ときめきの向こう側


「凛月、今日は図書室の日?」
 トマトをお箸で摘んだすいくんにそう聞かれる。

「そう。今週は明後日まで毎日行くよ」

 口に入ってるものを飲み込んでぼくは答えた。

 すいくんとは、あれから気がついたら一緒にいる。
 お昼もすいくんが声をかけてくれて自然と毎日一緒に食べてる。

「図書委員そこまで真面目にしてるの凛月ぐらいじゃないの?」
 すいくんからそう言われ、笑われる。

「正確には、ぼくともう1人真面目にしてる人がいるよ」
 机に視線を落としてポツリと呟く。

「まぁ凛月は図書室行くのが楽しそうだからいいけど。無理しすぎないように」
 すいくんは卵焼きを口に入れながらそう言ってくれた。


 (ぼくが無理やりさせられてないから心配してくれてるんだ)


 すいくんなりの優しさが温かい。

「ありがとう。ぼく図書室が好きだし無理してないよ」
 すいくんを見てそう言ったら、すいくんは頷きながら笑ってくれた。

 ザワザワした教室の中でここだけが、静かでゆっくりした時間が流れてる気がする。

 しばらくお互い無言でご飯を食べる。
 でもちっとも嫌じゃない。

 そのとき。

「翠——!」

 教室の入り口が騒がしくなったと思ったらすいくんを呼ぶ声が聞こえた。

 ぼくはびっくりしてすいくんをみた。
 すいくんはチラリと入り口を見てそのままお弁当に視線を戻した。

「すいくん。呼ばれてるよ?」
 小声ですいくんに声をかける。

「ああ。関わると厄介だからいいよ」
 そう言ってまたご飯を口に入れた。


「翠!お前ぼくが呼んでるのに」

 ぼくたちの隣に声の人は来ていた。

 顔をあげてその人を見た。
「あっ……」


 (はしばせんぱい)

 先輩は、すいくんに向かって話しかけてる。

「歩実くんの言いたいこと、分かるからめんどくさい」
 すいくんは、ちらっと先輩の方を向いてまたご飯を食べ始める。

 周りはきゃー。と騒がしさが増えていく。

「分かってんなら諦めてよ」
「ヤダ」

「翠が来ると思ってたのに」
「無理。諦めて」

 先輩に気安く話してるすいくん。

 (どんな関係なんだろ)

 びっくりして2人のやり取りを眺めてた。その時、先輩がぼくの方をちらっとみた。

 見られたことで、体がビクッとする。

「あれぇ?君は。入学式の時の」
 先輩がぼくの顔を見てそう口にした。

「あっ、はい。こんにちは」

 先輩に見られてびっくりしながらも挨拶を口にする。

「はいはい。凛月がびっくりするから。歩実くんはもう帰って。話はまた今度」
 すいくんは椅子から立ち上がって、先輩の背中を押して教室から廊下に連れて行ってる。

 そのまま先輩に手を振ってぼくの隣に戻ってきた。
 お箸を持ちそのままご飯を再開するすいくん。

「すいくんいいの?大事なお話じゃないの?」

 先輩がまだ廊下にいるから話しかけようと人だかりができてる。

 外が騒がしくて教室が静かに感じる。

「あ——。ぼくにサッカー部入れって勧誘」
 めんどくさそうにそう答えるすいくん。

「すいくんサッカーしてたの?」
 お箸を持つ手にぎゅっと力が入った。

「まぁ。中学までね。高校からはしないって決めてるんだ」

 キッパリと言い切ったすいくん。

 これ以上踏み込んだらいけない気がしてぼくは口を開くのをやめた。
 ぼくの様子を見てたすいくんが笑いながら口を開く。

「凛月はどかどか踏み込んでこない。そこがぼくは好きだよ」
 そんな風に言ってくれた。

「聞かれたくないことって……あるから」
 ぼくはお弁当箱を見ながらちいさく呟いた。

「うん。だから凛月はいいんだよ。ぼくはね、将来の目標があるから高校からは全力で勉強するんだ。だから部活はしないそう決めてる」

 前を見据えたしっかりとした目のすいくん。


 (強い人だな)


「すいくん、すごいね。頑張って」

 
 ぼくは好きなことを隠してる。

 すいくんとは反対だ。

 頭の中に貝殻のキーホルダーが浮かんでは消える。


 カウンターで今日のお昼の出来事を思い返す。

 目標に向かって頑張ってるすいくん。
 反対にぼくは隠れてここで好きな雑誌を読むしかできない。


 (ぼくは、弱虫だ)


 過去の記憶が蘇る。

 ぎゅっと目をつぶってやり過ごす。

 ガラっ。

 静かな図書室に響く音にビクッとして目を開く。

 図書室の扉に人影。

 その人はどんどん中に入ってくる。

 (はしばせんぱいだ)

「あっ。先輩」

 口からこぼれた声は図書室に響いた。

 ぼくの声が聞こえたのか、先輩はカウンターをみた。

 首を傾げてそのままカウンターまで歩いてくる。

「あれ?君は」

 頭を下げる。
 
「今日はよく会うね」

 そう言って先輩は笑った。

「君は今日当番?」
 先輩がぼくにそう聞いてきた。

「はい」
「図書委員?」
「はい」

 はいとしか言えないぼく。

 (もっと気の利いたこと話せたらいいのに……)

「そっか。他には?図書委員いる?」

 先輩の質問の意図がわからなくて首を傾げる。

「ぼくともう1人いますけど……」
「うわぁ……今年は真面目ちゃんが2人か」

 なんだかここにいるのがダメな気がして口を閉じる。

「君は次いつ?」
「明後日はいます」
「そう。わかった」

 そう言って先輩はそのまま図書室を出て行った。
 
 本を借りるつもりだったんじゃないのかな?
 先輩何しに来たんだろ?

 でも……。

 口からちいさな息が溢れた。

 (ぼくがいるのがダメだったみたい)