「百瀬、昼食お」
次の日の昼休み。
突然席までやってきた久我は、俺の手を引きどこかへ連れて行こうとする。
「え? いいけど……和田たちはいいの?」
「うん、いい」
「いいのかぁ」
あまりにはっきりとした物言いに、ちょっと笑ってしまった。
昼休みは、俺は阿久津と過ごすことが多いし、久我はいつメンの和田たちと過ごしているはずだ。
阿久津と和田は仲がいいから、たまにみんなで学食に行くことはあるけど……今目の前にいるのは、久我ただ一人だけ。
ちらりと和田たちのほうに目を向けると、彼らも不思議そうな顔でこちらを見やっている。
「行こ、百瀬」
久我は、もう一度俺の手を引くと、そのまま歩き出そうとする。
「あれ⁉ 待って、俺は⁉」
「……和田と食えば?」
「ひでぇ!」
そしてすでに弁当を広げ始めていた阿久津には、この返事だ。さすがにかわいそうじゃないか?
「久我もここで食えばいいじゃん」
俺がそう提案してみるけど、久我の反応はいまいちだ。これはもしかして……さっそく昨日のアレだったりして。
「……百瀬は、どこで食いたいの?」
「どこって、べつにどこでもいいけど……」
「じゃあ行こ」
「こら、百瀬ぇ! おまえまたやってんぞ!」
と阿久津に声を荒らげられて、はっとする。
やばい。また俺の『なんでもいい病』が……。
「間違った! えと、えーっと……!」
なんだ。どこだ。あ、ここって言えばいいのか。
「ダメ。時間切れ」
けれど久我は、こっちの焦りなんてお構いなしに、楽しそうに口角を吊り上げる。結局そのまま、教室から連れ出されてしまった。
「おい~……! 阿久津一人ぼっちじゃん」
「ガキじゃないんだから、大丈夫だろ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
ずんずんと歩みを進める久我の足は、渡り廊下を抜け、人気のない格技棟の前で止まった。
そしてくるりと振り向くと、じっと俺を……じゃなくて、俺の首元を見つめている。
「百瀬、ほくろ見せて」
やっぱりきたか。
「あはっ……ん、いいよ」
「なんで笑うんだよ、昨日約束しただろ?」
「わかってるってば、焦んなって~」
じりりと距離を詰められて、顔の圧がやばい。本当、こんな綺麗な顔してほくろフェチなんて、意外すぎるな。
「はい、どーぞ」
俺はボタンを三つ外して、久我に鎖骨を差し出した。
「……」
「……」
流れる沈黙の時間。
今、久我はどんな顔で、俺の鎖骨を見下ろしているんだろう。昨日みたいに目をぎらつかせて、俺のほくろを見ているんだろうか。
――あっち向いておこ……。
なんとなく、目が合ったら気まずい。そう思って、俺は明後日の方角へ顔を向ける。
ちょうどグラウンドから飛んできたボールを、男子生徒が追いかけてくるのが目に入った。
「百瀬、こっち」
「う、ぇ⁉」
そのとき突然、ぐん、と腕を引かれ、久我は俺を抱きかかえるようにして、格技棟の裏へと逃げ込んでいく。
「な、なに⁉ どうかした⁉」
「今、人来ただろ」
「うん……? なんでそれで逃げるの?」
たしかに俺も、それには気がついた。けど、だからってどうして慌てて隠れなきゃならないんだ?
べつに俺たち、なにも悪いことなんてしてないのに。
「……だめだろ、それは」
久我は、低く唸るような声でそう呟く。
「えぇ……? な、なんで……?」
問いかけに、返事はない。その代わりみたいに、久我は俺のシャツに手を伸ばすと、しっかり第一ボタンまで留めて、のぞき込むように目を合わせてきた。
「ネクタイ、結び直していい?」
「ん? いいよ、自分で――」
「俺がやりたい。百瀬苦手だろ、ネクタイ結ぶの」
「へ⁉ なんでわかんの……⁉」
情けない声で問うと、今度の質問には「見ればわかる」と即返事があった。
たしかに俺は、いまだにネクタイをうまく結べなくて、前後の長さが逆転したり、結び目が異様に大きかったり小さかったりしがちだ。
ベストやブレザーでどうにか誤魔化して、今日までやってきたけれど。
「バレてたのかぁ……」
「ふっ……かわいい」
「は⁉」
「一回解くよ」
かわいいってなんだよ、と文句を言いたかったのに。しゅるりとネクタイを解かれてしまうと、なんだか声が出なかった。
久我は右と左、長さを調節すると、細く長い指であっという間にそれを結んでいく。
「ん、できた」
「早ぁ! 職人じゃん! ありがと~」
「……ありがとは俺のセリフな」
「あはは! ネクタイ結んでもらえるなら俺も助かるし、全然いいよ」
ほくろを見せただけでお礼を言われるのも変だし、それで不格好なネクタイまで結び直してもらえるなら、俺的にはラッキーでしかない。その上久我も喜んでくれるなら、お互いウィンウィンだな――そう思ったのに。
なぜか久我は、黒い瞳で、刺すように俺を見下ろしている。
「……気をつけろよ、百瀬」
「えぇ……? なにに?」
なにに気をつければいいって言うんだ、返事がないのでよくわからないけど。
ただ久我は、間違いなく俺の目を見て、そう言った。



