百瀬のほくろを俺だけに見せて


「俺ね、これを観たいなと思って!」
「うん、いいね」
「あと席もね、真ん中がいいよね!」
「おー? 俺はどこでもいいから任せるけど」

 けれど、チケット販売機の前で目当てのアクション映画の座席表を確認すると、真ん中は綺麗に埋まってしまっていた。

「え、ど、どうしよう」

 ――やばい、俺の作戦が……!

 冷や汗をかきながら、どうしようどうしようと、必死に頭を働かせていると。

「ん? 後ろ空いてんじゃん。あ、前がいい?」
「いやどっちでも――」
「じゃあ後ろな」

 久我は慣れた手つきでささっと座席を選択すると、あっという間に支払い画面まで進めてくれた。

「あ、ここは俺払うから」
「いやなんで?」

 素で聞いてしまった。なんでだよ、ダメだろ。

「自分の分くらい払えるよ!」
「誘ってもらったし。もなか買ってきてくれたし?」
「いやいやいや、それはダメだって!」
「いいからいいから」
「ダメだって!」

 押し問答の末、結局久我の長い腕に負けて、先にスマホをかざされてしまった。

「久我ぁ!」
「うるさ~。百瀬って変なとこ頑固な」
「変じゃないよ、お金は大事だろ!」

 けれど久我はまったく気にも留めない様子で、売店まで歩いていく。その大きな背中を追いかけながら、次から次へとやってくる試練に、昨夜のシュミレーションを思い出していた。

「なんか食う?」

 ――きた!

「ポップコーン! 塩にする!」

 言えた! スパッと、切れ味抜群だったはずだ。

「ん、あともうひとつは?」
「え?」
「え? 一緒に食うっしょ? どうせなら半分違う味のがよくね?」
「そ、そうきたか……!」

 それは想定していなかった。もうひとつ……定番のキャラメルに、期間限定のパイナップル、バーベキュー味や醤油バター……バリエーションが多すぎる。

「……なんでもいいなぁ……あっ」

 やばい。結局言ってしまった。

「じゃあパイナップルな。俺あれ気になるから」

 けれど久我は、俺の発言なんて気に留める様子もなく、淡々と自分の希望を述べた。
 俺のいつもの『なんでもいい病』だと呆れることもなく、淡々と。

「久我ってやっぱすごいなぁ……」

 俺が一晩中頭の中でシミュレーションしたことを、ぶっつけ本番でできるんだもん。
 やっぱすごいわ、久我は。


 今話題の映画なだけあって、劇場内にはそれなりに人が入っていた。
 俺たちは後方の真ん中の席だったから、すでに着席している人たちに「すみません」と声を掛けながら席まで進む。

「……今の人、イケメン~」
「なんかいい匂いしたね」

 くすくす笑い合う女の子たちの声に、俺も心の中で深く同意した。
 スマートにチケットを買ってくれて、売店でもさっと決めてくれて、前を歩きつつも時折振り返りながら、俺の様子を確認してくれる。
 見た目だけじゃなくて、行動のひとつひとつがイケメンすぎるよ、久我……。

「ここか」

 座席に着くと、俺はふう、っと背もたれに寄りかかる。スクリーンには、まだ予告映像が流れていた。

「……なぁ、百瀬」
「ん?」

 薄暗い中、久我はひょいと俺の前に手のひらを出して、なにかを要求してきた。

「チケット、出して」
「ん? はい?」

 俺は言われた通り、まだ手に握り締めていたチケットを、久我に差し出した。

「じゃなくて、百瀬が持って」
「いいけど、なんで?」
「……なんとなく?」

 そう言いながら、自分のチケットと俺のチケットを並べて、なぜか写真を撮った久我。意外と映画マニアだったのかもしれない。そういえば読書家だし、通じるものがありそうな気もする。
 写真に残しておいてくれるくらい、久我にヒットしたならよかったなぁ、なんてのんびり思いながら、ポップコーンを一掴み。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。

「パイナップル、うま!」

 これは正解だ。特に塩味とのバランスが完璧。

「百瀬の好きなあまじょっぱい系だな」

 もぐもぐしながら、久我は小さな声でそう言った。

「俺より俺の好みわかってる~」

 久我は自分の好きにも、人の好きにも敏感なんだな。俺とは真逆だ。

 ――……ん?

 そのとき、じとっと懐かしい視線を感じて、おそるおそる久我のほうへと顔を向けてみると。

「あ!」

 やっぱり目が合って、何事もなかったかのように、すぐに逸らす。春、同じクラスになったばかりの頃と同じだ。

「だからそれやめろって……!」

 予告が終わり、劇場での注意事項の映像が流れだしたので、俺も一段声を下げて久我に抗議した。
 まったく、しょうがないな。久我は自分の好きにちょっと忠実すぎる。
 けど、俺は今日、何度も久我に助けられた。せめてものお礼だ。

「……ん!」

 上半身を久我のほうへ向けて、くいっと鎖骨を指差す。
 見るか?という問いかけのつもりだけど、こんなに暗いと、ほくろは見えないか?
 すると久我は、指で小さくバツを作って、無言で首を横に振った。何度も何度も、ブンブンと激しく。その姿があまりにもお茶目でおもしろくて。

「ん~?」

 目を合わせたまま、ふざけてもう一度問いかけると、とうとう久我に頭を叩かれてしまった。ひどい。でも俺も、ちょっとふざけすぎた自覚はある。

「しまっとけ!」
「ふはっ……!」

 肩を寄せ、こっそり笑い合うと、なんだか今この映画館には、俺と久我の二人きりみたいな。なんとなく、そんな気分でくすぐったかった。