図書室のドアを閉めて、そのまま足を止める。
頭の中にあの日の会話が浮かんできた。
ドタドタ。
ガチャ。
「歩実くん。教室まで来ないで」
扉の前に腕を組んで立っているのは翠。
語気が強い。
(これは、かなり怒ってるな)
「ごめん。今年ちょっと部員が弱そうで翠が入ってくれたらと思って」
ペンをノートの上に置いて、手を顔の前で合わせる。
ようやく翠が腕を下ろした。
「この前も言ったけど、ぼくはサッカーやめた。だから部活はしない」
「うん。わかってる。もう言わないから」
これ以上怒らせないように、両手をあげて諦めたのポーズを取る。
翠が部屋に入ってきて、ぼくのベッドの上に座った。
「まぁ。分かってくれたならいいけど」
「うん。ごめんね。もう言わないから」
身体の向きをベッドの方に変えてもう一度きちんと謝る。
「だいたい、有名な羽柴先輩が教室に来たらその後面倒なことになるぐらいわかってよ」
口を尖らせる翠。
(不機嫌の理由はこっちか)
「ぼくたちが幼なじみなのって有名じゃないの?」
首を傾げて聞いてみる。
「一部では!有名。でも知らない人もいる。めんどくさいのに巻き込まれたくない」
昔からはっきりとしてる翠はとにかくめんどくさいことを嫌う。
「翠ちょっと失礼だよ!ぼくのことめんどくさいとか言って」
笑いながら翠にそう伝えてみる。
「羽柴先輩と関わりあるとかわかればめんどくさいこと必須。クラス委員にもなったしほんとついてない」
翠の不満の理由は他にもあるみたいだな。とあたりをつけて余計なことを言わずに黙って聞いておく。
「翠は、あの子と仲良いの?」
昼間の光景を思い出し、なんとなく気になったことを聞いてみる。
「あの子?あぁ。凛月ね。まあ」
あの翠が仲良いことを肯定してる。
思わず目を見開いた。
「うそ。翠が」
静かな部屋にぼくの声が響く。
「一緒にいて居心地がいいよ。凛月は無理に暴かないから」
またしても翠の口から意外な言葉が出てきて、目を見開く。
「翠がそんなこと言うなんて、珍しい」
「うん。凛月のことは気に入ってる」
その発言にちょっとだけ眉を寄せる。
「大丈夫その子?怪しくはない?」
「まぁみんなから大人気の羽柴先輩には、良さは分からないかもね」
棘を含んだ翠の言葉。
「なんだか、今日はぼくに棘があるね」
「あんまりいい子ちゃんを、演じすぎると人を見誤るってこともあるよ」
それだけ言って翠は立ち上がって部屋から出て行った。
図書室にいたあの子。
翠は警戒してないみたいだった。
でも。
これまで誰もいなかった図書室にあの子はいた。
(ぼくがここを居場所にしてるのがバレた?)
一瞬そんな考えが頭の中をかすめた。
あの子は特に自分からぼくに話しかけることなかった。
聞かれたことにだけ静かに答えてた。
それでも……。
面倒だなと思った。
この子がこれから図書室にいるんだったら、ぼくはここで休憩は取らない方がいいのかもしれない。
彼を信用するだけのものは今はない。
だから図書室をそのまま出た。
でも。
翠の言葉が引っかかる。
あの翠が隣にいることを許してる子。
(気難しい翠がご飯まで一緒に食べてる)
そして、翠自身が気に入ってると言い切る子。
(悪い子じゃないのかも?)
その考えが胸をよぎる。
入学式のあの日、門を閉めようと思ったら大声で走ってきたあの子。
(めんどうなことになったな)
小さく息を吐いた。
校門を閉める手を止めた。
(このまま閉めたら……)
頭の中で、この後を想像してみる。
(副会長としてまずい)
いい先輩を演じるために、笑顔を作った。
ぼくの顔をみても態度が変わらなかったあの子。
それどころか、少しだけ怯えてるように感じた。
(だからあの時勝手に手が伸びた)
気がついたらあの子の頭を撫でてた。
下を向き、手のひらをみる。
なんであの時あんなことしたんだろう。
今更ながらに自分の行動に首をひねる。
あの日ぼくは少しおかしかったのかもしれない。
わざわざ自己紹介をして、クラスまで連れて行ってあげた。
クラスまで連れて行くのは副会長として当たり前だ。
でも。
また首を傾げる。
(なんで、あのときわざわざ自分から名乗ったんだ)
自分の行動がよく分からない。
振り返って図書室の扉をみる。
(あの子に悪いことしたかな)
あの帰り方だと、あの子がいたから帰った。そんな風に感じたかもしれない。
そう思ったらすこしだけ、胸がちくっとした。
(明日……また行ってみるか)
明日もいると行ってたし、今日はこのまま帰ろう。
そして明日出直そう。
小さく頷いて、また図書室の扉を背を向けた。
そのままサッカー部に行くために足を進めた。



