「ダメだっつってんの!」
「なんでだよ! 久我がベッド! 話は終わりだよっ!」
「なんで変なとこ頑固なんだよ、百瀬~……!」
困ったように久我は丸まって、頑なにせんべい布団の上から動こうとしない。
「じゃあもう、二人で寝る?」
「……………は?」
「だって、俺が布団で寝るのが気に入らないんでしょ? じゃあ二人でベッドで寝ればいーじゃん」
風呂から上がった俺は、母さんに言われたとおり一階の客間から布団を運んできた。
もうずいぶん使っていないからと、このせんべい布団は俺が使うように言われているのだ。だから久我にはベッドで寝てもらわなきゃ困るのに。聞き分けが悪いぞ、久我め。
「ついさっき自分でも言ってたろ、枕とか環境変わると寝れないって。俺は百瀬にすこやかでいてもらわなきゃ困るんだよ」
「すこやか……? 大丈夫だよ、ここ俺の部屋だもん」
すこやかに関しては急にどうした、と思ったけど、久我の頑なさは俺のためなんだということはわかった。だからやっぱり、解決法は二つしかない気がする。
「一緒にベッドで寝るか、久我がベッドで寝るか、そのどっちかしかないよ。どうする?」
「……百瀬、頑固すぎる」
「言ったろ、俺は優しくないって~」
「ほんとだよ、全然優しくない……」
力なくそう呟いた久我は、やっとのそのそとベッドに上がってくれた。
俺もごろん、と布団に寝転び、ベッドの上にあぐらをかいたままの久我を見上げる。
「なんか、校外学習の夜みたいだなっ」
少しだけわくわくする、久我と二人の夜。
なのに久我は「はあ!」と力強く息を吐くばかりで、ちょっと寂しかった。
深夜二時。
隣で眠っている久我を起こさないよう、俺はそろりと部屋を出た。
玄関には母さんたちの靴。いつの間にか帰ってきていたらしい。さっきからほぼ三十分おきに目が覚めているけど、気づかなかったな。
「……ふはー……」
意味もなく冷蔵庫を開けると、声にならない声を吐き出す。
俺って、睡眠に関しては結構繊細らしい。自分の部屋なら布団が変わったくらい大丈夫だろうと思っていたのに、なんだかそわそわして、うまく目が瞑れなくて。さっきから行ったり来たり、なんだかなぁって感じだ。
そおっと部屋に戻ると、月明かりで薄っすらと見える久我の大きな背中。
……もちろんそれも、俺がうまく眠れない原因のひとつかもしれないけど。
「寝れないんだろ」
「わあ!」
突然ぐるんと振り向いた久我に、とても大きな声が出てしまった。
「び、びびびっくりさせんなよぉ……!」
さっきまですやすや眠っていたはずなのに、やっぱり出たり入ったりして起こしちゃったかな。
「ふっ……百瀬って結構ビビりだよな」
「だって寝てると思ったから!」
起こしちゃって申し訳ないって気持ちと、だからってあんなふうに驚かさなくてもいいだろ、って気持ちと。
なんだかむう、ってしながら、俺がせんべい布団にもう一度潜り込もうとしたら、やっぱり。
「こっち」
「……大丈夫だってば、ちょっと目が覚めちゃっただけ」
「いーから、ほら」
優しい久我だもん、絶対そう言うと思った。
どうしよう。本当は突っぱねたい。だけど結局うまく眠れなくて久我の睡眠を妨害してるんだから、変な意地張るのも逆に迷惑だろうし……。
「うぅーん……どうしよう」
「とにかくこっち来いって。ほら」
久我は長い腕を伸ばすと、俺の手を引きベッドに誘い込む。
渋々と俺はそれに甘えて、ベッドに上がる。入れ替わるように、久我はベッドから降りようと身を乗り出した。
「え、待って」
咄嗟にシャツを引っ張ると、久我はぎょっと目を見開いてこちらを振り向く。
「あ、えーっと……」
一緒に寝よう? ……なんかそれじゃ、変なふうに聞こえそうだし。
一緒に寝たらよくない?……いや、上から目線かよって。
「えっと……一緒に寝たい……ん、だけど?」
……最悪だ。思いつく中で、一番とんでもない言い方になってしまった。
焦る俺とは対照的に、かすかに見えた久我の表情は、無。
見間違えであって欲しいと思うほど、無、だった。
「狭くない? 百瀬」
校外学習で泊まったホテルのベッドよりも、俺のベッドって小さいのかな。なんだかあのときよりもずっと……ずっと窮屈に感じる。
「いやもう……俺は全然大丈夫デス」
背中合わせで寝転がって、俺は壁の一点を見つめて思っていた。
――ダメだ、全然寝れる気しない……!
