「それでは本日の主役より、一言お願いシマァァァァスッ‼」
キィーンとマイクの音が反響するほどの大声で、和田が音頭を取る。
「いや煽りうざいて」
「司会変更~」
「代打百瀬」
なぜか俺が指名されたけど、このあとのことはともかく、今は主役の阿久津よりお言葉を頂かないとだ。俺は回ってきたマイクを、阿久津に手渡した。
「えー、本日はワタクシのためにお集まりいただきー……」
「はい、おめでとーかんぱぁい」
「話聞けやぁ!」
いつものように阿久津と和田がじゃれあうと、どっと場が沸く。
「十七歳の抱負はぁ、やっぱり彼女が欲しいでぇぇぇ~す‼」
またキィーンとマイクが反響したけれど、今度はヤジは飛ばない。むしろ前のめりに「どんな子がタイプなんですかぁ!」なんて白々しい質問が飛び交っていた。
「俺のタイプは前から言ってるだろ! 百瀬みたいな女の子一択っ!」
「ひゅ~~~わかるぅ~~」
「いや、わからんだろぉ……」
阿久津は一年の頃から、事あるごとにあんなふうに言ってくるけど。あれは全然、いい意味ではない。謙遜なんかじゃなくて、本当に。
「百瀬みたいにメンタル安定してて、なんでもいいよ~って優しくしてくれる子がいーでぇす」
ほらな、やっぱり。
周りも、うんうんと頷いているけど、俺はべつに優しくなんかない。それどころか、この性格は時に大切な人を泣かせる、刃にもなる。
そもそも、あいつらが求めている女子像は、自分にとって都合のいい子ってことだ。現金すぎてなんだかなぁとも思うし。
「阿久津クン……坊主はタイプじゃないんです、ゴメンナサーイ」
わざとらしく高い声で、丁重にお断りさせていただいた。
「ぎゃははっ!また阿久津フラれてんじゃん!」
「どんまーい!」
「おい、ちげーから!百瀬がいいんじゃなくて、百瀬みたいな女の子!大事だろ、おっぱ――」
「ハイ規制入りまーっす」
ふざけてばかりで、まったく歌のターンにならない。俺たちっていつもこうだ。絶対女子には聞かせられないけど、男が何人も集まれば、気づくとこういう悪ノリになってしまうんだよな。
「ほんと阿久津ってアホだよなぁ」
隣で一人、黙ってストローに口をつけている久我に話を振った。
こういう雰囲気でも、決まって久我はクールだ。間違ってもノッてこないし、かといって嫌な顔をするわけでもない。
内心ではアホだなと俺も思われてるかもしれないけど、まあ、それは本当のことだし。
「百瀬が坊主がタイプじゃなくてよかった」
「あっはは! そこ~?」
坊主以前の問題だろ。阿久津は男だし、阿久津だって俺自身はお断りだろうし。
「どんな人がタイプなの、百瀬は」
「ぅ、え? 俺?」
長い足を組み替えた久我は、上半身を俺へと向ける。そんなふうに答えを期たぐ待されても、俺はこの類いの質問は、とても苦手なんだ。
「えーっと……好きになった子……かな?」
「……へえ。意外と遊んでるんだ、百瀬」
「全然違うよ⁉ なにを誤解してんだよ!」
「だってそれ、慣れてるやつの答えじゃん」
「そ、そうなの……⁉」
そんなこと初めて言われた。けど、この俺だぞ、ありえないだろ。久我ってもしかして、目悪い?
