百瀬のほくろを俺だけに見せて


 一学期の終業式の日。
 外はあいにくの雨で、浮かれた気持ちが少しだけ沈む。

「百瀬」
「……な~に」
「なんで嫌そうな顔すんの」
「べつに……そんな顔してませんケド」
「してんだな、それが」

 くくく、と笑い声をかみ殺しながら、久我はじっと俺の首元を見つめていた。
 雨の日は、格技棟の下駄箱の前。ここで久我は、俺にほくろを見せろとせがむのだ。
 俺は戸惑いながら、シャツのボタンを外す。
 どうしてだろう。一学期の間、ほぼ毎日繰り返してきたことなのに。
 なんか……今日はすっごく、とんでもないことをしている気分になっている。

「……ほんとに見たい? べつに今日もいつもと同じだよ?」
「知ってる。だから見たいんじゃん」

 だから、の意味が全然わからない。いまさらだけど、毎日ほくろを見たがるって、やっぱ意味わかんないわ。
 とはいえこの約束を持ち掛けたのは自分だ。だからもう、しょうがない。 覚悟を決めて、俺はシャツの襟元を露わにし、久我に鎖骨を差し出した。

「……ん」

 この無言の時間がつらい。久我の熱い視線が、今、自分の鎖骨のほくろに注がれている。そう思うと、ほくろがじくじくして、足元はそわそわする。
 早く終わんないかな。……もう、いいかな。

「なぁ、もういい――」
「ダメ」

 たまらず襟元を閉じようとした手は、久我に阻まれてしまった。その一瞬、熱のこもった瞳と視線が交わり、心臓がびくっと跳ねる。

「な、なんか今日長くね……?」
「だってしばらく会えないじゃん、だから見溜めしとく」
「……はぁ~……?」

 ため息混じりに久我を見やると、また視線がぶつかる。
 もういいから、ほくろだけを見ていてほしい。会話するとき、律儀に俺の顔なんか見なくていいって。

「……なんかさ、今日恥ずかしがってる?」
「は⁉ ぜんっぜんっ⁉」

 恥ずかしいわけないだろ、ただほくろを見せるだけで。

「いや焦りすぎだろ」
「は、恥ずかしいわけないじゃん! 久我が目ぇ合わせてくるから、気まずいって思ってただけだよ!」

 そうそう、これだ。
 気まずいだろ、いつもはほくろに注ぐ熱い視線が、自分のこと見てたらさ?

「……ふーん……」

 なんだ、その微妙な返事は。
 絶対信じてもらえてない気がして、俺はぷいっと顔を逸らし、床に視線を落とす。

「あは……百瀬、首、真っ赤だよ」
「ひっ」

 ……⁉
 ぎょっとして顔を見合わせた俺たちは、お互い身動きひとつせずに、石のように固まった。
 なんて声出してんだよ、俺。ていうかなんで久我も、俺の首なんか触ってんの……⁉

「……な、なに?」
「……いや、うん、ごめん」

 そっと離れていく指先を追いかけるように、俺は目を伏せた。
 触れられた首筋には、まだ久我の熱が残っている。……夢、じゃないよな、これ。

「……長えな、夏休み」
 久我はぽつりと言ったけど、俺はとにかく自分の心臓がうるさくて、なんだか曖昧にしか聞こえなかった。