百瀬のほくろを俺だけに見せて


 二日目の舞台は、朝から満員御礼。
 舞台袖からその光景を見たときには、普段緊張なんてしない俺でも、さすがに心臓がバクバクした。

 それでもやっぱり、久我はさすがだ。
 堂々とそこに立って、出番でセリフを噛んだ阿久津や、捌けるときにつまずいた和田のことを、さりげなくフォローしたり。
 久我のおかげで、二日目も大成功に終わった。

「マジでサンキューな、久我!」

 バシバシと肩を叩きながら、阿久津はセリフを噛んだ自分を自嘲していた。

「あんなに客入ると思わなかったんだよ~~。だって朝一だぜ?」
「そりゃ久我が出るんだから、当然っちゃ当然だろ」
「誰だよ、久我が出るって宣伝したやつはぁ!」

 昨日と同じようにクラスTシャツに着替えながら、俺はスマホで時間を確認する。もうそろそろ春馬が着く頃だ。

「俺そろそろ行くな~」

 阿久津たちに声を掛けて、また曖昧に「あとで連絡する~」なんて口約束をして俺は校門へと向かうことにした。

 受験生の春馬は、うちの学校も志望校のひとつに入れてくれているらしい。といっても、春馬が目指しているのはバスケのスポーツ推薦で、実際の学力はもっと上を狙えるレベルだから、俺がドヤ顔で校内を案内するのも、なんだかなぁって感じだけど。
 頼まれてしまったので、まぁしかたない。

「あっ、想ちゃぁぁん!」
「あれ、すごい! 普通に入ってこれた?」
「……マジで想ちゃんさ、俺のこといくつだと思ってんの? 十五だよ? 文化祭くらい一人で来れます~~」
「あっはは、そっか、すごいなぁ~」

 そう言って春馬の頭を、わしゃわしゃ撫でまわしていたときだった。

「百瀬」

 振り向くと、そこにいたのは久我だった。

「あ! この間のカフェの!」
「あぁ……どうも」
「いつもうちの想ちゃんがお世話になってます~」

 うちの、って。叔母さんみたいなこと言うじゃん。

「………うちの?」

 ぽつりと呟いた久我の目は、見たこともないほど静かな圧を放っていた。

「あ、えと、ごめん、紹介遅れたけど、えーと……これ、春馬」
「ちょっとぉ! これって言うなよ、想ちゃぁん」

 本当だよ、これ呼ばわりは失礼だ。久我の圧にめげてしまって、なんだかうまく言葉が出てきてくれなかった。

 それに、なるべく早く、久我と春馬を引き離したい。
 春馬の泣きぼくろが、久我の琴線に触れてしまう前に……!

「あ、じゃ、じゃあ行くな! 春馬、うちの文化祭ね、校庭にも野外ステージがあって、今から軽音部がライブするんだよ」
「え、マジ⁉ 行く行く!」

 部屋でギターをかき鳴らしては叔母さんを困らせているという春馬の背を、ぐいぐいと押す。一刻も早く、春馬を遠ざけないと――。

「わ、わぁ!」

 そのとき、突然、ぐん、と身体を後ろに引っ張られる。何かと振り向くと、俺のTシャツを引っ掴んでいたのは、いつになく真剣な顔をした久我だった。

「……後夜祭、あけといて」
「え?」
「後夜祭! あけといて!」
「あ……え、う、うん!」

 あまりにも強い意志を持って言われたので、俺まで声が大きくなってしまったけど。

 後夜祭……一緒にいてくれんの? 俺と?

 信じられない気持ちで見つめていた大きな背中は、あっという間に人波に消えていく。

「……へへ」
「うわぁ、想ちゃんニヤついててきも~い」
「うるせ」

 春馬に言われて初めて、自分がニヤついていたことに気づいた。

 だって……後夜祭だぞ。
 そんなの嬉しくて、ちょっとだけ痛くて、でもやっぱり最高の気分じゃん。


 
 野外ステージに着くと、対角の場所では、今日このあと行われる後夜祭の準備が着々と進んでいるようだ。
 毎年後夜祭のメインは、体育館で行われる軽音部やダンス部のパフォーマンスだけれど、校庭ではちょっとロマンチックな企画が行われる。

「想ちゃん、あの銀色のなに?」
「今日後夜祭で使うんだって。シャボン玉めっちゃ出るらしい」
「へー! あの列はなんなの? シャボン玉装置のスイッチ押したい人の列?」
「なわけあるか!こう、なんて説明したらいいんだろう、灯篭ってわかる?」
「わかるよぉ。こう……なんて言うの、中が光るアレでしょ?」

 さすが従弟、語彙が俺とほぼ同じである。けど言いたいことは伝わっているようだった。

「そうそう。校庭の真ん中にさ、まぁるく灯篭を置くわけよ。でシャボン玉わーって」
「わーってね」
「その灯篭にメッセージが書けるんだけど、全校生徒分はないから、あれはそれを書きたくて並んでる人の列だと思うよ」
「えぇ、わざわざ? なに書くの、並んでまで」

 春馬はやわらかい喋り方をするけど、結構現実主義なところがあるんだよな。

「ちょっとしたジンクスっていうか、あの灯篭に書いた願い事は叶うって言われてて」

 でもそれは、昔、本当に灯篭の中にろうそくの火を入れていた頃の話で、その火が後夜祭が終わるまで消えなかったら、という前提条件があったらしいけど。
 昨今は火気厳禁だから、灯篭の中に入れるのはろうそくではなく、LEDライト。つまり消えることはない。ただなんとなく、いい部分だけが残ったご都合ジンクスである。

「なにそれ、安直~」
「そういうこと言うなよ、夢も希望もない……」
「想ちゃんは意外とそういうの信じるよね。占いとか」
「まあ……いいことは信じて損ないだろ?」

 ふん、と鼻で笑われた。やだもう、春馬の思春期なんて俺見たくない。

 けど、いくら鼻で笑われたって、ジンクスはあるんじゃないかと俺は思うんだ。
 なんの根拠もないジンクスだけど、ああして時間を使って、列に並んでまで叶えたいことがあるんだ。あそこに並ぶ人たちは、きっと願いを叶えるために努力する人たちだろうから、きっと叶う。だから昔から伝わるジンクスは、今も消えずに残っているんじゃないのかな、なんて。

「ねえ想ちゃん!俺ちょっと前に行ってもいい⁉」
「ん、行っといで。ここにいるから、怪我すんなよ~」
「はぁい!」

 俺は、はしゃぐ春馬を保護者のように後ろから見守っていた。

 ――……俺も、あの列並んだらよかったかなぁ……。

 これからも久我の隣にいられますように。そうやって書いたら、このごちゃまぜな気持ちも少しはすっきりして、前と同じ俺と久我で、のんびり昼休みを過ごすことができたり……したのかなぁ。