ときめきの向こう側


 図書室を出て、一旦足を止めた。

 扉にチラリと視線を送る。
 中にいる彼のことを考えた。

 彼と図書室で初めて会った次の日。

 なんだか朝から少しだけ気持ちが落ち着かなかった。


 翠が信じてる子なら悪い子なはずない。
 いやでも。

 翠だってまだ彼のこと詳しくは知らないはず。
 その気持ちが頭の中で交差する。
 
 授業中も彼のことが頭に浮かんでは消える。


 (どうしようかな。行ってみようか)

 サッカー部に顔を出す前に、行ってみるか悩みながらも足は図書室に向かってる。


 (でも……昨日ぼくが行ったことがすでにもうバレたら)


 図書室に人がたくさんいる姿を想像して、少しげんなりする。


 やっぱり行くのやめとくか。
 そう思って足を止めた。


 開いてる窓から、ふわっと風が入ってきた。
 なぜかその時あの日のことが頭に浮かんだ。
 

『まってぇ——閉めないで——』

 
 必死に走って校門を目指してきた彼。

 その後、ぼくのことを見ても何も言わなかった彼。

『あんまりいい子ちゃんを、演じすぎると人を見誤るってこともあるよ』
 
 翠の言葉も小さな棘となって胸に刺さったまま。


 (このまま印象悪くして……広げられてもめんどうだ)

 
 そう自分の心に言って、図書室に行くために足を進めた。


 図書室の扉を開けた。

 ザワザワしてると警戒してたけど、普段通りシーンとしてる。

 ぼくの足音が響く。


「あっ」

 小さな声が聞こえる。

 昨日の彼か。
 やっぱり声かけてくるんだ。

 (めんどうだな)

 ため息をこぼす。

 そこで立ち止まって、彼からの言葉を待つ。

 静まりかえった室内。

 彼の方を見たら、カウンターの下で下を向いてる。

 でも身長が高いからか必死に下を向いてる姿が逆に目立つ。

 (もしかして……本当にぼくの思い違いだった?)

 遠目からでも少し怯えてる様子の彼。

 ぼくから近づいてみる。

 一向に頭を上げる気配のない彼にぼくから話しかける。

 トントン。
 机を叩く音。

「きみ、ちょっといい?」

 声をかけてみた。

 恐る恐る顔を上げる姿がなんでか怯えてる大型犬に見えた。
 ビクビクしてる彼。


 (この子は、純粋に図書委員をしてるんだ)

 そう思ったら、ぼくの態度がより酷いものに感じた。

 (昨日のあれは怖かったんだろうな)

 そう思って謝る。

 彼はびっくりした顔して、自分が名前を呼んだから。そう言った後に急に立ち上がった。


 何が起きたのかとびっくりするぼくに、彼は先輩に座って謝ることをして。そう謝ってきた。

 (この子は悪い子じゃない。素直な子なんだ)

 完全に昨日の態度はぼくが悪かった。

 彼に椅子に座るようにすすめて、あらためて謝る。

「図書室はぼくの休憩場所なんだ。だから……人にバレたのかと思って少し警戒した」


 (翠にも話したことないのに)

 この子に図書室が休憩場所なことを話してる自分に驚いた。

 彼はぼくの言葉を聞いても、何も言わなかった。

「ぼく、明日も当番です。来週も3日は当番あります。だから……」
 ただ静かにそう言ってくれた。


 次の日自然と図書室に明日が向いた。

 彼はカウンターの中にいた。

 その姿をみてなんだかホッとした。


 近づいて話しかけた。
 彼は記録ノートを書いていた。


 (また面倒なことになった)

 小さくため息をつく。


 
「それって、昨日ぼくがきてることもカウントされてる?」
 せっかくの休憩室がなくなった。そう思ったら冷たい声が出た。


「先輩、座って本読んでないので……。カウントしなくていいかなって」
 彼は目線を彷徨わせながらこう言った。


 (えっ?なにそれ)

 心の中で盛大にずっこけた。

 座って本を読んでないからカウントしない。

 (まさかそんな風に言われるとは思ってなかった)

 翠が気に入ったのはこんか所なのかも。
 不意にそう思った。


 彼は、ぼくに記録をきちんと付けてないことを怒られると思ったらしくまた謝ってきた。

 そんなことで怒るわけがない。
 思わず笑みが溢れる。

 (うん。なんかいい。この子)

 そう思ったらカウンターに近づいて身を乗り出して彼に話しかけてた。


「そんなきみにちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
 ぼくが近づいたらわかりやすくビクッとなる。


 (この子は、ぼくのこと興味を持ってなさそうだ)

 その態度に安心感を覚える。
 

「ぼくは、これからも座らないし本を読まない。いいかな?」
 彼にそう持ちかけてみた。


 (この子はなんて答えるんだろう?)


 これまで感じたことのないワクワクが胸に広がる。


 一瞬だけ目を大きく見開いた後に少しだけ笑顔を見せた彼。


「はい。先輩は、座って本読んでないのでカウントはできないです」

 
 (うん。この子いい)


 時計に目をやるとそろそろ部活に出ないとまずい時間になってた。

「あっ、今日はここまでか。きみ来週はいつ?」
「来週は、水木金です」
「わかった。じゃあ、また」

 そのまま図書室を出た。


 扉に少しだけ背をつける。

 そのまま笑顔になる。

 (いい。あの子の雰囲気いいな)

 それからぼくはあえて、あの子がいる日を選んで図書室に足を運ぶようになった。


 挨拶だけして、ぼくは人に見えない奥の角にいく。

 床に座る。
 ひんやりして気持ちいい。

 たまに聞こえる彼が作業してる音。
 それ以外は何も聞こえない。

 でも。

 (人の気配があるのに今の方が安心できる)

 帰りも挨拶をしてそのまま図書室を出る。

 それの繰り返し。


 週に1回だけ、カウンターに行き彼に声をかける。
「来週も同じ、水木金?」

 その後に記録ノートを指差す。

「記録ノートは今日はゼロ?」
 そう聞いてみる。

「はい。今日もゼロです。昨日もゼロでした」
 彼は笑いながらそう答える。

 話すことはそれだけ。
 なのに前よりも図書室にいくのが楽しみになった。

 それに。
 (なんだか前より息がしやすい気がする)