百瀬のほくろを俺だけに見せて


「最近、久我となんかあった?」
「……へ?」

 文化祭準備の大詰め、衣装の最終確認をしてもらっていたときだ。
 ウサ耳を着けた和田に、突然そんなふうに聞かれてしまった。

「……ん……俺が久我に、八つ当たりしちゃったんだよね」
「あは、マジ? 百瀬でもそんなふうになることあんの?」
「全然あるよ、俺のことなんだと思ってんの!」
「神」
「でたよ……」

 はあ、と呆れてため息をついてしまうほどには、よく言われることだ。
 なんでもいいよって、なんでも許してくれると周囲には誤解されているから、神だなんて言われる。全然そんなことないのに。自分勝手なイライラを久我にぶつけてしまうくらい、どうしようもない人間だぞ、俺は。

「アイツ、百瀬になにしたの? どうやったら百瀬を怒らせられんのか気になんだけど」

 気の抜けた口調で、和田はさりげなく俺の話を聞いてくれるつもりみたいだ。
 その優しさに甘えて、俺はあの日、文化祭準備で陰口を言われてイライラしていたんだ、と話した。

「あんとき俺、なんかおかしくて。ああいうこと言われるのいつものことなのに、すっごい腹立っててさ……」
「あはは、あるよな~そういうとき。で、久我が地雷踏んだと」
「地雷じゃないけど……うーん……」

 なんていうんだろうな、あの感じ。

「……ちょっと放っておいてほしい、みたいな。なんかそういう感じ?」
「あっははは! 待って、ウケる。久我に放っておいて欲しいなんて思うの、人類で百瀬以外いねーな」
「なっ……贅沢言ってるのはわかってるけど!」

 そりゃ久我にかまわれて迷惑がるなんて、贅沢だよ。だけど……あのときの俺は本当にそう思ったんだ。優しくしないで欲しい、って。

「違う違う、そういう意味じゃなくて。アイツ、めっちゃ人嫌いだろ? だから百瀬以外にかまったりしねーじゃん、って意味よ」
「そんなことないだろ……彼女、とか……いるじゃん」

 なんだかいじけた声色になったな、と気づいて、慌てて言い直した。

「ほら、彼女できたって言ってたから! だからべつに俺だけとかないよなーって話!」

 すると和田は、突然、怪訝な顔で唸り出した。

「……あー……マジ? えー、これどこまで言っていいんだろ……」
「ん? なにを?」

 なにをどこまで言うって?

「んー……いや、まぁとにかくさ? 一回ちゃんと話したほうがよさそうな気がしねえ? な? 絶対話したほうがいい、うん、絶対に」

 一人でなにに納得してるんだろう、和田も案外不思議なやつかもしれない。
 けど、和田のアドバイスはもっともだ。俺もそうしたほうがいい気がする。

 八つ当たりしてしまったことをちゃんと謝りたい。それに、彼女ができておめでとうって、ちゃんと言ってあげたい。
 そしたら俺たち、きっと元に戻れる気がするんだ。

「でも……なんかわざわざ呼び出すのも、アレかなって」

 最近の放課後は、文化祭準備で委員会活動は休みだ。昼もほくろをせがまれないから、二人きりになる機会はなくなってしまった。

「なに、そんなの超簡単だぜ。俺が呼んでやるよ」
「え?」

 ぱっと顔を輝かすと、和田は俺の頬に手を伸ばし、そしてそのまま、ネクタイの結び目あたりまでその手を動かす。

 そのときだった。

「――百瀬っ」
「わっ、え、なに⁉ 久我⁉」

 背後からがばぁっと腕を回され、身体がすっぽり久我に覆われた。
 ぐん、と後ろに引かれて、まるごと久我に体重を預ける形になってしまって。
 ドキドキ、ドキドキ、心臓が変な鳴り方をしている。

「………百瀬のネクタイ係は俺じゃん」

 耳元で聞こえた、まるでいじけた子供みたいな声。
 いつも俺のネクタイを結び直してくれること、久我は、ネクタイ係って自認してたんだ……え、どうしよう、かわいくね?

 反応に困っていた俺を見透かすかのように、久我は俺の手を引く。久我がどこへ向かおうとしているのかは、すぐにわかった。
 だけど俺は、その手を振り解くことができなかった。
 きっと教室で困ってる人がいる。俺は頭に耳カチューシャをつけたままだし、久我だって採寸の途中だったはずだ。だけど……俺は久我の強引さに甘えてしまった。

 二人に、なりたかった。

「百瀬」

 久我がまっすぐに俺を見つめてくれる。何度も名前を呼んでくれる。
 それだけで、ずっと心に開いていた穴が、少しずつ埋められていくみたいだった。

 ちゃんとあの日のことを謝って。それから彼女ができたことを祝福して。そしたら俺たちきっと、また元通りに――。

「百瀬……ほくろ、見せて?」

 なのに久我は、そんなことはどうでも良かったらしい。
 久しぶりに二人きりになれた。それに浮かれていたのは俺だけで、ここ最近の妙な距離感を気に病んでいたのも、俺だけで。

 結局久我は、俺のほくろにしか興味がないんだ。

 初めからずっとそうなのに。俺、なに勘違いしてたんだろ。
 虚しくて泣きたい。今すぐ逃げ出したいけど、そんなふうに見つめられたら逃げたくないって思うし。

 なんなんだよ、この気持ち。全然意味がわからない。