身体中の神経が今、背中側に集まっている。
少しでも動いたら、久我に触れてしまう。それのなにがまずいのか、うまく説明はできないけど、なんとなくダメな気がして。
おかしいよな。今日、映画館で手繋いだのに。
一定の間隔で冷風を吐き出すエアコンの音に耳を澄ませながら、今日一日を振り返っていた。
久我と過ごす時間は静かなのに楽しい。阿久津たちと過ごす時間とは、流れが二倍遅いような、だけど全然退屈じゃない。
もうずっとこのままでいいのにな~、なんて思う気楽さがある。
「……楽しかったなぁ」
さっきの久我のストーリーに返事するわけじゃないけど。
俺だって、すごく楽しかった。
「俺も」
「あ、ごめん、また起こした?」
「んーん」
学校にいるときとは違う。今日一緒に遊んだときとも違う。
きっと、夜、部屋に二人きりの今しか聞けない、久我のいつもより気の抜けた声だ。
俺はゆっくりと久我のほうへ寝返りを打った。その大きな背中に向かって、勝手に話し続けている。
「俺さ、まだ今日が終わってほしくないなぁって、思ってたんだ。だから、ほんとにまだ今日が続いてるの、不思議っていうか」
「………うん」
「久我とまだこうしていられるのが、結構嬉しいよ」
日付が変わっても、隣に久我がいる。だから、まだ俺の中では今日だ。今日の延長戦。
「………」
丸まった背中をにんまりと眺めていると、もぞもぞと動き出した久我は、無言で俺のほうに寝返りを打つ。
「……暑い? エアコン強くする?」
暗がりだから、しっかりと見えるわけじゃない。けどたしかに、久我の頬が少し赤くなっているような気がしたし、俺もなんか、じわじわと背中に汗をかいているような気がして。
「や、やっぱ俺、下に――」
「いいから」
久我は縋るような声で、俺の右腕をそっと掴む。
「行かなくていいから、百瀬」
まっすぐに、俺だけを見ている久我の眼差しが痛い。喉の奥が、わけもわからず熱くなる。
このどうしようもない息苦しさを、なんと呼ぶのか。
俺は知っている気がする。
けど、そんなはずない。俺と久我。ありえない組み合わせだろ。
「……ん、じゃあ、行かない」
俺は、まっすぐ久我を見つめ返した。
いつもはほくろに注がれている熱い視線が、俺の瞳を見つめている。
「……俺、この前、夢に久我が出てきたよ」
「え?」
どっと心臓がリズムを速める。
どうしてこんな話をしようと思ったんだろう。自分でもわからない。ただ、その目が俺を見てくれるのが嬉しくて。
「久我は、夢で俺のほくろになにしようとしたの?」
嬉しくて、きっと調子に乗っている。
「……答え合わせ、する?」
人差し指で、くいっとTシャツの首元を引き下げた。
久我がこれになにをしようとしたのかは、本当に知らない。けど、俺の夢での久我は、このほくろに――。
「百瀬」
「わっ……」
がばっと起き上がった久我は、勢いよく俺の上に馬乗りになった。
「前に言ったよな、そんな簡単に見せんなって」
暗闇に慣れた目で見た久我は、綺麗な顔を歪ませて、鋭く俺を見下ろしていた。
校外学習の夜よりもずっと熱を帯びた視線に、なんだか逃げたくなるような、でも、もっとそういう目で見て欲しいような。
俺、なんかおかしくなっちゃったのかな。
自分でもよくわからない。ただ、気づくと俺は、顔の横に置かれた久我の手に、自分の手を重ねていた。
「……俺が夢でなにしたかって?」
久我の細く長い指先が、そっと喉仏をなぞる。
「ほんとに答え合わせして大丈夫?」
「……んっ」
ぴくっと反応してしまった身体を、久我はただじいっと見下ろしていた。
「首って急所なのに、俺なんかに触らせて本当にいいの、百瀬」
苛立ちのようなものが滲む声色が、なぜか俺は怖いとは思えなくて。その目の奥にある熱が、怖いものだとは全然思わせてくれなくて困る。
「……ん」
こくりと頷くと、久我は小さく口を開けて、鎖骨へと顔を近づける。
俺が夢で見た光景とまったく同じだ。
夢で久我は、俺のほくろに噛みついた。久我の夢でも同じだったのか、と、痛みに備えて目を瞑ったときだ。
ほんの一瞬、なにかが触れて、あっという間に離れていく。
「――あ、っぶね……聖域、聖域」
「………へ」
久我はふと我に返ったように、俺のTシャツの襟元を正し、転がるようにベッドを降りた。
「言っただろ、だから百瀬は危ないんだって」
「え、久我」
「おやすみ、暑いから下で寝る」
久我は、そのままタオルケットに頭まで包まってしまって、もう出てきてくれなかった。
鎖骨のほくろにじんわり残る熱と、すぐに消えてしまいそうなやわらかな感触……。
――い、いま……もしかして、キス……した⁉



