《図書館の勉強会、ご褒美のお弁当》
市立図書館の静かな学習室。
奥にある二人掛けの机に並び、乃愛と琉生は参考書とノートを広げた。
「……あの、羽瀬くん。どこから始めますか?」
乃愛が小声で尋ねると、琉生は国語のワークを開いた。
「じゃあ、この前の小テストの直しから。颯人のメモ、マジで助かったんだけど、ここの古文だけ解説読んでも分かんなくてさ」
そう言ってノートを寄せ、すぐ隣から覗き込んでくる。
(……近い、です……)
少し動けば袖が触れてしまいそうな距離に緊張しながらも、乃愛は古文の文章を指した。
「ここはね、前の文章から主語を探してみると分かりやすいよ。……ほら、ここ」
「あー……なるほど。そういうことか」
琉生は納得したように頷くと、ノートに答えを書き込んでいく。
「白石さん、教えるのマジで上手すぎ」
「ふふ、そんなことないです……」
「いや、ほんと。白石さんが先生なら、俺、毎日居残りしてでも勉強するわ」
「ま、毎日……?」
思わず琉生を見ると、本人は何を言ったのか分かっていないような顔でワークを見ている。
そんなところが羽瀬くんらしくて、乃愛は小さく笑った。
それからしばらく、二人は並んで問題を解いていった。
分からないところがあれば、琉生が乃愛へ尋ねる。乃愛が説明すると、琉生は真剣な顔で聞きながら、一つずつ答えを書き込んでいく。
やがて一つのページを終え、琉生が小さく息を吐いた。
「よし。これで完璧」
「うん。羽瀬くん、すごく頑張ってて偉いね」
「――っ」
琉生の手がぴたりと止まった。
「……偉いとか言うなよ。白石さんにそんなこと言われたら、次のテスト、点数下げらんねぇじゃん」
そう言いながら次のページを開く耳が、ほんのり赤い。
乃愛はそれに気づいて、またこっそり笑った。
午前中の二時間は、思っていたよりもずっと早く過ぎていった。
お昼になり、二人は図書館の裏手にある小さなテラスへ出る。
爽やかな風が吹く中、琉生が鞄からコンビニの袋を取り出した。
「白石さん、お昼どうすんの?」
「あ……私はね、これ」
乃愛は少し緊張しながら、鞄から二人分のお弁当を取り出した。
「え……?」
琉生が目を丸くする。
「これ、白石さんが作ったの?」
「う、うん。今朝作ってきたの。羽瀬くんと一緒に食べられたらいいなって思って……」
乃愛は一つを差し出した。
「よかったら……一緒に食べませんか?」
数秒、返事がない。
不安になりかけた乃愛の前で、琉生の表情がぱっと明るくなった。
「……マジで? これ、最高のご褒美じゃん! 俺、午前中頑張ってよかった!」
「ふふ……よかった」
「いや、俺のほうが。マジでありがと」
琉生は嬉しそうに「いただきます」と手を合わせ、蓋を開けた。
中には卵焼きとウインナー、それから唐揚げ。
「……あ」
唐揚げを見た瞬間、琉生が固まった。
「羽瀬くん……? 苦手なの入ってた?」
「違う違う! 逆!」
慌てて首を振る。
「唐揚げ、俺めっちゃ好きなんだけど」
「……うん」
「え?」
今度は琉生が乃愛を見る。
乃愛は恥ずかしそうに視線を落とした。
「前に、部活のプロフィールを書いてたでしょ? そのとき、好きな食べ物のところに唐揚げって書いてあるのが、たまたま見えて……」
「……そんな前のこと覚えてたの?」
「うん……」
琉生はしばらく乃愛を見つめたあと、照れくさそうに笑った。
「そっか。……なんか、それすげー嬉しい」
そう言って唐揚げを一つ口へ運ぶ。
乃愛は緊張しながら、その表情を見守った。
「……どう、ですか?」
「うまっ」
琉生が驚いたように目を見開く。
「これ、マジでうまい。白石さん料理上手すぎ」
「ほんと……?」
「ほんと。これ、また食べたいくらい」
「……っ」
その一言で、今度は乃愛の頬が赤くなる。
今朝、何度も味を確かめながら作ったことも、綺麗に見えるよう詰め直したことも、全部報われたような気がした。
「よかった……。たくさん食べてね」
「おう。残すわけねぇじゃん」
琉生は嬉しそうに、今度は卵焼きへ箸を伸ばした。
けれど少し急ぎすぎたのか、箸の先から卵焼きがつるりと滑る。
「うわ、あぶねっ」
ころん、とタッパーの端まで転がったところで、なんとか止まった。
琉生はほっと息を吐く。
「……ギリギリセーフ」
「ふふっ」
「いや、だって美味すぎて。次も早く食べたくなったんだって」
真剣な顔で言い訳しながら、今度は慎重に卵焼きをつまむ琉生がおかしくて、乃愛はまた小さく笑った。
「……笑うなよ。俺、今日ほんと調子狂う」
「ご、ごめんなさい……ふふっ」
謝りながらも、笑いはなかなか止まらない。
学校ではいつも、自分ばかりがドキドキさせられていると思っていた。
けれど今日は、羽瀬くんの知らなかった顔をいくつも見つけている。
乃愛は自分の卵焼きを一つ口へ運びながら、嬉しそうに微笑んだ。
二人きりの土曜日は、まだ半分も終わっていなかった――。
