八月の初旬。
百瀬家の夏の恒例行事で、長野のばあちゃんちへ行った帰りだ。
高速のサービスエリアで、ずらりと並ぶお土産を眺めていた。
「想もお友達になんか買う?」
「いや、俺は……」
もうそういう年齢でもないし、と言おうとしたけど、それはそれでちょっと痛々しい気もして。『いいのがあれば買う』と適当に答えた。
八月の半ばに登校日があるから、その日まで日持ちするものがあれば買って行くのもいいかもしれない。
いや、でも、うだるような暑さの中、わざわざ持っていくのも荷物になるしなぁ。
――あ、これ久我が好きそう~。
兜の形のもなかは、中にあんこと餅が入っているらしく、なんとか賞で金賞を受賞したらしい。
ひと際大きく展開されたそれを手に取り、校外学習で鎌倉へ行ったとき、大仏さま焼きを容赦なく半分に割った久我を思い出した。
「……いやいやいや!」
なんでここで久我を思い出すんだよ。
じわっと熱くなってしまった首筋を、慌てて手で押さえつけた、そのときだ。
「あら、それおいしそうじゃない。家用にも一箱買いましょ」
「え」
「またぼーっとして~。早く買って出ないと、道混むのよ!」
母さんは俺の手から四個入りのもなかの箱を奪い取り、家用の大きなサイズと一緒にレジへと持って行ってしまった。
取り残された俺は、陳列された菓子箱を手に取り、賞味期限を確認する。……二週間。ぎりぎり登校日より前にダメになる。
俺はそっとポケットに手を入れ、スマホを握り締めた。
――べつに、遊びに誘うくらい普通だよな……?
変に意識してしまうことが続いたからおかしくなっているだけで、本来友達と二人で夏休みに遊ぶのは、普通のことのはずだ。
とりあえず、誘うだけ。無理だったら、俺が一人でむしゃむしゃ食べればいいし。
【登校日までの間で、空いてる日ある?】
少しだけ気合いを入れてメッセージを送ると、トーク画面に吹き出しが表示されたのとほぼ同時に、既読マークがついた。
「え、早ぁ」
にやけた次の瞬間には、久我から【いつでも】と返事が届く。そうしてあっという間に、久我と遊ぶ予定が立った。
鏡の前でうーん、と唸ること三十分。
「あー、もうこれにしよ! 普通が一番だよ!」
鏡の中の自分を鼓舞して、俺は急ぎ足で家を飛び出た。
今日は、久我と二人で遊びに行く日。
前日の夜から服装は一応考えていたのだけど、頭で考える組み合わせが、俺という絵にかいたような平凡に似合うかというと、話は別なのだ。
結局、当たり障りのない普通のTシャツにちょっと涼しいカーゴパンツという、少年のような格好になってしまったけど。
――べ、べつに友達と会うだけだし……!
どこの誰に言い訳しているのか自分でもわからないけど、とにかくそうしなきゃバスに乗り込むのも躊躇ってしまうほど、変な汗をかいていた。
「あ……!」
待ち合わせ場所の映画館の前には、すでに久我の姿があった。
「百瀬」
「久我! おはよ~!」
駆け寄ると久我は、なぜかきゅっと唇を噛む。
「ん? どしたの?」
「いや……私服、いいなって」
「え! そぉ⁉」
あ、やばい。なにを素直に喜んでんだ。
「ふはっ……うん、かわいい」
「そこはかっこいいでお願いしたいわぁ」
とは言ったものの、目の前に極上の男前がいるわけだから俺が『かわいい』になるのは納得といえば納得だ。たとえば幼稚園児とか、犬とか、猫とか、そういう類のやつな。
「久我は完璧にかっこいいな!」
俺と同じように、シンプルなTシャツにゆるいスラックスを穿いているだけなのに。なんだかモデルみたいだ。
俺のは、シンプルしかバリエーションがないやつで、久我のは、あえてのシンプルだとわかる差がある。
「……ありがと」
すると久我は、いつになく熱い視線を送ってきた。
まさかここでほくろを見せろとは言わないだろうけど、言われてるような気分になって、ちょっと困る。
「と、とりあえず行こ! あ、これお土産ね、帰りに渡す!」
そう言って俺は歩き出しながら、もなかの紙袋をひょいと久我へ見せた。
「それ、みんなに買ってきてくれたの?」
「え、いや、えっと……」
「百瀬って、いつもアイツらにお土産とか買ってきてくれてんだな。俺一回もそんなことしたことねーわ」
「あ……んー……俺も……」
「え?」
「……久我、だけ」
「……は……?」
「久我のしかなくて……だから、その、阿久津たちには内緒にして?」
さすがの阿久津たちだって、お土産ひとつで文句言ったりしないだろうけど。
どちらかと言えば、阿久津たちに買ってこなかったことより、久我にだけ買ってきたことを知られたらまずい気がした。
「……俺だけ?」
「ほら、鎌倉で、大仏さま焼き半分こしてくれたじゃん! それでそのー、思い出したというか」
「ああ……そっか……そっかそっか」
久我は何度も頷き、それから短く「さんきゅ」と言って紙袋を手から奪っていく。
「え、俺持つ――」
「すげえ嬉しいから、早く俺に持たせて」
とろけるような甘い視線に、足が止まる。
「マジで嬉しい。ありがと、百瀬」
「ん……! いいよ、そんなに何度も言わなくて!」
身体中が熱く沸騰して、つい語気が強くなってしまう。
久我は見たこともない満面の笑みで俺を見つめてくるから、どんな顔でいればいいのか、全然わからない。
だけど……喜んでくれたなら、よかった。
なんだか、ふっと肩の力が抜けて、映画館へと並んで歩く足取りは、やけに軽くなった。



