百瀬のほくろを俺だけに見せて


 土曜日の昼過ぎ。今日は阿久津の誕生日会だ。
 待ち合わせのカラオケ店の前には、謎の人だかりがある。その中心には、やっぱり久我が立っていた。

「あ、百瀬」

 よ、っと軽く手を上げた仕草とは反対に、久我の顔はとても沈んで見える。普段から表情筋が元気なタイプではないけど、今日は一段と……蝋人形のように固まっている。

「ど、どしたぁ、久我?」

 思わず駆け寄ってしまったけれど、女子たちから一斉に向けられた視線に、足がすくむ。

「あ、えっとぉ……」

 しまった、どうしよう。気まずい……。

「やっぱりな。百瀬は早く来ると思った」

 けれど久我はそんな雰囲気をものともせず、輪を抜けて俺の元まで来てくれた。今ばかりは久我が神様に見える。ここで久我にまできょとんとされたら、俺たぶん帰ってたわ。

「早いっていうか、まあ、五分前だけどね」
「俺らの中では十分早いだろ。あいつらいっつもギリだし」
「それはそう」

 そしてそれは久我も同じだったと思うんだけど。今日は一番乗りなんて、ちょっとめずらしい。

「あのー……ところで、あの子たちはいいの……?」

 いつものように俺と話してくれているのは嬉しいけど、その後ろにはまだ、チラチラと久我の様子を窺う女子の姿がある。
 彼女たちの心の内は、なんだかテレパシーのように俺には伝わってくるんだけど。久我には届いていないのかな。

「久我と話したいんじゃない?」
「俺は話すことない。あの人たちのこと知らないし」
「そんなはっきりと……」

 だけど、久我っていつもこうだ。
 あれがしたい、これが食べたい、どこへ行きたい――どんなときでも自分の考えをしっかり持っている。自分とは正反対な姿をいつも尊敬の眼差しで見ていたから、それだけはよく知ってる。

「……じゃあ、まあ、いっか」
「え?」
「先に中入っちゃおうぜ」

 久我の腕を引き、彼女たちには石っころの俺が代わりに謝った。「急いでるんです」なんてそれっぽいことを言って、彼女たちの残念そうな声にはまた、心の中で謝った。

 俺は久我の友達……と言っていいのかわからないけど、とにかく図書委員のよしみもあるし。見ず知らずの彼女たちの気持ちより、久我の気持ちを大事にしたいと思ってしまったんだ。

「なんで百瀬が謝ってんの」
「えぇ? だって、なにも言わないわけにもいかないじゃん。俺が邪魔したのも本当のことだし」

 そのままカラオケ店の入ったビルのエレベーターに乗り込むと、やっと少し肩の力が抜ける。

「はー、なんもなくてよかった」

 あんなにかわいい女の子たちがなにかしてくるとは思ってないけど、心臓がきゅっとしてたのは事実だ。そもそもああいう場面に出くわすような人生を歩んでいないから、俺にとってはかなりの非日常体験だった。

「……ありがとう、百瀬」
「ん、どういたしましてー」

 そんな改まってお礼を言ってくれるなんて、久我って案外律儀だな。

「あ、和田と阿久津も着いたって。他のみんなも駅にいるって――」

 と、続々と通知の届くスマホから、久我に視線を戻したときだった。

 ――う、うわ、また……!

 静かな圧のある目は、じっと俺の首元を狙っていた。

「だから久我ぁ! 言えってば!」
「え」
「そうやってジト~っと見るのやめろよなぁ」

 今日はなんの変哲もないただのロンTを着てきたから、そんなふうに覗かなくたって、ほくろは見えるんじゃないかと思うんだけど。

「ん!」
 
 くい、っと襟元を引き下げて、久我に鎖骨を差し出した。

「百瀬おまえ………」
「ん?」
「危ないよ、マジで」
「はぁ?」

 なにがだよ、と言いかけたところでちょうどエレベーターの扉が開く。そのとき久我は、そっと俺のシャツを元に戻して、ぽん、と首元に手を置いた。

「大事にしまっとこうな」
「……いや、待て待て? どの口が言ってんだぁ……?」

 見せろ、と目で訴えてきたのは自分のくせに。そんな涼しい顔で諭されたら、なんだか俺の立場がない。ちょっと恥ずかしいだろ、こんなの。

 けど久我は、さっきまでの蝋人形とはうってかわって、けらけらと楽しそうに笑っている。
 だからまあ、ありがたく鎖骨のほくろはしまわせてもらうことにした。