隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

駅近くの裏通りにある、小さなカフェ。

木製の扉を開けると、カラン、とベルが鳴った。店内には温かなランプが灯り、コーヒーとココアの甘い香りが漂っている。

二人は大きな窓に面した席へ、向かい合って座った。

「なんか、すげー落ち着く店だな。颯人、こういうとこよく知ってたな」

「うん。高城くんが知ってるの、ちょっと意外かも」

「あいつ、お姉ちゃん二人いるからさ。こういう店、よく連れてこられるらしい」

「ふふ、そうなんだ」

メニューを開くと、琉生が一つを指さした。

「あ、これ。颯人が言ってたココア。白石さんもこれでいい?」

「うん。私もココアにする」

二人で同じものを注文してしばらくすると、ふわふわのホイップが乗った温かなココアが運ばれてきた。

その横には、小さな猫の形をしたクッキーが添えられている。

「わあ……っ。見て、羽瀬くん。猫ちゃん!」

目を輝かせた乃愛は、クッキーを覗き込んで、さらに嬉しそうに笑った。

「あ……これ、学校の茶トラにちょっと似てない?」

「あー、ほんとだ。ちょっと丸いとことか似てる」

「ふふっ。最初に見つけたとき、羽瀬くんが一緒に見に行こうって誘ってくれたよね」

乃愛は猫のクッキーを大切そうに見つめる。

「あのときから、私にとって大事な猫ちゃんだから……ここでも会えたみたいで、なんだか嬉しいな」

「……っ」

向かいにいた琉生が、不意に口元を手で隠した。

「……ヤバ。マジで可愛い」

「え? クッキーですか?」

「……いや、クッキーも」

「……?」

意味が分からず首を傾げる乃愛に、琉生はますます困ったように視線を逸らした。

「……なんでもない。ココア飲も」

「う、うん……?」

乃愛もカップを両手で包み、そっと一口飲む。

「……あ、美味しい」

まろやかな甘さに、乃愛の表情がふっとほころんだ。

「ほんとだ。これ、うまいな」

琉生も一口飲んで、嬉しそうに笑う。

「高城くん、すごいね。こんな美味しいお店知ってるなんて」

「だな。……あとで颯人にお礼言っとこ」

「ふふっ」

温かなココアにほっと息をついたところで、乃愛は鞄の中に入れてきたものを思い出した。

「あの、羽瀬くん」

「ん?」

「これ……今日のお礼、です」

乃愛は鞄から、一枚の桜色の付箋を取り出した。

「よかったら、読んでください……」

「俺に?」

「……うん」

琉生が受け取り、そこに書かれた文字へ目を落とす。

『今日はお出かけに誘ってくれて、ありがとうございました。
羽瀬くんの私服、すっごく格好よかったです。
テスト勉強、一緒にできて嬉しかったです』

読み終えた琉生が、ぴたりと止まった。

「……白石さん」

「は、はい……」

「対面でその付箋渡すの、マジで心臓に良くないんだけど」

「えっ……?」

琉生は赤くなった顔を隠すように片手で口元を覆いながら、もう一度付箋を見つめる。

それから折れないように気をつけながら、大切そうに鞄へしまった。

「……俺、すげー嬉しい」

その一言に、今度は乃愛の胸が大きく跳ねた。

恥ずかしい。

けれど、それ以上に嬉しかった。

乃愛はほんの少しだけ勇気を出して、琉生を見つめる。

「……私の気持ち、ちゃんと羽瀬くんに届きましたか?」

「――っ」

琉生は再び言葉を失った。

しばらくして、赤い顔のまま小さく呟く。

「……届きすぎて、パンクしそう」

「……っ」

今度は乃愛が耐えきれず、ココアのカップで口元を隠した。

そんな乃愛を見て、琉生が照れくさそうに笑う。

「……なぁ。テスト終わってもさ、またこうやって二人でどっか行こ」

「え……?」

「俺、白石さんと色んなとこ行きたい」

乃愛はカップを持ったまま、琉生を見つめた。

勉強するためじゃなくても。

何か理由がなくても。

また会いたいと思ってくれている。

「……うん。私も、行きたいです」

答えると、琉生の表情が嬉しそうにほころんだ。

そのまま乃愛を見つめていた琉生が、ふとスマホへ手を伸ばす。

「……白石さん。そのまま写真撮っていい?」

「えっ?」

「ココア持ってるの、なんか……すげー可愛いから」

「……っ」

乃愛は一瞬迷ったものの、恥ずかしそうに小さく頷いた。

「……一枚だけ、なら」

「よし」

琉生がスマホを構える。

乃愛は温かなカップを両手で持ったまま、照れくささに耐えきれず、少しだけ目を伏せた。

――カシャ。

「……うわ」

「な、なんですか……?」

「いや……これ、めっちゃいい」

「見せてください……っ」

差し出された画面には、夕暮れの光の中でココアを抱え、恥ずかしそうに俯いている自分が映っていた。

「……羽瀬くん、ずるいです」

「え?」

乃愛は自分のスマホを取り出した。

「私ばっかりだから……羽瀬くんも同じポーズしてください」

「俺も?」

「はい。カップを両手で持って……同じように。そしたら、おあいこです」

「マジかよ……」

そう言いながらも、琉生は素直にココアのカップを両手で包んだ。

「こ、こう?」

「もう少しだけ、下を向いてください」

「注文細かくない?」

「ふふっ。いいから、お願いします」

「はいはい……」

琉生が照れくさそうに目を伏せる。

いつも学校で見る笑顔とは少し違う、どこか無防備な表情。

乃愛は胸を弾ませながら、スマホを構えた。

――カシャ。

「……よし。これでおあいこです」

「白石さん、それ絶対誰にも見せんなよ?」

「ふふ。見せません。……私だけの秘密です」

「……っ」

「羽瀬くん?」

「いや……今日ほんと、調子狂うわ」

琉生は赤くなったまま、照れ隠しのように前髪を指先でくしゃっと触った。

スマホには、同じココアを両手で持った二枚の写真。

今日という一日を、あとから何度でも思い出せる。

そう思うと、胸の奥が温かくなった。

二人は冷めかけたココアを飲みながら、お互いの写真を見せ合って、小さく笑った――。