百瀬のほくろを俺だけに見せて


「いや~、迫力あったなぁ」
「よく言うよ、途中寝てたろ?」
「……まさかぁ」
「ぜってー寝てた」

 久我は涼やかに笑い、俺は「観たいって言った本人が寝るわけないじゃぁん」とか、ちょっとだけ、ふざけたりして。
 じりじりと照りつける太陽に焼かれながら、俺たちはすぐ近くのカフェに向かっていた。
 最近オープンしたばかりの人気のカフェで映画の感想を語り合ったら、そのあとは、久我の時間が許す限り、駅ビルをふらつく。よし、完璧な計画だ。
 ……と、思っていたのに。

「大行列……!」
「昼過ぎてんのにやべーな」

 久我の言う通りだ。炎天下にこの行列に並ぶのは、俺はちょっと勘弁。

「まあ、並ぶか」
「え」
「ん? 百瀬、ここ行きたいんでしょ?」

 久我は、当然のように列の最後尾に並んだ。その瞬間だった。

「えっ、あれ⁉ 想ちゃん⁉」

 懐かしい声が、背中側から聞こえる。この世で俺のことを『想ちゃん』と呼ぶ人間は、たった一人しかいない。

「春馬ぁ⁉」

 振り向くとそこに立っていたのは、やっぱり、いとこの春馬だった。
 春馬は二つ年下の、中学三年生。
 なのに久我と並んでも大差のない長身は、とても俺と血縁関係があるとは思えないけど、顔は親戚の中でも似ていると評判だ。特に笑った顔は、写真で見ると同じだなぁと思ったりする。

「まさかすぎるんだけど! こんなとこでなにしてんだよ、想ちゃぁぁぁん~!」
「や、あっつい! 暑いからちょっと離れて!」

 いつものように抱きついてきた春馬だけど、もう俺より全然大きいから、かわいいとか思えない。大男に抱きつかれて、ただただ暑いです。
 どうにか春馬を引っぺがそうとしていると、春馬の友人たちは「キャラ崩壊してね?」と苦笑いを浮かべていた。
 俺と春馬はお互いに一人っ子だから、まるで本当の兄弟のように育ってきた。
 だから俺にとって春馬って、ずっとこういう弟的存在だけど。学校だと、どうやらそうじゃないらしい。
 少なくとも男女グループでこんなところに並ぶようなリア充だとは、今日まで知らなかった。

「今年会えないかと思ってたからぁ! マジめっちゃ嬉しい!」
「わかったから、手ぇ離せって!」

 ぎゅうっと俺の背中に腕を回したまま、身体を右に左に揺らしてくる春馬。
 受験のストレスかなにか知らないけど、こんなとこで勘弁してくれ……。

「ていうか、想ちゃんの友達? すっげえイケメンっすね!」

 春馬は俺を腕に抱えたまま、久我に対してあまりに率直な感想を述べる。
 春馬のせいで久我の反応は見えないけど、たぶんまた、蝋人形のように固まっているような気がして、俺はじたばたと腕の中でもがいた。

「えっ、春馬知らねーの⁉」
「クガチャンネルの弟サンっすよね⁉ いつも参考にさせてもらってますっ!」
「本物やっばぁ、作画が違う~~」

 春馬の友人たちが口々にそう言葉を掛け、久我の「はぁ……」という、ため息混じりの返事が耳に入る。
 いつもは切れ味のよすぎる物言いなのに、こういうときは黙って時が過ぎるのを待つ。たぶん、久我なりの精いっぱいの気遣いなんだろうと思ってる。
 お兄さんの好感度を下げたくない、でも愛想を振り撒くのもなんか癪。きっとそんなふうじゃないかな。……わかんないけど。

「久我っ――」

 なんとかデカい身体を押しのけて、ぱっと久我のほうを振り向くと。
 久我は、予想とは違う表情を浮かべていた。
 ハンターのように鋭い眼差しで、春馬をじーっと見つめていたのだ。

 ――……あっ。

 俺は咄嗟に、春馬の目元を手で覆い隠していた。

「え⁉ な、なに、想ちゃん⁉ 前見えないよ!」
「あー……え、っと、ご、ごめん……?」

 どうしよう。この手は離さなきゃ。でも離したら――。
 春馬の泣きぼくろが、久我に見つかってしまう。

「想ちゃん、聞いてんのかよー!」

 春馬は俺の手首を優しく掴み、困ったようにはにかむ。
 どうしよう。見られたくない。見せたくない。
 そのうちに、今度は前に並んでいた綺麗なお姉さんが、スマホを片手に久我に話しかけてきた。話を聞いていると、久我のお兄さんのSNSをよく見ているのだとか。

「弟さんの動画は特に尺長いし、お兄さんも素って感じがたまんなくて~」
「ありがとうございます。兄に伝えときます」
「えー、しっかりしてる~! ていうかほんと、実物もすっごいイケメンだね~」
「ね、ね! 普通逆なのにね~!」

 女性たちがきゃっきゃとはしゃぐ傍ら、久我はまだ、ちらちらと春馬の様子を窺っている。やっぱり……ほくろ、好きだもんな。

「ねー想ちゃーん? 女子がこのあと一緒に遊ぼって言ってんだけどぉ……」
 甘えるような、春馬の声。

「ねぇ弟クン、写真とかって~……」
 ねだるような、お姉さんたちの声。

 じりりと照りつける灼熱の太陽。
 ちっとも進まない、長い長い行列。

 ……なんか……なんか、なぁ……。

「――久我」

 俺は思い切って久我の手を引くと、ぱっと列を抜けた。

「え、百瀬――」
「ごめん! 俺、買い物あったの思い出したんだけど、先そっち行きたい!」

 大声で叫ぶように言い、お姉さんたちにはぺこりと頭を下げ、春馬には「またな」と雑に手を振る。
 だって、なんか、楽しくない。
 久我は俺と遊んでいるのに。
 あんなの全然、楽しくないじゃんか。