それから俺たちは結局、少し歩いたところにある、通い慣れたファミレスに入った。
映画の感想や、久我が今読んでいる本の話を教えてもらったり。それから、一緒に夜ご飯も食べた。
「そろそろ行くか。送るよ」
久我のその言葉を聞くまで、どうやら俺は一度もスマホを触っていなかったらしい。もうそんな時間か、と信じられない気持ちで、かばんからスマホを取り出す。
――あーあ……もう終わりかぁ。
元カノとのことがある前から、誰かと二人で遊ぶのはあまり得意じゃなかった。いつも、他にも誰か誘おうよ、と声を掛けるのは俺だった。
だけど、久我とはもっと一緒にいたいなと思う。まだ今日が終わってほしくなかった。
「……え」
そんな俺の願いが、まさか届いてしまったんだろうか。
「どした、百瀬?」
光らせたスマホの画面に表示されたのは、母さんからのメッセージ。
「電車、沿線火災で始発まで運休って……」
「は……? マジ?」
俺と久我は、同じ路線を使って家へ帰る。つまり二人とも帰れなくなってしまったわけだ。
こんなとき大人だったら、きっともっと、楽しいことができるんだろうけど。
俺たち未成年にとっては、結構な詰みだ。
「久我、親御さんは?」
「まだ仕事だし、うち車ないから、歩いて帰るしかねーわ」
「ありゃ……そしたら、うち来る?」
「………ん?」
「うち! 俺んち、ここからバスでも帰れるから」
やば。ちょっと声に、喜びの色が出ちゃってたかな。心配だ。
「……いや、それは――」
「泊まっていけばいいじゃん、明日だって夏休みなんだし!」
そう、俺たち未成年は、絶賛夏休み中。お泊まりしたって、なんの影響もないのだ。
ダメだ、どうしよう。どうしても口元がゆるむ。
だって、まだ今日が終わらない。
そんなの、嬉しくて笑っちゃうだろ。
「あ、コンビニ寄ろ! 歯ブラシとかはうちにあるけど、お菓子とかアイスとか買おうぜぇ」
「百瀬のご両親、好きなスイーツとかある?」
「待って、なんか手土産買ってこうとしてる? やめてよ?」
久我ってば、そんなに気を遣わないでと何度も言っているんだけど。
「ほんと、どこにでもある普通の家だからな? わざわざ手土産を持参してもらうような立派な家庭じゃないよ?」
ぴた、と足を止めた久我は、背を向けたまま呟いた。
「……なるべく、好印象を残したい」
「な、なんで……?うちの親相手に好印象残しても、いいことないと思うけど……?」
今日だって、自治会の飲み会に顔を出して、何時に帰ってくるかわからない。
そういう、ごく普通の両親だぞ。なにかVIP待遇があるわけでもないっていうのに。
久我は、両親のために本当に一生懸命に、スイーツを選んでくれたんだ。
「ありがとなぁ久我」
「いやこちらこそ」
ビニール袋がこすれる音くらいしか聞こえない、人通りの少ない夏の夜道。
何度も通ったことのあるバス停からの帰り道が、まるで今日初めて通る道みたいに思えた。
「なんか、わくわくしちゃうな」
隣に久我がいる。ただ、それだけなのに。
「お泊まり会みたいで?」
「違うよ!」
子供扱いしやがって。
「この道、いつも通るんだけどさ。久我と歩くと知らない道みたいで、わくわくすんなって」
ちらりと横目に見上げると、久我はただまっすぐ前を向いて歩いていた。
「……百瀬、危ない」
「え? なにが?」
慌てて足元に気を配ったけど、べつに犬のフンが落ちてるわけでもない。
「はぁー……危ないなぁ……」
なのに久我は、もう一度そう言って、なぜか天を仰いでいた。



