隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

土曜日の朝、駅の改札口。

休日の駅は、行き交う人たちの声と、自動改札の音で賑わっていた。

約束の十分前。

大きな時計の下で、乃愛は鞄の紐をぎゅっと握りしめている。

ほんのり桜色のブラウスに、アイボリーのギャザースカート。髪はハーフアップにして、桜色の細いリボンを結んでいた。

昨日、結衣とひまりが一緒に選んでくれた姿。

鏡の前では少しだけ胸を張れたはずなのに、いざ一人で待っていると、心臓はさっきから落ち着いてくれない。

「……はぁ、緊張する……」

いつもは制服姿で、教室の隅にいる自分が、今日は羽瀬くんと二人で会うためにここにいる。

そう思うだけで、また頬が熱くなった。

そのとき、近くにいた他校の男子たちの声が耳に届く。

「なぁ、あの子、可愛くない?」

「ほんとだ。声かけてみる?」

自分のことだと気づいた瞬間、乃愛の肩が強張った。

男子は、今でも苦手だ。

どうしよう――。

俯いて鞄を抱き寄せた、そのとき。

「――悪い。待たせた、白石さん」

聞き慣れた声と同時に、大きな手が乃愛の頭にぽん、と触れた。

「……羽瀬くん」

顔を上げると、そこには制服ではない琉生が立っていた。

白のカットソーに黒のジャケット。いつもより少し大人っぽく見える姿に、乃愛は思わず見入ってしまう。

琉生は乃愛と男子たちの間に自然に立つと、何事もなかったように笑った。

「行こっか。図書館、ここから十分くらいだから」

「あ……うん」

その声を聞いただけで、強張っていた乃愛の肩から、ふっと力が抜けた。

琉生が振り返る。

そして乃愛を正面から見た瞬間、その動きがぴたりと止まった。

「……羽瀬くん?」

「……ずる、すぎ……」

「え……?」

琉生は赤くなった顔を片手で隠し、視線を逸らした。

「今日の白石さん、その……服も髪も反則。すげー可愛くて、まともに見れねぇ」

「……っ」

今度は乃愛の顔まで一気に熱くなる。

昨日、結衣が言っていた言葉が頭をよぎった。

――羽瀬くんが見たら、絶対顔真っ赤にするって!

本当に、真っ赤になっている。

それが嬉しくて、乃愛は勇気を集めるように胸の前で手を握った。

「……ありがとうございます。羽瀬くんも、すごく格好いいです」

「……っ」

琉生の耳が、さらに赤くなった。

「……それ、今言う?」

「えっ?」

「いや……なんでもない」

そう言って歩き出す琉生の隣へ、乃愛も並ぶ。

けれど制服ではないお互いを意識してしまうせいか、いつものようには言葉が出てこない。

休日の街を並んで歩いているだけなのに、学校とは何もかもが違って見えた。

しばらくして、琉生がふと乃愛の足元を見る。

「あ、白石さん。その靴……」

「え……? 変、かな……?」

「違う違う! 可愛い。……少しヒールあるだろ? 足痛くなったらすぐ言えよ。俺、いつでも止まるから」

「……うん。ありがとう」

そんなところまで見てくれていたことが嬉しくて、乃愛の胸がまた小さく跳ねる。

「結衣たちと、お店で少し歩いてみたから……たぶん、大丈夫です」

「そこまで準備してきたの?」

「だ、だって……」

琉生は困ったように笑った。

「……ほんと、可愛い」

「う……」

乃愛が恥ずかしさに顔を伏せると、琉生も照れくさそうに首の後ろへ手をやった。

「でもさ、俺も人のこと言えないんだけど」

「……?」

「この服、颯人に付き合ってもらって選んだんだ」

乃愛は驚いて顔を上げた。

「高城くんと……?」

「うん。せっかく白石さんと出かけるんだし、変なの着てったら嫌だなと思って。結構必死だった」

「……っ」

羽瀬くんも、自分に会うために服を選んでくれた。

その事実が胸の中へ落ちてきた途端、今日まで抱えていた緊張が、少しずつ別の温かさに変わっていく。

自分だけじゃなかった。

羽瀬くんも、今日を楽しみにしてくれていたのかもしれない。

「……ふふ」

「ん? なんで笑うんだよ」

「ううん、なんでもないです」

乃愛は少し迷ってから、隣を歩く彼を見上げた。

「お洋服、とっても似合ってます。……私も、今日をずっと楽しみに待っててよかったです」

「――っ」

琉生の足が一瞬止まった。

「ちょ……早く行くぞ!」

「あ、待って、羽瀬くん……っ」

急に早足になった琉生を、乃愛が慌てて追いかける。

けれど数歩進んだところで、琉生の歩幅はすぐにゆっくりになった。

乃愛が隣へ追いつく。

ちらりと見上げれば、その耳はまだ赤いままだった。

いつも自分ばかりがドキドキさせられていると思っていた。

けれど今日は、ほんの少しだけ違うらしい。

そのことが嬉しくて、乃愛は小さく笑った。

やがて二人の前に、市立図書館の白い建物が見えてきた――。