百瀬のほくろを俺だけに見せて


 十月初旬。秋晴れの金曜日、いよいよ文化祭の当日を迎えた。

 明日の一般公開に向けてのリハーサルのような位置づけで、今日は生徒のみで楽しむ日だ。
 俺たちのクラスは、体育館のステージのトップバッターを飾る。
 前日練習の段階ではかなり手ごたえを感じたし、これといって大きな問題はなかった。

 正直、客席のほとんどが久我に釘付けになることは誰しもがわかっていて。
 その分肩の力を抜いてやれている。……きっと俺以外は。

「百瀬、尻尾ついてなーい! リハからちゃんとやろうよ!」
「あ、やば……! ごめんなさい!」

 慌てて自分の尻を確認すると、たしかに、くるんと可愛い尻尾がなかった。ただのしがない、男の尻しかない。

「あと、もっと旅人に近寄って! 後ろのウサギたち、きゅってなってるから!」
「す、すみませーん……!」

 練習に私情を持ち込んで迷惑を掛けまくる俺に、舞台袖から「しっかりしろよー!」とヤジが飛ぶ。あの声は、きっと阿久津だと思う。

 監督の指示に従い、俺は半歩だけ、旅人に近づいた。

「もっとこっち来れるよ」

 それを見かねた旅人役の久我は、ちょいちょいと俺を手招きする。

「あ……うん、ありがと」
「ちょっと待った待った、旅人!旅人は立ち位置変えないで! 今度は近すぎる!」
「……すみませーん」

 俺たちは顔を見合わせ、やっちまったと苦笑いする。
 近づいたり、離れたり、近づきすぎたり、また離れたり。まるで今の俺たちみたいだ。

 どこが俺と久我の、ちょうどいい場所なんだろう。

 舞台の背景に描かれた青空を眺めながら、気づけば俺はもう半歩だけ、久我のほうへ歩み寄っていた。


「久我ぁ! おまえやっぱ旅人で大正解だよ! おまえがいなきゃダメだ‼」

 闇の魔法使い・阿久津は興奮した様子で久我を褒めちぎる。まったくその通りだと、俺も何度も頷いた。

 一日目の劇は、大成功に終わった。
 旅人の久我が壇上に上がったときのどよめきは、舞台袖にいても感じるほどだったし、久我は照明を当てるより、照明が当たる場所にいるほうが絶対似合う。

「現金なやつ」

 ふ、っと軽く笑うと、久我は段ボールで作った大きなハットを脱ぐ。更衣室となっている教室でクラスTシャツに着替えたら、もう俺たちは自由の身だ。
 演劇のいいところは、飲食や展示と違って、シフトがないところ。朝一番の出番を終えた俺たちは、以後ずっと暇なのだ。

「なにから行く~? 三年のお化け屋敷?」
「とりあえず腹ごしらえじゃね」
「百瀬は?どっか行きたいとこある?」
「ん、どこでもいいよ」

 たしかに腹も減ったし、三年生のお化け屋敷はかなり本格的だと前評判がよかったから、気にもなっているし。

「……久我は? どこから行きたい?」
「……俺?」

 長い足を組んで窓の外を眺めていた久我は、俺の声にゆっくりと振り向いた。
 みんなで回ろうと約束してたわけじゃないけど、なんとなくそんな雰囲気だったから、結構自然に声を掛けられた気がするんだけど。
 返事が……一向に返ってこない。

 じいっと疑り深く俺を見やるばかりの久我に、和田が「戻ってこい」と頭を叩く。それでも久我の反応は薄かった。
 やっぱり主役って、疲れるよな。ちょっと休みたいって感じだったかも。

「俺は……」
「あ、いや、無理しなくていいよ!」

 やっと口を開いてくれたから、俺は慌ててフォローを入れたけど。久我はそのまま言葉を続けた。

「百瀬と一緒ならどこでもいい」
「……え」
「どこでもいいよ」

 ――な、なんだよ、急に……⁉

 阿久津たちだけじゃない。更衣室に残っていたクラスメイトたちも、久我の妙な発言に、こっちを見ている。

「はぁー! おまえなぁ、今はみんなで回ろって話してんだわ!」
「百瀬ポップコーン好きだよな、行く? それとも軽音のライブ?」
「おい聞けよ、こらぁ!」

 一直線に俺のもとへと向かってくる久我と、そんな久我に野次を飛ばす阿久津。それを見ているだけの和田と、ただそこに立ち尽くす俺。

「行こ、百瀬」

 目の前に立った久我の号令で、ぴっと背筋を伸ばした俺の視界は、なんだかやけに明るくなった気がした。

「だぁかぁらぁ! みんなで行くっつってんの!」

 ぎゃいぎゃい騒ぎ立てる阿久津を先頭に、俺たち四人はそろって更衣室を出た。