「お待たせ。風呂ありがと」
開いたドアの向こうには、いつもよりさらに気だるげな久我が立っていた。
「ごめん、やっぱ短いよなぁ」
髪をかきあげる仕草だけで腹チラしてしまうくらい、俺の部屋着は久我には小さい。俺が穿けば膝丈でちょうどいいハーフパンツも、久我の長い足には寸足らずで、ショートパンツになってしまっているし。
「そう? 涼しくていいよ」
「……やっぱ久我って頭いいなぁ……」
しみじみそう思った。短いとか小さいとかネガティブなことは言わず、涼しくていいよってポジティブな言い換え。言葉って大事。
「俺も本読もうかな」
そしたら久我みたいに、素敵な言い換えができるんじゃないか。
「百瀬、児童書読んでても寝てるじゃん。図書当番のとき」
「あれは場所が悪いだけだよ、静かだと眠くなるだろ~」
「ふはっ、枕変わると寝れないって言ってたくせに」
「ガチ寝はね? 昼寝はどこでもできんの」
都合のいい特技を披露しながら、俺も風呂へと向かうべく部屋着をクローゼットから引っ張り出した。……いつものはちょっと、あまりによれよれでみすぼらしいからな。
「じゃあ、さっと入ってくるけど、リビングにいる? 俺の部屋テレビないし」
時刻は二十二時、父さんたちはまだ帰ってきていない。久我が泊まりにくることは伝えてあるから、もし鉢合わせても問題はないけど。
「本読むから、部屋で待ってていい?」
「あ、そっか! じゃあ、ゆっくり読んでて。いってきまーす」
「……ん、いってらっしゃい」
なぜか久我は、ぱっと俺から視線を外し、なにもない白い壁をじっと見つめている。
やってることは不思議だけど、久我の『いってらっしゃい』がちょっとくすぐったくて、俺はつい、それにツッコむのを忘れてしまった。
脱衣所には、嗅ぎ慣れたシャンプーの香りが充満している。
自分が毎日使っているやつなのに、なんだか……すごくいい匂いに思えて困る。
「……ぶっ!」
つい癖で、服を脱ぎながらスマホをチェックしたときだ。半裸のまま、鏡の前で思わず吹き出してしまった。
SNSの更新通知は、久我のものだったのだ。
開いてみると、久我のストーリーには、映画チケットを二枚並べた写真。今日、映画館で俺と撮ったアレだ。
その画面の端っこには、小さな文字で『たのしかった』と書かれている。
「……なぁにしてんだ、久我ぁ」
今、この瞬間、久我は俺の部屋で待ちながら、これを更新したってことだ。
本読む、って言ってたくせに。やっぱ退屈なんじゃん。
ふと視線を上げると、鏡に映った自分は本当にだらしない顔で、にまぁっと不気味に笑っていた。