市立図書館の静かな学習室。
奥にある二人掛けの机に並び、乃愛と琉生は参考書とノートを広げた。
「……あの、羽瀬くん。どこから始めますか?」
乃愛が小声で尋ねると、琉生は国語のワークを開いた。
「じゃあ、この前の小テストの直しから。颯人のメモ、マジで助かったんだけど、ここの古文だけ解説読んでも分かんなくてさ」
そう言ってノートを寄せ、すぐ隣から覗き込んでくる。
(……近い、です……)
少し動けば袖が触れてしまいそうな距離に緊張しながらも、乃愛は古文の文章を指した。
「ここはね、前の文章から主語を探してみると分かりやすいよ。……ほら、ここ」
「あー……なるほど。そういうことか」
琉生は納得したように頷くと、ノートに答えを書き込んでいく。
「白石さん、教えるのマジで上手すぎ」
「ふふ、そんなことないです……」
「いや、ほんと。白石さんが先生なら、俺、毎日居残りしてでも勉強するわ」
「ま、毎日……?」
思わず琉生を見ると、本人は何を言ったのか分かっていないような顔でワークを見ている。
そんなところが羽瀬くんらしくて、乃愛は小さく笑った。
それからしばらく、二人は並んで問題を解いていった。
分からないところがあれば、琉生が乃愛へ尋ねる。乃愛が説明すると、琉生は真剣な顔で聞きながら、一つずつ答えを書き込んでいく。
やがて一つのページを終え、琉生が小さく息を吐いた。
「よし。これで完璧」
「うん。羽瀬くん、すごく頑張ってて偉いね」
「――っ」
琉生の手がぴたりと止まった。
「……偉いとか言うなよ。白石さんにそんなこと言われたら、次のテスト、点数下げらんねぇじゃん」
そう言いながら次のページを開く耳が、ほんのり赤い。
乃愛はそれに気づいて、またこっそり笑った。
午前中の二時間は、思っていたよりもずっと早く過ぎていった。
お昼になり、二人は図書館の裏手にある小さなテラスへ出る。
爽やかな風が吹く中、琉生が鞄からコンビニの袋を取り出した。
「白石さん、お昼どうすんの?」
「あ……私はね、これ」
乃愛は少し緊張しながら、鞄から二人分のお弁当を取り出した。
「え……?」
琉生が目を丸くする。
「これ、白石さんが作ったの?」
「う、うん。今朝作ってきたの。羽瀬くんと一緒に食べられたらいいなって思って……」
乃愛は一つを差し出した。
「よかったら……一緒に食べませんか?」
数秒、返事がない。
不安になりかけた乃愛の前で、琉生の表情がぱっと明るくなった。
「……マジで? これ、最高のご褒美じゃん! 俺、午前中頑張ってよかった!」
「ふふ……よかった」
「いや、俺のほうが。マジでありがと」
琉生は嬉しそうに「いただきます」と手を合わせ、蓋を開けた。
中には卵焼きとウインナー、それから唐揚げ。
「……あ」
唐揚げを見た瞬間、琉生が固まった。
「羽瀬くん……? 苦手なの入ってた?」
「違う違う! 逆!」
慌てて首を振る。
「唐揚げ、俺めっちゃ好きなんだけど」
「……うん」
「え?」
今度は琉生が乃愛を見る。
乃愛は恥ずかしそうに視線を落とした。
「前に、部活のプロフィールを書いてたでしょ? そのとき、好きな食べ物のところに唐揚げって書いてあるのが、たまたま見えて……」
「……そんな前のこと覚えてたの?」
「うん……」
琉生はしばらく乃愛を見つめたあと、照れくさそうに笑った。
「そっか。……なんか、それすげー嬉しい」
そう言って唐揚げを一つ口へ運ぶ。
乃愛は緊張しながら、その表情を見守った。
「……どう、ですか?」
「うまっ」
琉生が驚いたように目を見開く。
「これ、マジでうまい。白石さん料理上手すぎ」
「ほんと……?」
「ほんと。これ、また食べたいくらい」
「……っ」
その一言で、今度は乃愛の頬が赤くなる。
今朝、何度も味を確かめながら作ったことも、綺麗に見えるよう詰め直したことも、全部報われたような気がした。
「よかった……。たくさん食べてね」
「おう。残すわけねぇじゃん」
琉生は嬉しそうに、今度は卵焼きへ箸を伸ばした。
けれど少し急ぎすぎたのか、箸の先から卵焼きがつるりと滑る。
「うわ、あぶねっ」
ころん、とタッパーの端まで転がったところで、なんとか止まった。
琉生はほっと息を吐く。
「……ギリギリセーフ」
「ふふっ」
「いや、だって美味すぎて。次も早く食べたくなったんだって」
真剣な顔で言い訳しながら、今度は慎重に卵焼きをつまむ琉生がおかしくて、乃愛はまた小さく笑った。
「……笑うなよ。俺、今日ほんと調子狂う」
「ご、ごめんなさい……ふふっ」
謝りながらも、笑いはなかなか止まらない。
学校ではいつも、自分ばかりがドキドキさせられていると思っていた。
けれど今日は、羽瀬くんの知らなかった顔をいくつも見つけている。
乃愛は自分の卵焼きを一つ口へ運びながら、嬉しそうに微笑んだ。
二人きりの土曜日は、まだ半分も終わっていなかった――。


