「百瀬って押しに弱そう」
「……はぁ?」
「あ、やっとこっち向いた~」
なんだよ、せっかく今、いいところだったのに。
和田はこういうところが面倒だ。人が本を読んでいたら、普通は静かにするだろ。
「……百瀬はやっぱいいよなぁ」
俺が本を読んでいても馬鹿にしないし、ごく自然に隣にいてくれる。
あまりに静かだから退屈しているのかと思えば、雲を指差し、あれがウシで、あれがトラで、『十二支そろわないかな~って期待してたとこ』とか。
空を見上げて、ちょっとニッチな楽しみ方をしていたりする。
かわいすぎるだろって。
「おまえ、本当どした? なんでそんなに百瀬にハマってんの?」
「教えない」
「だるぅ~」
教えるわけない。百瀬の鎖骨のほくろは、俺と百瀬、二人だけの秘密だ。
空を見上げて雲の形に目を輝かすことだって、俺だけが知っていればいい。
「まぁでもさ、気持ちはわかるよ? 百瀬といると心が安らぐっつうか」
「おまえが百瀬を語るな」
「はぁ⁉ 久我より俺のほうが先に友達だったんですけどぉ~」
いつの間にか合流していた阿久津は、心底腹が立つ顔でマウントを取ってきた。
だけど俺は……俺たちは、おまえらには言っていない秘密の関係だ。
なんてったって、百瀬は俺が頼めば、素直にシャツのボタンを外して、鎖骨を差し出してくれるんだぞ。
「ふっ……まあ言ってろ」
「なに⁉ そのしたり顔うぜえな! イケメン垂れ流してんなよ!」
「意味わかんね。つうか百瀬は?」
「担任に校外学習のプリント運ぶの手伝えって頼まれて職員室よ。よくあんなの引き受けるよな~」
なんだよ、それ。俺も一緒にやりたかったんだけど。
「まあだって、百瀬だもん。担任もわかってて指名してんだろ」
「あいつ断らねえからなぁ。いいように使われんだよな」
和田と阿久津はスマホに目をやりながら、わかったような言葉を並べた。
「……百瀬はそうじゃねーだろ」
たしかに、いいように使われていると、見てて思うことはある。そんなの許すなよって、常々俺が一番そう思ってるし。だけど。
「百瀬は、嫌なことは嫌って言うじゃん。だから使われてんじゃなくて、助けてやってんだろ」
ほくろを見せるのはいい。だけど俺にじとーっと見られるのは嫌、とか。
自分のシャツにカレーをぶちまけられても怒らないけど、俺たちが横に広がって歩くと、人の迷惑になるからと注意してきたりもする。
百瀬は言いたいことを我慢してるわけじゃない。やりたくないことを押し付けられてるわけでもない。
あいつは、ただただ器がデカいだけだ。
「……なぁに、ちょっとぉ~。俺が一番百瀬のことわかってますマウントぉ?」
「やだわぁ、青いわぁ」
「うざ」
茶化してきた阿久津たちを、毒づいたときだった。
「な、なんかありがとな、久我?」
聞き覚えのあるやわらかな声が続いて、ばっと後ろを振り向く。
「……なんでいんだよ……!」
そこに立ち尽くしていたのは、百瀬だった。
つぶらな瞳をぱちぱち瞬かせ、まるで照れたようにはにかんでいる。
いったいどこから話を聞いていたんだろう。ありがとうってことは、少なくとも俺の最後の発言は聞かれた? ……ちょっと待って、恥ずかしくて死にそうなんだけど?
「久我、今日、図書当番な?」
「……ハイ……」
いたたまれなくなって、俺は手で目元を隠して、百瀬に見ないで欲しいって心の底からそう思っていた。
「あと、さ……」
なんだ、まだなにか言いたげだぞ。
ずっと見てたからって、わかった気になっちゃって、本当痛々しい。もうやだ。言葉の続きを聞くのが怖い。
指の隙間から、おそるおそる様子を窺ったときだった。
「久我……校外学習の班、一緒にならない?」
百瀬は、はにかみながら俺を見つめていた。
あの百瀬が、俺のことを誘ってくれた……?
「………な、る。なる。なるしかないな。なろう」
「ウケる、久我の語彙が消滅してる」
「静かにして和田」
笑いごとじゃないし、今この瞬間、俺と百瀬の間には塵ひとつ通したくない。
いつでも、どこでも、誰とでも楽しいと笑う百瀬が、俺を誘ってくれたんだ。
いつもより控えめな笑顔を目に焼き付けるために、俺はじいーっと百瀬を見つめ続けていた。



