百瀬のほくろを俺だけに見せて


「みなさん、お気づきでしょうか! 今週の土曜日はなんの日ですかぁ⁉」

 白々しい阿久津の問いを、みんな一旦、聞こえないフリしている。
 普段は準備体操なんて適当に終わらすけれど、今ばかりは熱心にアキレス腱を伸ばしたりして。

「おぉーいっ! 無視すんなよぉ‼」

 ぴゃっと泣き出しそうになったところで、しかたないので俺は「ワァ、阿久津クンのお誕生日ダァ」と棒読みで答えてやった。

 体育の時間、あちこちに声を掛けて人を集めたかと思えば、自分の誕生日会のことだったのか。

「百瀬ぇぇぇ! そうだよな! 俺のお誕生日だぞ‼」
「自分で集合かけんなよ」

 肩を回しながら、和田が半笑いで言い捨てる。

 和田と阿久津は長い付き合いらしく、一年の頃、阿久津に彼を紹介されたときには、正直戸惑いが隠しきれていなかったと思う。
 耳に開いた無数のピアスホールとか、気だるげな目つきとか、あとは、いつも隣にいる久我の美形の圧もあって。だけど今では、普通によく話す友達の一人だ。

「そうやって自分から言われると、祝ってやろうって気持ちが失せんだよな」
「和田ぁ! 祝ってやろうじゃねーだろ! 祝ってやりたいって言え‼」

 阿久津はグラウンドの砂を、和田に向かって思い切り蹴り飛ばす。けれどそれは、和田の隣に立っていた久我のほうに命中した。

「……てめぇ」
「やべ! ごめんごめん! 俺じゃなくて和田が悪い!」
「なんでだよ、砂かけたのおまえだろ」

 ぎゃいぎゃい言い合う声が、そろそろ熱血漢の体育教師の耳にまで届いてしまいそうだ。そうしたら、校庭十周!とか言われかねないし。

「またいつものカラオケがいいかね~」

 どうにか話題を本筋に戻そうと、体側を伸ばしながら提案してみた。

 こういうときに行き先を決められるようなタイプではないけど、だいたい誰かの誕生日に集まるカラオケ店があって、きっと今回もそこになるはずだ。

「マジで持つべきものは百瀬~!」

 阿久津は豪快に俺の肩を組んで、ぴかーっと笑う。

「でもさ、今回はボウリングもいいなって思ってんだよな」
「あー、たしかにボウリングもいいね」
「百瀬どっちがいい?」
「え」
「おい、俺らにも聞けや」

 和田のツッコミに感謝だ。一番苦手な質問が飛んできて、俺は言葉に詰まってしまったから。

「だって百瀬は俺に優しくしてくれたもーん。和田は冷てぇからダメ、聞いてやんない!」
「だる~」

 どっち?と問いかけるように、阿久津の目が俺の様子を窺う。

「えー……っと、俺なんでもいいし……主役が決めな?」
「でたぁ、百瀬のいつものやつー!じゃあボウリングにしようぜ!」

 阿久津は屈託なくそう言って、輪の中のみんなからも同意を得ようとしている。誰も気に留めていないだろうけど、俺だけが、なんだかそこに置いてけぼりの気持ちになった。いつもの『なんでもいい病』、またやっちゃったな。

「カラオケ」

 そのとき、低い声がまた、輪に静寂をもたらす。
 大きな声じゃないのに、久我の声は一瞬で周りを黙らす、不思議な圧がある。

「カラオケだろ」

 久我は念押しするように言うと、ぺっと俺の肩から阿久津の腕を剥がした。

 そのまま隣に並ばれて、なんだか嫌な予感がする……。

「え、いや、おまえ来んの⁉」

 久我はこういう場にあまり顔を出さないレアキャラだから、阿久津が驚くのも無理はない。俺だってびっくりだ。
 なのに当の本人は、そっけなく「ん」と頷くだけ。

「マジかよ、久我来るなら女子誘っちゃう⁉」
「なんで急に~! めずらし~!」

 みんなが話しかけているっていうのに、一向に返事をしない久我。

 おそるおそる隣に顔を向けると、やっぱり。久我は、じーっと俺の首元を見ていた。

「……久我!」
「ん?」

 ん?じゃないよ。そんなに俺の鎖骨ばっかり見ていたら、さすがに怪しまれるって。

「えーと……久我って、カラオケ好きなんだ?」
「うん、好き」
「そ、そうなのかぁ」

 俺は相槌を打ちつつ、さりげなーく、人差し指で体操服の首元を引き下げる。

 これで満足だろ――そう思ったのに。

「おい、百瀬」
「わ、なに⁉」
「なにしてんの、マジで」

 久我は、せっかく引き下げた首元を、両手で隠してきやがった。

 なんだよ、見たかったんじゃないの?

「おまえがなにしてんだよ! 百瀬殺す気か!」

 傍から見ると、まるで久我が俺の首に手を掛けているようにも見えたらしい。
 和田が、ぺちん、と頭を叩くと、その手はすっと離れていく。けれど不機嫌な視線は、一向に他に向いてくれる気配がない。

「な……なに?」

 久我にだけ聞こえるくらいの声量で尋ねたとき、ちょうど集合の号令がかかった。
 みんなが散り散りになると、久我はそっと、俺の耳元に顔を寄せてくる。

「あとで」

 え、と見上げた久我の眼差しは、真剣そのもので。

「あとで、見せて」

「……い、いいけどぉ」

 まったく、なんだかなぁ。さっき見せたのに。
 いったいなにが気に入らなかったんだろう。フェチって難しいな。