ときめきの向こう側


 今日最後の授業が終わり、荷物をカバンの中に片付ける。

「凛月は今日も図書館?」
 同じように荷物を片付けながら聞いてくる、すい君。

「うん。明日までは図書館行くよ」
 そう答えながら、ノートを持つ手が止まった。


 (昨日のこと、すい君に話してみる?)

 昨日図書室に来た羽柴先輩。
 なんだか、ぼくがいるのがダメだった……そんな雰囲気ですぐに帰った。

 (すい君にいう?)

 首を横に振る。

 (すい君を困らせるだけだし、だめ)

 小さく頷いてノートをカバンに入れた。

「凛月?何かある?」
 立ち上がりながらぼくに声をかけてくれるすい君。

「ううん。ないよ。また明日」
 すい君に手を振る。
 
 すい君は手を振り返してくれてそのまま教室から出て行った。

 カバンの中にある貝殻のキーホルダーをそっと握る。

 (大丈夫。昨日はたまたま。気にしない。気にしない)

 そうゆっくりと心の中で唱えた。

 貝殻のキーホルダーから手を離してカバンを締める。

 椅子から立ち上がって図書室に向かった。


 し——んとしてる図書室。

 今日はぼく1人。

 新しく入荷した雑誌を確認しながらパソコンに打ち込んでいく。

 カチカチカチ。

 キーボードを打つ音が響く。

「あっ、この雑誌は」

 ポツリと出た言葉も響く。
 慌てて口を押さえる。

 ぼくが読みたかったネイルの雑誌と小物特集の雑誌が入ってきてる。

 明日これを読めるかな。
 そう思ったら少しだけ心が弾んだ。

 その後も作業を続ける。


 ギィ。ガチャン。


 ビクッと身体が動く。


 (えっ、なに。誰かきた?)


 誰も来ないと思ってた図書室に足音が響く。


 (昨日の引き続き誰?)

 ビクビクしながら顔を上げた。


「あっ」

 声が出て咄嗟に手で口をふさぐ。

 (りつのばか。昨日の声を出して先輩に嫌がられたのに)

 そのまま視線をカウンターの机に落として先輩の方を見ないようにする。


 (ごめんなさい。声はもう出しません。先輩のことも見ません)


 下を向いて、作業が終わった本をマーカーで印をつける作業に徹する。


 (昨日きっとぼくが見たのがだめだったんだ)


 あれから帰ってからも考えて。

 そう思った。


 (次にもし先輩が来ても声を出さない。見ないと決めたのに)


 まさか今日来ると思ってなくて思わず声が出てしまった。

 でも。
 手ですぐに塞いだし、今は下を向いたし、次に扉が開く音がするまでは顔を上げない。

 だから、きっと大丈夫。


 頭の中に貝殻のキーホルダーを思い浮かべて胸をトントンと撫でる。


 (大丈夫。きっと先輩はぼくに気がついてない)


 そう言い聞かせる。

 ぱたぱたぱた。

 静かな空間に先輩の足音が響く。

 なんだか、今日はいつも以上に音が響いてる。
 そんな気がする。


 (先輩早く帰ってよぉ)

 借りたいものを借りたら帰ると思ってたのに……。
 扉を開く音がしない。


 (りつ……いつまでこうしてたらいいのぉ)


 顔をあげる?

 いやでも、先輩がたまたまいたらまた先輩に嫌な気持ちにさせるから。
 ぐるぐる頭の中で考える。

 トントン。


 机を叩く音。

「きみ、ちょっといい?」
 上から声が聞こえた。

 えっ……。

 (顔……あげてもいいの?)

 恐る恐る顔をあげてみる。


 カウンターの前に先輩が立ってた。

「あっ」
 言葉に詰まって声が出ない。

 先輩は、そんなぼくを見てふっと笑った。

「ごめん。きみを困らせてるのはぼくだよね?昨日は態度悪くてごめんね」
 先輩はそう言って両手を顔の前に持ってきてごめんのポーズを取った。

「あっ、いや」
「ごめんね。ぼくがきみを怖がらせてるね」

 少しだけ困った顔の先輩。

「ごめんなさい。昨日ぼくが先輩の名前を呼んだから」
 ぼくも先輩に謝る。


(あっ、ぼく椅子に座ったまま。先輩に失礼だ)

 咄嗟に立ち上がる。

「えっ?なに?」
 びっくりした顔をする先輩。

「先輩なのに、座って謝って……ごめんなさい」
 立ったまま頭をもう一度さげる。


「あっ、待って。顔を上げて違うから」
 頭の上から慌てた声の先輩。


 (顔あげていいの?先輩怒ってない?)


 恐る恐る顔をあげる。

 ほっぺを掻きながら困った顔してる先輩。

「きみは座ってていいから。図書委員なんだし」

 先輩は座ってとジェスチャーをする。

 (ここで座らないのも失礼だよね)

 心の中でそう言いながら座ってみる。

 先輩は頷いて、口を開く。

「改めて。きみは何も悪くないし、きみが謝る必要はない。昨日はぼくが悪かった」

 先輩は静かにそう言った。
 そしてまた口を開こうか悩んでる先輩。

 黙って先輩を見つめる。

「図書室はぼくの休憩場所なんだ。だから……人にバレたのかと思って少し警戒した」

 ポツリとそう呟いた先輩。

 (先輩でも、逃げたくなることあるんだ)

「でもきみはぼくが来てることを知ってるわけじゃなくて図書委員として、ただここにいたのにぼくが勝手に勘違いしたんだ。だからごめんね」

 そう言ってまた頭を下げてくれる先輩。

「あっ……いえ」
 何も気の利いたことを言えないぼく。

 でも。

「あの」
 手をぎゅっと握り締めて口を開いて先輩を見る。

 先輩は静かにぼくのことを見つめてる。
「ぼく、明日も当番です。来週も3日は当番あります。だから……」

 (来てください?いやでもそれは変だよね?)

 心の中でなんと言えばいいのか悩む。

 先輩はそんなぼくをみて静かに笑った。

「うん。ありがとう。明日また来る。その時に来週の当番を教えて」
 優しい声でそう言ってくれた。

「はい」
「うん。そうじゃあ」

 片手をあげて、扉の方に向きを変えた先輩。
 そのまま振り返ることなく扉から出て行った。


 またし——んとした空間に戻った。

 ぼく1人の空気。

 (先輩……明日も来るのかな)

 ぴょん。

 胸が少しだけ跳ねた。

 そんな気がした。