「久我先輩っ‼ 彼女って、同じ学校なんですか⁉ 誰ですか⁉」
文化祭の振休明け、案の定久我は、女子に囲まれていた。
「そりゃそうなるわな」
呆れたように言った和田は、ちらりと俺を見やる。
「なぁ、リスさん?」
「う、うるさぁ……!」
久我と付き合うことになったと、和田や阿久津に話したわけじゃない。なのになぜか、二人は俺たちのことに勘づいているようだった。
「だってあの写真はなぁ、わかる人にはわかっちゃうよなぁ?」
からかわれるのは癪だけど、阿久津の言うことはもっともだった。
後夜祭が終わったあと、久我はサイリウムの腕輪を掲げたあの写真を、ストーリーに上げたのだ。……リスの絵文字をひとつ、隅っこに載せて。
「まぁまぁ、そろそろ助けてやりますか」
「だなぁ」
二人に続くように後をついていくと、近づいたところで阿久津たちは、俺と肩を組んだ。
「へー、マジ? 彼女この学校なんだぁ?」
「えー、だれだれぇ? 誰なの、久我くーん?」
わざとらしく二人は輪の真ん中に乱入していって、久我は苛立ちを閉じ込めた瞳で、俺の腕を力強く引いた。
「わぁ!」
ぽす、と胸で受け止めてくれた久我は、そのまま俺の肩を抱いて阿久津たちを睨んだあと。
「……どうだろね」
そう言って、颯爽と輪を抜けていく。
背中には痛いほどの黄色い歓声。『久我くんの雰囲気が甘い』とか、『久我先輩が笑った』とか。そんな声が聞こえた。
「はー、うっぜえ、見せつけんなよ、だるぅ」
阿久津が心底だるそうに言う。
「見せつけねーとだろ、おまえが二度と百瀬みたいな女子と付き合いたいって言わねーように」
「マジでめんどくせぇ‼」
「百瀬ぇ、なんかあったらすぐ言えよ? こいつマジでわがままキングだからぁ」
「べつに久我、わがままじゃないよ。ちょっと強引なだけっていうか、な?」
「……百瀬好き」
「なっ、なに? なんでいきなりそうなるの⁉」
そうだ、困っていることといえば、わがままよりもこっちだ。
どことどこで回路が繋がるのかわからないけど、俺がなにか言うと二言目には『好き』とか『かわいい』とか『守る……』とか宣言される。
嬉しいけど、人前ではぜひやめてほしい。恥ずかしすぎる。
「まー、お似合いですわな」
「百瀬が搾取されないか、俺はただただ心配」
二人は呆れたように俺たちを見やり、それから、おめでとうパーティーをしようと正反対のことを提案してくれて。
ごく自然に俺たちを受け入れてくれたのが、結構嬉しかった。
「……百瀬、チャイム鳴るよ」
「んあ……はぁい……」
付き合った俺たちは、また一緒に昼休みを過ごすようになった。
二人でいてもお互い好きなように過ごすから、なんだかとても落ち着く。
変わったことといえば、久我は本を読んでいても、片手か、もしくは片足で俺に触れていてくれる。だから俺も全然寂しくないし、むしろ前よりずっと昼寝の頻度が増えてしまって、この状態。
「マジで危機感が足りない」
「んー……もう起きる~……」
と、薄目を開けたときだった。
「ひっ」
首筋にやわらかな感触が押し当てられて、飛び起きた。
「な、ななな、ここ学校だけど……!」
「……そこじゃねーだろ、百瀬……」
はあ、とうなだれた久我は、何気なくぺろっと唇を舐めて、その仕草に心臓が縮み上がった。
さっき、あの唇が俺の首筋に――?
「なあ、マジでやめろってば、俺が悪かったです!」
「え? なに怒ってんの?」
しかもなんでか謝ってるし。急にどうした?
