期末テスト一週間前の国語の授業。
乃愛は古典の教科書を前に、小さく眉を寄せていた。
勉強は得意なほうだが、今回の範囲にはどうしてもしっくりこないところがある。
何度読み返しても答えが見つからず、シャーペンを止めた、そのとき。
コン、と隣の机から小さな音がした。
視線を向けると、琉生がこちらを見ている。
先生が黒板へ向き直った隙に、机の陰から一枚の淡いブルーの付箋が滑ってきた。
『これ、颯人から奪い取った
国語の予想問題のメモ。白石さんにあげる。
これ見とけば赤点回避できるから!』
付箋には、小さく折り畳まれたルーズリーフが添えられていた。
開いてみると、古典の重要単語や文法がびっしりとまとめられている。
高城くんは、クラスでも成績上位の頭脳派だ。
琉生もよく勉強を教えてもらっていることを、乃愛は知っていた。
(奪い取ったって書いてあるけど……きっと高城くんに頼んでくれたんだ)
自分のために。
そう思っただけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
乃愛は先生に見つからないよう、付箋へ急いで返事を書いた。
『ありがとう! すごく嬉しい。
でも、羽瀬くんの分は大丈夫?
古典、苦手だって言ってたから……』
机の陰から、そっと隣へ。
付箋を受け取った琉生は、乃愛の文字を読むなり一瞬目を丸くした。
それから、少し照れたように口元を緩める。
すぐにシャーペンを走らせ、再びブルーの付箋が戻ってきた。
『俺の分は大丈夫!
颯人に「白石さんに渡す」って言ったら、
「お前ほんと分かりやすいな」って笑われた(笑)』
「白石さんに渡す」
その一言に、乃愛の頬が一気に熱くなる。
自分の知らないところで、羽瀬くんが高城くんにそう言ってくれていた。
それだけでも嬉しいのに、付箋にはまだ続きがある。
『今回のテスト、白石さんに
良いところ見せるって決めてるから。
だからこれは、白石さんへの「お守り」!』
(……お守り)
乃愛はもう一度、ルーズリーフへ目を落とした。
さっきまでただの予想問題だった小さなメモが、その言葉ひとつで急に特別なものに見えてくる。
けれど、それ以上に胸に残ったのは、
『良いところ見せる』
という文字だった。
どうして私に、そんなことを言ってくれるんだろう。
考えるだけで心臓が騒がしくなる。
それでも乃愛は、少しだけ勇気を出して、残った余白へ文字を書いた。
『ありがとう。
このお守り見て、私も頑張るね。
羽瀬くんも部活と勉強、応援してます』
書き終えたところで、教壇の先生がチョークを置いた。
これ以上やり取りを続けたら、さすがに気づかれてしまうかもしれない。
乃愛は最後の付箋を、そっと隣へ送った。
琉生はそれを受け取ると、しばらく文字を見つめていた。
やがて耳をほんのり赤くして、乃愛を見る。
目が合った。
そして先生には見えない机の陰で、琉生が手首を二回、小さく回した。
――ぐる、ぐる。
いつもの秘密の合図。
けれど今日は、いつもと少しだけ違って見えた。
(……頑張ろう、ってことかな)
乃愛は嬉しくなって、小さく頷く。
机の上には、高城くんの予想問題。
そして胸の中には、羽瀬くんからもらったもう一つの「お守り」。
『良いところ見せる』
その言葉を思い出すたび、次のテストがほんの少しだけ楽しみに思えた――。
乃愛は古典の教科書を前に、小さく眉を寄せていた。
勉強は得意なほうだが、今回の範囲にはどうしてもしっくりこないところがある。
何度読み返しても答えが見つからず、シャーペンを止めた、そのとき。
コン、と隣の机から小さな音がした。
視線を向けると、琉生がこちらを見ている。
先生が黒板へ向き直った隙に、机の陰から一枚の淡いブルーの付箋が滑ってきた。
『これ、颯人から奪い取った
国語の予想問題のメモ。白石さんにあげる。
これ見とけば赤点回避できるから!』
付箋には、小さく折り畳まれたルーズリーフが添えられていた。
開いてみると、古典の重要単語や文法がびっしりとまとめられている。
高城くんは、クラスでも成績上位の頭脳派だ。
琉生もよく勉強を教えてもらっていることを、乃愛は知っていた。
(奪い取ったって書いてあるけど……きっと高城くんに頼んでくれたんだ)
自分のために。
そう思っただけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
乃愛は先生に見つからないよう、付箋へ急いで返事を書いた。
『ありがとう! すごく嬉しい。
でも、羽瀬くんの分は大丈夫?
古典、苦手だって言ってたから……』
机の陰から、そっと隣へ。
付箋を受け取った琉生は、乃愛の文字を読むなり一瞬目を丸くした。
それから、少し照れたように口元を緩める。
すぐにシャーペンを走らせ、再びブルーの付箋が戻ってきた。
『俺の分は大丈夫!
颯人に「白石さんに渡す」って言ったら、
「お前ほんと分かりやすいな」って笑われた(笑)』
「白石さんに渡す」
その一言に、乃愛の頬が一気に熱くなる。
自分の知らないところで、羽瀬くんが高城くんにそう言ってくれていた。
それだけでも嬉しいのに、付箋にはまだ続きがある。
『今回のテスト、白石さんに
良いところ見せるって決めてるから。
だからこれは、白石さんへの「お守り」!』
(……お守り)
乃愛はもう一度、ルーズリーフへ目を落とした。
さっきまでただの予想問題だった小さなメモが、その言葉ひとつで急に特別なものに見えてくる。
けれど、それ以上に胸に残ったのは、
『良いところ見せる』
という文字だった。
どうして私に、そんなことを言ってくれるんだろう。
考えるだけで心臓が騒がしくなる。
それでも乃愛は、少しだけ勇気を出して、残った余白へ文字を書いた。
『ありがとう。
このお守り見て、私も頑張るね。
羽瀬くんも部活と勉強、応援してます』
書き終えたところで、教壇の先生がチョークを置いた。
これ以上やり取りを続けたら、さすがに気づかれてしまうかもしれない。
乃愛は最後の付箋を、そっと隣へ送った。
琉生はそれを受け取ると、しばらく文字を見つめていた。
やがて耳をほんのり赤くして、乃愛を見る。
目が合った。
そして先生には見えない机の陰で、琉生が手首を二回、小さく回した。
――ぐる、ぐる。
いつもの秘密の合図。
けれど今日は、いつもと少しだけ違って見えた。
(……頑張ろう、ってことかな)
乃愛は嬉しくなって、小さく頷く。
机の上には、高城くんの予想問題。
そして胸の中には、羽瀬くんからもらったもう一つの「お守り」。
『良いところ見せる』
その言葉を思い出すたび、次のテストがほんの少しだけ楽しみに思えた――。


