隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

「ねえ乃愛、ひまり! 今年の体育祭、うちのクラスが絶対優勝だよ。だって足の速いやつらがさ──」

耳元で弾けた太陽みたいな声に、私はハッと我に返った。

目の前では、長めのポニーテールを揺らした結衣が机に身を乗り出し、小さな拳を熱っぽく握りしめている。

「結衣、声が大きいよ。ほら、もうすぐ先生来ちゃうから」

その隣では、ひまりが「はい、お茶」と水筒のキャップを差し出しながら、穏やかな笑顔を浮かべていた。

新学期が始まって数日の教室は、まだどこか落ち着かない。

床に残るワックスの匂い。窓から差し込む柔らかな春の光。そして、教室のあちこちから響く男子たちの大きな笑い声。

新しいクラスになったばかりで、みんながお互いの距離を探っているような、そわそわとした空気が満ちている。

私は、男子とも女子とも普通に話せる。話しかけられれば笑って答えられるし、クラスメイトとしてみんなのことは好きだ。

ただ、自分から賑やかな輪の中へ飛び込んでいくのは苦手だった。特に男子を前にすると、少しだけ緊張してしまう。

だから、強引なくらい私を引っ張ってくれる結衣と、何も言わなくても私の歩幅に合わせてくれるひまり。

二人と過ごす時間は、私にとって安心して息をつける大切な居場所だった。

「そういえば乃愛、さっき後ろの男子のペン、拾ってあげてたでしょ?」

結衣が私の顔を覗き込む。

「え? ……うん。足元に転がってきたから」

「周りが笑ってたのに、乃愛だけすぐ拾ってあげてたじゃん。そういうとこ、ほんと優しいよね」

「そんなことないよ。ただ渡しただけだよ」

恥ずかしくなって視線を落とすと、結衣がにやりと笑った。

「でも、ちょっと緊張してたでしょ?」

「……分かった?」

「分かるよ。何年一緒にいると思ってんの」

結衣が私の手を包み込む。

「男子って、まだちょっと距離感が分からなくて……」

「大丈夫! なんか言ってきたら、この私が追い払ってあげるから!」

「結衣、それだと乃愛が余計に男子と話せなくなるよ」

ひまりが静かに突っ込んで、私は思わず吹き出した。

「ふふっ。二人がいたら百人力だね」

二人と顔を見合わせて笑う。

さっきまで胸の奥にあった小さな緊張も、いつの間にか消えていた。

──こんな日常が、私は大好きだった。

このままずっと、二人と一緒にいられたら。

そう思っていた、そのとき。

前方のドアが勢いよく開いた。

「おはよー!」

突き抜けるような声と一緒に、羽瀬琉生(はせ るい)くんが教室へ入ってきた。

サッカー部の大きなエナメルバッグを肩にかけ、クシャッと前髪を揺らして笑う。

それだけで、まだ少しよそよそしかった教室の空気が、パッと明るくなった。

「あ、羽瀬! 数学の宿題やった? 答え見せて!」

「お、それ俺も混ぜてー!」

男子たちが次々に声をかける。

「おー、いいよ」

琉生くんが笑って答えたところへ、今度は女子たちまで集まってきた。

「羽瀬くん、昨日の部活のシュート、めっちゃヤバかったって聞いたよ!」

「え、マジで? あんなのまぐれだって。キーパーが勝手に逆サイド行ってくれただけだから」

そう言って照れくさそうに頭をかくと、周りから笑い声が上がった。

男子にも女子にも、いつも同じ。

気取らず、誰に対しても自然に笑う。

それだけじゃない。

「そういやさ、隣のクラスのあいつ、朝ちょっとムカつかなかった?」

男子の一人が何気なくこぼした言葉にも、琉生くんは笑ったまま首を傾けた。

「あー、朝からバタバタして余裕なかったんじゃね? それより今日の体育、外だろ? 晴れてよかったな」

悪口には乗らず、それでいて相手を注意するわけでもない。

気づけば話題は変わり、周りにはまた笑い声が戻っている。

誰かを傷つけることなく、自然に空気を明るいほうへ変えてしまう。

だからきっと、みんな琉生くんの周りに集まるんだと思う。

少し離れた窓際からその輪を見つめていた私の胸が、ドクン、と小さく跳ねた。

(羽瀬くんは、やっぱりキラキラしてるな……)

いつもなら、大きな声で話す男子からは少し距離を取ってしまうのに。

なぜか琉生くんの笑顔だけは、もう少し見ていたい。

気づけば私は、賑やかな輪の真ん中にいる彼を、ずっと目で追いかけていた──。