「百瀬は顔に出すぎ。そんな顔されたら期待するからマジで勘弁して」
「期待って……してるのは、俺のほうだけど……」
まだ付き合って二週間だし、まあ同性の恋人ということもあるし。そういうことはゆっくり、丁寧に進めたほうがいいのだろうと頭ではわかっているけど。
普段のスキンシップが増えたからこそ、キスはいつするんだろう、今かな、今日かな、明日の放課後かな――なんてつい期待してしまう。
節操がないとか思われたら嫌だから、まだまだ言うつもりはなかったのに。流れでつい口を滑らせてしまった。
「……俺はさ、これでも一応、百瀬が戻れなくなったら困るよなとか、いろいろ考えてるわけですよ」
「戻るって、どこに?」
「百瀬の恋愛対象は本当は女子じゃん。もし俺としてみて、変なトラウマ植え付けたらやだなとか」
……言ってることがちっともわからない。けど、久我が俺を心配してくれてるんだってことはわかった。
「戻れなくていいよ、全然」
だって俺が好きなのは久我だけだ。後にも先にも、久我だけでいい。
「あ! なんでもいいって意味のいいよじゃないからな? 久我だからいいよって意味で――んっ⁉」
言葉足らずで誤解を与えたら困るからと、補足したのに。
あっけなく俺のファーストキスが、今奪われた。
「え……待って、もう一回してほしい」
「なんでだよ……!」
「だってなんか一瞬のことで……初めてだから、ちゃんと覚えておきたいんだよ」
せっかくの好きな人との初めてのキスだ。鮮明に覚えておきたいだろ。
「……百瀬は俺を試してんの……?」
「はい?」
「いや、いい、違うんだよな、そう、だからあぶねーんだよな……」
「なにぶつぶつ言ってんだよぉ」
俺はごろんと寝転がったまま、久我の膝に突進した。
「はぁ……百瀬って変なとこ大胆で頑固なんだよなぁ」
「言ったじゃん、俺はべつに優しくないし、神でもないって」
「ふはっ、いやまあ、かなりそれに近い生物だとは思うけど」
言いながら久我は俺の脇に手を差し込んで、まるで赤ちゃんみたいに起き上がらせてくれる。言ってくれたら、自分でちゃんと起きられるのに。
なんだかさすがに情けなくて、俺はしっかり身体を起こして、コンクリートの階段の上に正座をした。
「なんか遠くね?」
久我は俺の髪を指で梳きながら、そっと引き寄せるように誘う。
少し前のめりになりながら、俺はぎゅっと目を瞑り、久我の唇を待った。
「……かわいい」
すぐそばでその声が聞こえたと同時に、唇に温もりが宿る。やわらかくて、熱くて、なんかくすぐったい。
「今度はちゃんとわかった?」
「わかりましたぁ……」
唇が離れて顔を見合わせると、なんだか妙に気恥ずかしくて。それを誤魔化すように、俺は久我の胸にすり寄った。
春にはこの場所で、毎日毎日ほくろを見せろとせがまれて。夏は暑かったけど、一緒に過ごす時間はゆるやかで落ち着いた。
それが秋になって、もうすぐ冬になる。
たったそれだけの時間しか経っていないのに、俺にとって久我はかけがえのない存在になった。もうなにものにも代えがたい、大切な存在に。
俺は俺の性格に飽き飽きしている。こんなんじゃろくな大人になれないんじゃないかと思うときだってあるし、進路も受験も将来も、今はなんにも決められていない。
それでも、きっと大丈夫だって思う。隣に久我がいてくれたら。
「好きだよ、百瀬。ほんとに好き、大好き、一生好き」
「ふは、マジ何回言うんだよ~。俺もだけど~」
「あ、ほら、ネクタイやってかないと。予鈴鳴っちゃったじゃん」
久我は俺から身体を離すと、手早くネクタイを結び直してくれる。相変わらず、俺のネクタイの結び方は上達していない。全力で久我にお世話になっているところだ。
「ありがとぉ。いつも助かってます~」
「いいよ、百瀬のネクタイは一生俺が結ぶんだし」
「………ん? それはなんか、俺が人としてまずくない?」
「全然まずくないよ、普通だよ」
「あ……そ、そぉ? じゃあまあ、お願いしちゃおっか?」
本当に普通なのかな、かなり疑問だけど。
あっという間にやっちゃうなぁ、なんて感心したそのとき、きゅっと結び目を締め上げる手が、一瞬止まった。
「あ……また、ほくろ見てるな?」
「え」
油断するとすぐこうだ。
ほくろを含めて愛してくれてるのはわかっているけど、やっぱりあまりにも情熱的な目で見られると、ちょっと妬く。……いや、自分のほくろに嫉妬するって、マジで意味わかんないけど。
俺は久我の頬を両手で挟んだら、ぐい、と強制的に俺の目の前に向かせた。
「ほくろじゃなくて、俺のこと見てってば!」
いつでも、どこでも、誰とでも楽しめる。大抵のことはなんでもいい俺だけど。
久我の目に映るのは、本当は自分だけでいいと思ってる。そういう自分勝手なやつでもあるんだぞ、俺は。
「……そんなことして……授業行かせらんなくなるけど、いいの?」
「いいじゃん、サボっちゃう?」
「そこノッてくるのか~……さすが阿久津の友達だ」
それから久我は、まだまだ俺について知らないことがあるな、と目を細めた。
「授業はサボらない。なぜかと言うと、百瀬にはすこやかでいてほしいから」
「すこやかって……たまに変だよなぁ久我」
俺だって同じだな。まだまだ久我の知らない顔が、たくさんありそうな気がする。
見つめ合っているうちに、とうとう本鈴が鳴って俺たちは慌てて立ち上がった。
「やっべ、急げ急げ」
吹きつける風は冷たく、俺たちが繋いだ手は温かい。
「……あ、今日当番だよ、久我」
「ん、そうだな。一緒に行こ」
「ん!」
この風がまた暖かくなる頃も、その次の春も、その次の春だって。
俺の隣には久我がいて、久我の隣には俺がいる。
そんな理想の日々を思い描きながら、俺たちはすこやかに手を繋いで、廊下を駆け抜けた。
【おわり】



