「ふぅ——」
ペンを置いて、両手を上げて伸びをする。
そのまま椅子の背もたれに体を預ける。
あと少し。
参考書の横に置いた貝殻がついたシャープペンシル。
それに視線を向ける。
凛月とクレープを食べた後、凛月が好きだと言うお店に入った。
凛月がいつも身につけてるのに似た貝殻のキーホルダーやメモ帳が置いてあった。
それをみて目を輝かやかせる凛月。
凛月が手に取って悩んでたシャープペンシルをヒョイっと手に取り、もう一本追加してレジに持って行った。
そのまま買い、一本凛月に渡した。
そして家に帰り、ぼんやりと考えていたことを実行するために両親の元に向かった。
あの日両親と約束したことを達成させるためも今は頑張るしかない。
凛月にも会えてない。
でも。
目に入ってる貝殻がついたシャープペンシル。
(これがあるから凛月がそばにいる気がする)
トントン。
扉をノックする音。
ガチャ。
「歩実くん入っていい」
そこには翠がいた。
「うん。いいよ」
椅子を回転させ、翠に向き合う。
ぼくの元に歩いてきて、小さな袋をぼくに渡してくる翠。
受け取りそのまま袋を開けた。
合格祈願のお守り。
「ありがとう」
顔を上げて翠を見てお礼を言う。
「明日は流石にと思って。一日早いけど、頑張って」
少しだけ緊張した顔の翠。
心配させたくなくて、立ち上がって翠の肩を叩く。
「大丈夫だよ。ぼくなんだから」
(翠の方が肩に力が入ってる)
かなり心配させてるな。
「うん。歩実くんなら大丈夫だと思う」
「でも……」
そう言って唇を閉じる翠。
「うん。翠も心配させたね。でも大丈夫。ぼくがきちんと考えて決めたことだよ」
翠の目を見てしっかり頷く。
口を開いては閉じる。を繰り返す翠。
「でも……いいの?歩実くんは……」
絞り出すような声を出す。
「心配させたね。うん。ぼくは大丈夫。それにぼくが交渉したんだよ」
もう一度翠の肩を叩く。
じっとぼくの顔を見てる翠。
「ぼくが、『代議士にはなりません。でも最高峰の大学に行き弁護士になります。この家の役に立ちます』そう言って勝ち取ったんだよ」
少しだけ目を大きく開く翠。
「それにね、あの大学に合格したら家を出て一人暮らしをする許可ももぎ取ったんだ。だから大丈夫」
まだ少しだけ疑わしそうな顔をする翠。
ぼくは翠から離れて椅子に戻って座る。
「逃げずにぼくが選んで決めた。だから翠……大丈夫」
もう一度、力強い声で翠に言う。
部屋に沈黙が落ちる。
「うん。歩実くんが考え決めたんなら。それがいいね」
頷きながらぼくの元に歩いてくる翠。
そのまま右手をぼくに差し出す。
「頑張って。歩実くんならやれる」
そう言ってくれた。
ぼくも翠の手を握り返して「任せて」そう言って笑った。
翠が手を離しそのままぼくの机に視線が向いた。
「あれって……」
小さく呟く翠。
「ん?何かある?」
翠が視線を向けてる先は参考書があるだけ。
黙って首を振る翠。
「なるほどね」
呟いてそのまま頷いてる。
そしてぼくの顔をしっかり見つめてきた。
「歩実くんには借りがある。生徒会に参加しなくていいの歩実くんのおかげだから。必ず借りは返すから待ってて。じゃあ」
そう一気に言って翠はそのまま部屋を出て行った。
(最後のなんだろう?)
首を傾げてみるもわからない。
(まぁ。いっか)
あの日、両親と代議士にならない代わりに弁護士になって羽柴の家の役に立つこと。
さらに最高峰の大学に行くこと。そこに合格したら一人暮らしをすること。
話をして両親から約束を取りつけた。
最高峰の大学に行き、弁護士になるんなら悪くない。そう判断したらしい。
(まさかあれだけ嫌ってた羽柴の家を利用する日が来るなんて)
自分で思い出してクスッと笑う。
(これも全て凛月のおかげ)
貝殻のシャープペンシルを手に取る。
凛月と出会ってからぼくは変わった。
息ができるようになった。
いつの間にか凛月に会いに図書室に向かうようになってた。
そして。
昔は羽柴の家の重圧に逃げ出したくなり、小さな抵抗しかできなかった。
でも今は。
その羽柴の名前を使って交渉する道を覚えることができた。
(凛月といるために自由を選ぶ道を作れた)
弁護士を選んだ理由は凛月。
凛月が好きなものを好きでいれるために。
凛月がもう好きなものを我慢しない世界で生きられるように。
(凛月の好きを守る時に必ず法律の知識は味方になる)
我ながらあまりの重すぎる動機。
自分でも、重すぎに気持ちに苦笑いをしそうになる。
しばらく貝殻の部分を撫でる。
そのまま、ふっと頬を緩めて笑う。
(凛月のためじゃなければここまで頑張れないな)
でも。
(凛月のおかげで、家を逆手に取ることができた)
凛月の笑顔が頭に浮かんでくる。
(無事に受験終わったら)
(凛月にきちんと気持ちを伝えよう)
「よしっ。あと一息頑張るか」
小さく呟いて貝殻のシャープペンシルを撫で、それを参考書の隣に置く。
そして、ノートの上にペンを手に取り、最後の追い込みに入った。