「なんて言ったらいいんだろうな……フィーリング?」
「ますますチャラいな」
……よし、もう黙ろう。
「そういう久我はどうなんだよ! どんな子がいいの!」
さっきも女の子に囲まれていたように、久我はリアルでも人気者だけど、SNS界隈でも、ちょっとした有名人なのだ。
美容師のお兄さんが載せる久我のカット動画は、毎回万バズしているとか。
そんな人気者なのに、久我に彼女がいるとか、いたとか、そういう話を俺は聞いたことがなかった。
この久我が選ぶ子って……いったいどんな子なんだろう。
「どんな子……? んー……背が俺より二十センチくらい低くて」
「うん」
「髪の毛やわらかそうで」
「うんうん」
「肌が白くて、黒目が大きい」
「そっか、かわいい系がいいんだ?」
「……ん、まあかわいいけど、癒し系だな」
「意外だ~。年上の彼女とかいそうなのにな!」
でも久我がこれだけクールだから、彼女までクールビューティーだったら似た者同士で案外難しかったりするのかもしれない。俺にはよくわからないけど。
「彼女いないし、同い年だよ」
「そっか、なるほどぉ」
テーブルに運ばれてきたポテトに手を伸ばし、一本を久我に渡した。
ここまで赤裸々に教えてくれるとは思わなくて、なんの面白味もない回答をしてしまった自分がちょっと恥ずかしい。せめてものお詫びだ。
「あ、久我、一個忘れてるじゃん?」
「ん? なに?」
俺はこそっと耳打ちで伝えた。
「ほ・く・ろ」
久我のほくろフェチは、他の誰かに知られていいことなのか、よくわからないから。
だけどそのことを思い出したら、急に頭の中で思い描いていた、かわいくて癒し系の女の子が、なんだか……いかがわしい雰囲気になってきたぞ?
「おい百瀬」
「ひっ! なに⁉」
急に耳元で名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。
久我はじいっと俺の首元を見つめてから、視線を持ち上げて言った。
「鎖骨のほくろ、な」
――そ、そこかぁ……!
久我のフェチって、ただのほくろじゃなかったのか。やっぱりフェチって難しいな。
「よ、よくわかりましたぁ……」
なのでもう一刻も早く、その怪しい視線はやめていただきたい……!
「ちょっと、百瀬ぇ! いつもの入れてよぉ!」
ちょうどそのとき、主役にマイクを通して命令されたので、俺は「はいはい」と返事ひとつで『いつもの』名曲を選んだ。
カラオケでの俺のスタンスは、今みたいに曲を入れろと言われたら選ぶし、誘われたら一緒に歌うけど、自ら進んでマイクを手に取ることはない。
みんなと一緒に歌うのも楽しいし、人の歌を聴いているのも好きだし。なんでも楽しめるタイプだ。
「久我は歌わないの?」
カラオケが好きだと言っていたのに、ちっとも曲を入れる気配がない。どうしたんだろう? つまらなそう……と言えばそうだけど、久我の通常運転な気もするから判断が難しい。
「ん、ポテト食ってる」
「なんだ、ポテトに夢中なのか」
それなら安心だと、俺もまたポテトに手を伸ばす。
「久我って歌もうまいからすげーよなぁ」
何度かこうしてグループで一緒にカラオケに来たことがあるけれど、久我の美声はとても記憶に残っている。あんなに色気のある童謡は、いまだかつて聴いたことがないもん。
「……俺、歌ったことあるっけ?」
「あるよ! 和田と阿久津に無茶ぶりされてさ、教育番組の体操の歌!」
「あー、あったかも……っていうか、それうまいとか下手とかなくね?」
「上手だったよ! なんかちょっと、大人の体操の歌だった」
「……ふっ……百瀬ってなんでそんなゆるいんだよ」
ゆるい、って。笑ってくれたのは嬉しいけど、絶対褒めてないじゃん、それ。
「久我も歌ってよ、また体操の歌でもいいし」
べつに場を盛り上げるためではなく、純粋に。俺は久我の歌も心待ちにしてきたから、せっかく隣の席にいてくれるのでお願いしてみた。
「……どれがいい」
「え、いいの!」
きっと一度は断られると思ったのに。久我は端末を手に取り、ランキングの一覧を表示して見せてくれた。
「……んー……っとね……」
じっくり一曲ずつ、頭に思い浮かべる。
どの曲も知っている曲なのにな。やっぱり俺は、これ!と迷わず答えることができなかった。
