
「ふふっ。結衣、それが目的だったりして」
「もちろん!」
「もう……結衣ってば」
三人の笑い声が重なった。
新緑の隙間から、五月の爽やかな風が吹き抜けていく。
大好きな人のことを、大好きな親友たちに話せる。
そんな時間まで、今の乃愛には大切な宝物だった――。
乃愛たちは、いつもの旧校舎へ続く渡り廊下の端の階段に集まっていた。
人通りが少なく、内緒話をするにはぴったりの、三人だけの『秘密基地』だ。
結衣は購買のパンを、ひまりと乃愛はお弁当を広げている。
けれど、乃愛の箸はさっきからほとんど進んでいなかった。
「ねえ、乃愛」
メロンパンを片手に、結衣がにやりと笑う。
「土曜日の『図書館デート』、結局どうだったわけ?」
「デ、デートじゃないよ……。テスト勉強で……」
「はいはい。それで?」
まったく誤魔化せていない。
隣では、ひまりまで楽しそうに乃愛を見ている。
乃愛は観念して、小さく息を吐いた。
「ちゃんと勉強もしたよ。それで、お昼に……お弁当作っていったの」
「えっ、二人分?」
「うん。……羽瀬くん、すっごく喜んでくれて。全部食べてくれたの」
「うわー。乃愛、頑張った甲斐あったじゃん」
「よかったね、乃愛」
ひまりも自分のことのように嬉しそうに微笑む。
それだけで、土曜日の琉生の笑顔が蘇ってきて、乃愛の頬まで緩んだ。
「で? それだけじゃないでしょ?」
結衣は逃がしてくれない。
「そのあと……高城くんが教えてくれたカフェに行ったの。そこで……写真、撮り合って」
「え、二人で?」
「うん。同じポーズで……」
「何そのバカップルみたいな可愛いイベント!」
「ち、違うの! おあいこにしただけだから……っ」
思わず声を上げる乃愛の隣で、ひまりがくすくす笑っている。
「二人とも、楽しそう」
「う、うん……。すごく楽しかった」
それは、素直に言えた。
けれど――まだ、一番恥ずかしい話が残っている。
「それで……帰り道に、手を……繋いだの」
「手を⁉」
結衣の目が一気に輝いた。
「……恋人繋ぎ、されて」
「キャーーーーッ!!」
渡り廊下に、結衣の声が響き渡った。
「声大きいよ、結衣……っ!」
「だって恋人繋ぎでしょ!? それで!?」
「羽瀬くんも、帰るの寂しいって……。ずっと手、繋ぎたかったって言われて……」
「もうそれ、羽瀬くん本音ダダ漏れじゃん!」
真っ赤になった乃愛とは対照的に、結衣は大興奮だ。
「ひゃあ……少女漫画みたい」
ひまりも頬を緩めたあと、自分の手元へ視線を落とした。
「……いいなぁ、手繋ぐの」
「え?」
「あ……ううん。なんでもない」
ひまりは少し照れたように笑った。
乃愛は不思議に思ったものの、それ以上は聞かなかった。
「それでね。本当にびっくりしたのは、その日の夜なの」
「まだあるの!?」
「夜、LINEしてて……寝る前に初めて『乃愛』って呼ばれたの」
「えっ!」
今度は結衣だけでなく、ひまりまで目を丸くした。
「私も……『琉生くん』って返して……」
言葉にした途端、また恥ずかしさが込み上げて、乃愛は俯いた。
「LINEの中だけだけど……初めて、名前で呼び合ったの」
「夜のLINEだけ名前呼びなんて……なんだか、二人だけの魔法みたい」
ひまりが嬉しそうに微笑む。
「ね。乃愛、めちゃくちゃ嬉しかったでしょ?」
「……うん」
乃愛は照れながらも、素直に頷いた。
「すっごく、嬉しかった」
その顔を見ていた結衣が、ふっと表情を和らげた。
「乃愛、最近ほんと笑顔増えたよね」
「え……?」
思いがけない言葉に顔を上げる。
「前は男子が苦手だからって、ちょっと縮こまっちゃうことも多かったじゃん。でも最近の乃愛、前より自分の気持ちをちゃんと言えるようになった気がする」
「……そう、かな」
「うん。羽瀬くんといるときも楽しそうだし。でも、それって乃愛自身がちゃんと一歩ずつ進んでるからだと思うよ」
乃愛は何も言えなくなった。
琉生と出会ってから、たくさんの『初めて』があった。
自分から合図を送ったこと。
付箋に気持ちを書いたこと。
二人で出かけたこと。
そして、寂しいからまた会いたいと、自分の言葉で伝えられたこと。
どれも以前の自分なら、怖くてできなかったかもしれない。
「焦らなくていいんじゃないかな」
ひまりが優しく続ける。
「乃愛と羽瀬くんのペースで、少しずつ進んでいけばいいと思う」
「そうそう。私たちは、いつでも乃愛の味方だからね」
結衣の言葉に、ひまりも笑顔で頷いた。
ずっと自分を見守ってくれていた二人の顔を見ていると、胸の奥がじんわりと熱くなる。
ぽろりと涙が頬を伝った。
「あ、あれ……? ごめん。なんか嬉しくなっちゃって……」
「もう、乃愛は泣き虫なんだから」
結衣が笑いながら背中をさすり、ひまりが猫柄のティッシュを差し出してくれる。
「はい、乃愛」
「……ありがとう」
涙を拭ってから、乃愛は二人を見た。
「私、羽瀬くんのこと……すごく大切で。二人のおかげで、私も少しずつ一歩踏み出せてる気がする。本当に、ありがとう」
少しだけ声は震えた。
それでも今度は、自分の気持ちをちゃんと言葉にできた。
「うん」
「これからもいっぱい聞くからね。恋バナ」
「えっ」
結衣のひと言に、乃愛の涙が一瞬で引っ込む。
ひまりが吹き出した。
「ふふっ。結衣、それが目的だったりして」
「もちろん!」
「もう……結衣ってば」
三人の笑い声が重なった。
新緑の隙間から、五月の爽やかな風が吹き抜けていく。
大好きな人のことを、大好きな親友たちに話せる。
そんな時間まで、今の乃愛には大切な宝物だった――。


