あの放課後の図書室で、淡いブルーと桜色の付箋を交換してから。
二人の学校生活には、小さな付箋が少しずつ増えていた。
そんなある日の放課後。
昼間まで晴れていた空から、突然激しい雨が降り始めた。
「うわ、最悪! 乃愛、傘持ってる?」
窓の外を見た結衣が声を上げる。
「う、うん。折りたたみがあるから大丈夫だけど……」
「よかった! 私とひまりは置き傘あるから、先に下駄箱行ってるね!」
二人を見送ってから、乃愛は机の横に掛けていた折りたたみ傘へ手を伸ばした。
そのとき。
「……あ」
持ち手の陰に、小さな淡いブルーの付箋が貼られていることに気づいた。
見慣れてきた、少し癖のある文字。
『白石さん、折りたたみ傘持ってる?
俺、今日傘忘れて詰んでるから……
もしよかったら、俺を一緒に傘に入れて。
……なんてな』
「……っ」
心臓が大きく跳ねた。
(い、一緒に……?)
半分は冗談かもしれない。
でも――もし、本気だったら?
窓の向こうでは、グラウンドが白く霞むほど雨が降っている。
小さな折りたたみ傘。
その下に、羽瀬くんと二人で並ぶ自分を想像してしまった。
肩が触れそうなくらい、近くで。
「……っ!」
それだけで頬が熱くなり、乃愛は慌てて首を振った。
それでも。
もし羽瀬くんが、本当にそう思ってくれているなら――。
乃愛は筆箱から桜色の付箋を一枚取り出した。
誰もいなくなった教室で、ペン先をそっと紙へ落とす。
『小さめの傘ですけど、
もしよかったら、一緒に……』
そこで、手が止まった。
書いてしまった。
本当は一緒に帰ってみたい。
羽瀬くんと、一つの傘に入って。
文字にしてしまった途端、隠していた気持ちが急に形を持ったようで、心臓がうるさいほど鳴り始める。
(……む、無理。こんなの渡せない……!)
乃愛は慌てて、
『もしよかったら、一緒に……』
の上へ、二本の線を引いた。
消したはずなのに。
二本線の下には、自分の本音がまだ残っている。
それを見つめるだけで恥ずかしくて、乃愛はその下へ急いで書き足した。
『少し小さいですけど、
入るなら使ってください。
下駄箱の上の棚に置いておきます』
(……これなら、大丈夫)
そう自分に言い聞かせ、乃愛は付箋を傘に貼ると下駄箱へ急いだ。
上の棚へそっと置いたところで、結衣が気づく。
「あれ? 乃愛、自分の傘置いてくの?」
「う、うん。ちょっと……」
「じゃあ私の置き傘大きいし、一緒に入ろ!」
「……ありがとう、結衣ちゃん」
結衣の傘に入れてもらいながら、乃愛は一度だけ校舎を振り返った。
羽瀬くん、見つけてくれるかな。
それよりも――。
(……二本線、ちゃんと消えてるよね?)
胸の中に残った本音だけが、帰り道でもずっと落ち着かなかった。
翌朝。
下駄箱を開けた乃愛は、目を丸くした。
綺麗に畳まれた折りたたみ傘。
その上に、新しい淡いブルーの付箋が貼られている。
『めちゃくちゃ助かった。ありがとな。
白石さん、傘置いてって大丈夫だった?
濡れて風邪ひいてない?
今日寝そうだったら、また合図よろしく(笑)』
「……羽瀬くん」
乃愛は付箋を両手で包み、そっと胸元へ寄せた。
(……私のこと、心配してくれたんだ)
自分は結衣の傘に入れてもらったから、濡れていない。
それを早く伝えたくなった。
そして、その日の国語の授業。
乃愛は桜色の付箋へ、今度は迷わずペンを走らせた。
『雨すごかったけど、大丈夫でしたか?