いつもこうだ。俺は一番を決められない。さっきの好みのタイプと同じ。
「あー……ごめん! 俺こういうの選ぶの苦手でさ~……」
笑って誤魔化したところで、久我にはお見通しだろうな。こいつ自分がないなって、やっぱり思われちゃったかな。
俺は本当に大抵のことがなんでもいいから、たまにこうして、意見を聞いてくれた相手を困らせてしまうことがある。
空気を読んで言いたいことを我慢していたり、自分の気持ちを伝えるのが苦手なわけじゃない。優柔不断……とも、ちょっと違う気がする。
たぶん、なんでもいいと思うことが、人より多い。それだけ。
だけどそういうことは、あまり周囲には理解してもらえないらしい。だから『なんでもいいよ~って優しくしてくれる子』だと思われてしまうのだ。
ぜーんぜん、そんなことないんだけど。
「……じゃあ、とりあえず全部歌うか」
「へ?」
久我はランキング上位の曲から順番に、液晶をタッチして選曲していく。
「え、ちょ、全部⁉」
「ん。全部歌うから、どれがよかったか教えて」
あっけらかんと言い放った久我の横顔は、いつになく凛々しく目に映る。
俺が決められないからって、全部歌ってくれるのか。申し訳なさと、それよりも大きな尊敬の気持ちがどっと胸に押し寄せた。
ひとつに決められないなら、全部試してみる。そういう心意気が、素直にかっこいいなと思った。
「おい久我ぁ! マイク独占すんなよ!」
「五曲だけ、五曲だけ」
「ったくー、なんだよ、めずらしいじゃん。いつも頼んだって歌わないくせに!」
「阿久津の誕生日だから祝いたいんだよ、俺だって」
「……あ、そ、そぉ? じゃあ、まあ、うん。いいよ好きなだけ歌って」
「……チョロ」
「あぁ⁉」
おちょくられた阿久津をなだめるかのように、甘い歌声が部屋に漂う。こんなの、誰も文句なんて言えないと思う。みんなが聞き入るような、極上の歌声。
「あいつ、あの顔であの歌声はマジでチートすぎ」
「女子いなくてよかったわ、命が危険だ」
みんなの言う通りだと、俺もこくこく頷く。
久我のソロライブの最後の一曲は、アニメ映画の主題歌にもなったバラードソング。包み込むような深みのある歌声に、俺もうっとりと耳を傾けた。
見上げていた久我の喉仏が、くっ、と下がった瞬間。
ぱちりと目が合う。
「この曲、好き!」
俺は久我のズボンのポケット辺りを掴んで、そう叫んでいた。
何度も聴いたことがあるはずの曲なのに、どうしてだろう。今この瞬間、久我が歌ってくれたこの曲は、他のどの曲よりも『一番』好きだって思ったんだ。
「……ん、俺も好き」
にこりと微笑んでくれた久我のソロライブは、拍手喝采で終了。
俺は飲み物を、ずい、と差し出した。
「お疲れっした!」
「ウケる、体育会系?」
そう小さく笑った久我の声は、かれている。
「声ガラガラだぁ……」
「んんっ、そう? べつに普通だけど」
いや、喉いがいがしてるじゃんか。
俺のために……は、ちょっと自意識過剰かもしれないけど。だけど俺があのとき、これ!とすぐに一曲選べていれば、久我の喉がこうなることはなかったよな。
「ちょっと待ってて……ええっと」
暗がりの中で、自分のトートバッグに手を突っ込んだ。絶対に持ってきたはずだ、今日はカラオケだから。
「あった! はい、これ!」
喉によく効く、黒糖のど飴。俺はそれを、久我の手に握らせた。
「くれんの?」
「うん!いっぱい歌ってくれてありがとう、久我」
久我はきっと、何事もスパッと決められる人だから、あのときだって心に決めた一曲があったかもしれない。
なのに俺の希望を聞いてくれて、その上決められないからって、ランキングの曲を片っ端から歌ってくれて。
とても黒糖のど飴ひとつじゃ足りない、感謝の気持ちでいっぱいだ。
「……大事にする」
「え、今! 今舐めてよ!」
「うん、あとでね」
「あとでいいの? 喉痛くないの?」
「全然いだぐない」
「あはは! 濁点ついてるってぇ!」
なのに結局久我は、のど飴の封を切ることはなかった。
バッグの小さな外ポケットに、しっかりそれをしまう姿を目撃したら、まさか本当に大事にするつもりなのかも、なんて。そんなわけないのにな。
――けど、なんかいいヤツだなぁ、久我。
俺はにんまり、その背中を見つめて思った。



