ときめきの向こう側


「やばい。やばい」

 必死に足を走らせる。
 高校の入学式の日に家族全員で寝坊した。
 

「凛月!時間——!」

 ママの声でベッドから飛び起きた。

 枕元のスマホを手に取る。スマホは、すでに家を出る時間を過ぎていた。

「ママ!やばい!りつ寝坊した!」
 叫びながら、階段を駆け降りる。

 パパとママもパジャマ姿でリビングにいた。

「パパとママも今起きたの。とりあえず凛月先に行きなさい」

 慌てて支度をして家を飛び出した。


 あと少しで校門。間に合いそう。すこしだけ、足の回転が緩まった。

 その時、1人の男の人が門を閉めはじめた。


「まってぇ——閉めないで——」

 大声を出して、スピードをあげる。

 (りつ。大声出しちゃった……)

 普段出さないような声が出て自分でもビクッとなる。


 ぼくの声に気がついて、校門を閉めるのをやめてくれた。

「大丈夫だよ。慌てなくて」
 そう大声で返してくれた。


 なんとか校門に滑り込んだ。

 両手を膝について、息を整える。


「慌てなくていいよ。ゆっくり息をして」
 頭の上からそう声が聞こえる。

 
 ゆっくりと顔をあげる。


 (わぁ……綺麗な顔)

 太陽の光に負けないぐらい、キラキラ周りが輝いてる。

「ごめっ……こほっこほっ」

 慌てて立ちあがろうとして咳き込む。


「大丈夫。まだ時間あるから、慌てないで」
 ぼくにゆっくり近づいてきて、背中を優しく摩ってくれる。

 (背中……温かい)

 ぬくもりに少しずつ気持ちが落ち着いていく。

「ごめんなさい。遅刻しそうで」


 ようやく落ち着いた。背中をさすってくれたお礼を伝える。

「うん。慌てなくて大丈夫。」
 ぼくの頭をポンポンと撫でてくれる。


 優しい顔で笑ってくれる。

「きみ名前は?」
「雪咲凛月(ゆきざきりつ)です」

 名前を伝えた。

 その人は、ポケットから取り出した紙をみて、「あっ1年2組だね。わかった。じゃあ行こうか」
 そう言ってぼくに校内を指さして歩き始めた。

「ぼくは、二年生の羽柴歩実(はしばあゆみ)です。あそこにいたのがぼくでよかったね」
 そんな風に笑ってくれた。


 とくんっ。
 胸が鳴った。


 (走ってきてドキドキしたかな?)


 クラスまで一緒に行ってくれた。

「ありがとうございます」
 先輩に頭を下げる。

 廊下と教室が、ザワザワとしてる。

 先輩は、「じゃあね」と言って手を振って廊下を進んで行った。


「雪咲お前、羽柴先輩と知り合い?」
 中学の同級生がぼくの元にやってきた。

「羽柴先輩?」

 (あっ……そういえばさっき名前教えてくれたかも)

「なんだ。お前知らないの。あの先輩超有名人だぜ。知りたいなら紹介してもらおうかと思ったのによ」
 それだけ言ってぼくから離れた。

 クラスに入って、自分の席に座る。
 周りは少しずつかたまりができてる。

 カバンの中に入れてる、貝殻のキーホルダーをそっと握る。

 (大丈夫。ここでもうまくやれる)


 ぼくは、昔からキラキラしたものや可愛いものが大好きだった。

 メイクやネイルにも興味があった。
 お店でネイルを手に取ってるのを同級生に見つかった。

 お前名前も女みたいだから、好きなのも女みたいなんだ。

 そう言われた。

 自分のことをりつと呼んでた。

 それも、やっぱり女みたいなのが好きだから自分のことりつなんて呼ぶんだ。気持ちわりぃな。
 そう言われた。


 それから、好きなものを隠して家の中でひっそり楽しむようにした。
 人前では『ぼく』そう呼ぶように練習した。

 高校でも、そうやって自分を隠してうまくやっていかなきゃいけない。

 (大丈夫。大丈夫。りつならやれる)

 貝殻のキーホルダーを握りしめてそう自分に言い聞かせる。


 担任の先生が教室に入ってきた。
 注意事項の話があり、そのまま入学式に参加するために廊下に出た。

 パパとママ間に合ったかな。と心配しながらも体育館で入学式に参加する。

 淡々と行われる進行に少しだけ眠たくなる。

 きゃ——。

 女の子たちのざわざわとした騒ぎ声に少しだけ眠気が醒めてくる。

 壇上を見たら、数人の制服を着た人たちが並んでる。

「ここで、生徒会を紹介します」
 マイクからそんな声が聞こえてくる。

 生徒会か。ぼくには関係ないな。
 そんな感想を抱く。

 ぼんやりと壇上を眺めていたら、ひとつだけスポットライトを浴びたように輝いてる場所がある。

 あれ?あそこだけなんか光ってみえる。
 そこに立ってる人の周りだけ空気が違う。

 遠目なのではっきりは見えない。

 その場所だけをじっ——と眺めてた。

 生徒会長から紹介と挨拶が始まった。

 その後に、マイクを受け取った人。

 (あっ……スポットライトを浴びた人)

 この人がマイクを持った瞬間に、会場の空気が変わった。

 みんなのきゃ——。かっこいい——。可愛い——。

 そんなざわめきが耳の中に入ってきた。

 (なに?そんなすごい人?)

 周りの熱気にびっくりして周りをキョロキョロと見渡してしまう。


「みなさん。ご入学おめでとうございます」
 マイクを通して声が聞こえてきた。

 凛とした聴きやすい、優しい声。

 その先輩が話し出したら一瞬にして場の空気が変わった。
 みんながその人の声を聞き逃さないようにしてる。

「生徒会役員副会長の羽柴歩実です」

 (あれ?この名前って?)

 朝の先輩の名前?

 そう思って、顔を上げて壇上をみつめる。
 すこし遠くて顔の輪郭がはっきり見えない。

「みなさんが楽しい3年間を送れるよう、そうして素晴らしい高校生活を送れるよう、生徒会役員としても精一杯協力していきたいと思います。みのりある三年間を過ごしましょう」

 そう言った。
 その先輩がマイクを手放した瞬間に会場内から拍手が巻き起こる。

 (すごい。すごい先輩だったんだ)

 そっと頭に手を置く。
 優しく撫でてくれたなあの先輩。

 あの時のことを思い出す。

 とくんっ。

 また胸が鳴った。

 でも……。

 (遠い、遠い人だな)

 胸の高鳴りは一気に萎んで、すーっと冷たい風が心を吹き抜けた。