私は結衣ちゃんの傘に入れてもらったので、大丈夫でした』
プリントと一緒に、そっと隣へ。
羽瀬くんは付箋を読むと、安心したように息をついた。
それから乃愛を見て、小さく笑う。
机の陰で、手首が二回。
――ぐる、ぐる。
乃愛も笑って、そっと返した。
――ぐる、ぐる。
淡いブルーと桜色。
言葉にするにはまだ恥ずかしい気持ちまで、小さな付箋なら少しずつ届けられる。
そんな気がしていた。
――あの二本線の下に隠した本音も、ちゃんと隠せていると信じながら。
二人の学校生活には、小さな付箋が少しずつ増えていた。
そんなある日の放課後。
昼間まで晴れていた空から、突然激しい雨が降り始めた。
「うわ、最悪! 乃愛、傘持ってる?」
窓の外を見た結衣が声を上げる。
「う、うん。折りたたみがあるから大丈夫だけど……」
「よかった! 私とひまりは置き傘あるから、先に下駄箱行ってるね!」
二人を見送ってから、乃愛は机の横に掛けていた折りたたみ傘へ手を伸ばした。
そのとき。
「……あ」
持ち手の陰に、小さな淡いブルーの付箋が貼られていることに気づいた。
見慣れてきた、少し癖のある文字。
『白石さん、折りたたみ傘持ってる?
俺、今日傘忘れて詰んでるから……
もしよかったら、俺を一緒に傘に入れて。
……なんてな』
「……っ」
心臓が大きく跳ねた。
(い、一緒に……?)
半分は冗談かもしれない。
でも――もし、本気だったら?
窓の向こうでは、グラウンドが白く霞むほど雨が降っている。
小さな折りたたみ傘。
その下に、羽瀬くんと二人で並ぶ自分を想像してしまった。
肩が触れそうなくらい、近くで。
「……っ!」
それだけで頬が熱くなり、乃愛は慌てて首を振った。
それでも。
もし羽瀬くんが、本当にそう思ってくれているなら――。
乃愛は筆箱から桜色の付箋を一枚取り出した。
誰もいなくなった教室で、ペン先をそっと紙へ落とす。
『小さめの傘ですけど、
もしよかったら、一緒に……』
そこで、手が止まった。
書いてしまった。
本当は一緒に帰ってみたい。
羽瀬くんと、一つの傘に入って。
文字にしてしまった途端、隠していた気持ちが急に形を持ったようで、心臓がうるさいほど鳴り始める。
(……む、無理。こんなの渡せない……!)
乃愛は慌てて、
『もしよかったら、一緒に……』
の上へ、二本の線を引いた。
消したはずなのに。
二本線の下には、自分の本音がまだ残っている。
それを見つめるだけで恥ずかしくて、乃愛はその下へ急いで書き足した。
『少し小さいですけど、
入るなら使ってください。
下駄箱の上の棚に置いておきます』
(……これなら、大丈夫)
そう自分に言い聞かせ、乃愛は付箋を傘に貼ると下駄箱へ急いだ。
上の棚へそっと置いたところで、結衣が気づく。
「あれ? 乃愛、自分の傘置いてくの?」
「う、うん。ちょっと……」
「じゃあ私の置き傘大きいし、一緒に入ろ!」
「……ありがとう、結衣ちゃん」
結衣の傘に入れてもらいながら、乃愛は一度だけ校舎を振り返った。
羽瀬くん、見つけてくれるかな。
それよりも――。
(……二本線、ちゃんと消えてるよね?)
胸の中に残った本音だけが、帰り道でもずっと落ち着かなかった。
翌朝。
下駄箱を開けた乃愛は、目を丸くした。
綺麗に畳まれた折りたたみ傘。
その上に、新しい淡いブルーの付箋が貼られている。
『めちゃくちゃ助かった。ありがとな。
白石さん、傘置いてって大丈夫だった?
濡れて風邪ひいてない?
今日寝そうだったら、また合図よろしく(笑)』
「……羽瀬くん」
乃愛は付箋を両手で包み、そっと胸元へ寄せた。
(……私のこと、心配してくれたんだ)
自分は結衣の傘に入れてもらったから、濡れていない。
それを早く伝えたくなった。
そして、その日の国語の授業。
乃愛は桜色の付箋へ、今度は迷わずペンを走らせた。
『雨すごかったけど、大丈夫でしたか?
私は結衣ちゃんの傘に入れてもらったので、大丈夫でした』
プリントと一緒に、そっと隣へ。
羽瀬くんは付箋を読むと、安心したように息をついた。
それから乃愛を見て、小さく笑う。
机の陰で、手首が二回。
――ぐる、ぐる。
乃愛も笑って、そっと返した。
――ぐる、ぐる。
淡いブルーと桜色。
言葉にするにはまだ恥ずかしい気持ちまで、小さな付箋なら少しずつ届けられる。
そんな気がしていた。
――あの二本線の下に隠した本音も、ちゃんと隠せていると信じながら。


