隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

お風呂を済ませてパジャマに着替え、ベッドに入っても、乃愛の胸にはまだ夕暮れの並木道の余韻が残っていた。

琉生と繋いだ手。

駅で最後に交わした、二人だけの合図。

思い出すたびに頬が熱くなって、なかなか眠れそうにない。

そのとき、枕元に置いていたスマホが鳴った。

画面に表示された名前を見ただけで、胸が跳ねる。

『羽瀬 琉生』

乃愛はすぐにスマホを手に取った。

『白石さん、お疲れ! ちゃんと家帰れた?』

短いメッセージなのに、琉生の声で聞こえてくるような気がする。

乃愛は頬を緩ませながら、返信を打った。

『羽瀬くん、お疲れ様です。
大丈夫、ちゃんと着いたよ!
今日は本当に楽しかったです』

送信すると、すぐに既読がついた。

ほどなくして、琉生から次のメッセージが届く。

『よかった。
……あのさ。帰り、勢いで手繋いじゃったけど、ほんとに大丈夫だった?』

「……っ」

一瞬で、あのときの温もりが蘇る。

恋人繋ぎになった指先。

少しだけ震えていた、琉生の手。

乃愛は熱くなる頬を片手で押さえながら、ゆっくり文字を打った。

『うん。びっくりしたけど……嬉しかったです』

送信ボタンを押した途端、恥ずかしくなって毛布へ顔を埋める。

けれど、気になってすぐに画面を覗くと、返信が来ていた。

『……よかった。
帰ってから急に恥ずかしくなってきた(笑)』

思わず、乃愛の口元にも笑みが浮かぶ。

羽瀬くんも、同じなんだ。

いつも明るくて、何でもさらりとこなしてしまうように見えるのに。

今日の琉生は何度も照れて、緊張して――そのたびに、乃愛の知らなかった表情を見せてくれた。

続けて、もう一通届く。

『実はさっきから、カフェで撮らせてもらった白石さんの写真、ずっと見返してる』

「えっ……」

乃愛は慌ててトーク画面を閉じ、自分もアルバムを開いた。

そこには、カフェでココアのカップを手に、少し照れくさそうに笑う琉生の写真が残っている。

乃愛も、帰ってから何度見返したか分からない。

迷った末、もう一度トーク画面へ戻った。

『私も、羽瀬くんの写真、ずっと見てました。
学校で見る笑顔とは少し違って、
照れてる羽瀬くんが写ってるのが嬉しくて……。
私、この写真すごく好きです』

送った瞬間、乃愛はスマホを伏せた。

「……恥ずかしい……」

枕へ顔を埋める。

しばらくして恐る恐る画面を見ると、既読はついているのに返信がない。

いつもなら早いのに。

言いすぎちゃったかな……。

不安になりかけた、そのとき。

スマホが鳴った。

『……それ、ずるい。
スマホ持ったまま固まったんだけど(笑)』

「……ふふっ」

どうやら画面の向こうでも、同じように照れていたらしい。

それが分かるだけで、胸の奥がくすぐったくなる。

それから二人は、今日のことやテストのことをぽつぽつと話した。

顔を合わせていたときには恥ずかしくて言えなかったことも、画面越しなら少しだけ素直になれる。

気づけば、時計の針はずいぶん進んでいた。

『そろそろ寝よっか』

琉生から届いたメッセージに、乃愛も時計を見る。

『うん、そうだね。
そろそろ寝なきゃ。
今日は本当にありがとうございました』

送信して、スマホを置こうとした。

その瞬間。

もう一度、画面が光った。

『ん、おやすみ乃愛。』

「――っ!」

息が止まった。

乃愛は目を見開いたまま、画面を見つめる。

白石さん、ではない。

初めて呼ばれた、自分の名前。

『乃愛』

たった二文字から、目が離せない。

心臓が、さっきまでとは比べものにならないほど大きく跳ねていた。

「……羽瀬、くん……」

声にしてみただけで、頬が熱くなる。

けれど、琉生が一歩近づいてくれたのなら。

自分も、ほんの少しだけ。

乃愛は震える指先を画面へ伸ばした。

打っては止まり、また画面を見つめる。

それでも最後には、勇気を出して送信ボタンを押した。

『おやすみなさい、琉生くん。』

送った。

「~~っ!」

乃愛はスマホを枕元へ置くと、そのまま枕に顔を埋めた。

恥ずかしい。

恥ずかしいけれど――それ以上に、嬉しかった。

今日一日で、二人の距離が何度も少しずつ近づいていった気がする。

そして最後に。

呼び方まで、昨日とは違うものになった。

*―*―*

同じ頃。

自分の部屋で返信を待っていた琉生は、画面に表示された文字を見た瞬間、固まった。

『おやすみなさい、琉生くん。』

「……っ」

何度見ても、そこに書かれている文字は変わらない。

白石さんが。

自分のことを、初めて名前で呼んだ。

数秒後、琉生はスマホを握ったまま、枕へ顔を埋めた。

「……あー、だめだ。これ」

熱くなった顔を上げられない。

たった四文字。

それなのに、白石さんから初めて呼ばれた自分の名前が、どうしようもなく嬉しかった。

琉生はもう一度だけ画面を見て、小さく笑う。

今日、帰り道で繋いだ手。

そして、初めて呼び合った名前。

二人の距離はまた少しだけ、近くなっていた――。