百瀬のほくろを俺だけに見せて


 がやがやと騒がしい教室で、俺はシャツのボタンを三つ外した。
 普段ならボタンの三つ開けなんて絶対にしないけど、今は非常事態だ。
 四月だというのに、気温は二十八度。窓際の一番後ろの特等席も、この暑さじゃ罰ゲームでしかない。

「あっつー……」

 ぱたぱたと首元をあおぎながら、ふと廊下側へ顔を向けると。

 ――あ。

 ぱちっと目が合って、すっと逸らされる。

 ――ま、またぁ……?

 俺は机の隅に書いた正の字に、線を一本書き足した。
 二、四、六……今のでちょうど二十個。それってつまり?

「……ひゃく?」
「ん? 百瀬なんか言ったぁ?」

 俺のひとり言が聞こえてしまったらしく、前の席の坊主頭が振り向く。
 阿久津とは一年の頃から同じクラスで、気づけばよく一緒にいる仲だ。いっそ、思い切って聞いてみるか。

「なぁ……偶然で一日に百回も目が合うことって、あると思う?」
「なにそれ、こわっ!」
「怖いっていうか……気にならない?」

 最近、やたらと目が合うクラスメイト。俺はそれが気になってしまって、ついに今日は、その回数を数えてみることにしたのだ。
 そしたらなんと、百回だって。……どうなってんだ?

「気になるって……え、まさか、ラブが始まってるって話⁉ うぜぇ! 聞くんじゃなかった!」
「ちげーよ! 勝手に一人で話進めんなぁ」

 ラブなんて淡いものならまだいいけど、絶対そうじゃない。この俺だぞ、見初められるような特徴なんてひとつもないし。そもそも相手は男だ。ラブの可能性より、考えられることといえば。

「……やっぱ背後霊でも憑いてんのかなぁ……」
「ばーか、百瀬のばーか」
「おい、聞けよぉ~」

 全然真剣に取り合ってくれない阿久津の腕に縋りついた、そのとき。

「なぁ、窓開けてくんない?」

 大きくも小さくもない声に、騒がしかった教室の空気が、ぴたっと止まる。

 廊下側の席から声を飛ばしてきたのは、久我伊織だった。
 見目麗しい彼には、凄まじい吸引力がある。たぶん、ああいう人のことを、カリスマって呼ぶんだと思う。

「はいはーい」

 平民の俺は、言われるまま自分の横の窓を開けた。
 たしかにちょっと熱気がこもっている感じがしたし、思い思いの制汗剤の匂いが混ざって、不快に思う人もいたかもしれない。

「てめーが開けに来いや、わがままキングがよぉ!」

 阿久津がデカい声で煽っても、久我は安定の無視。柱に背を預けて、じっとこちらを見ているだけだ。
 さすが絶対零度の男。あれが王者の風格ってやつなんだろうか。

 結局いつまでも阿久津が動かないので、しかたなく俺がそっちの窓も開けておいた。

「百瀬! んなことやらなくていいよ、アイツにやらせろ!」
「まぁ、ついでだからさ」

 ちょうど教室に、先生が入ってきたところだ。授業の時間が押せば休み時間が減って、損をするのは俺たちだし。

「……さんきゅ、百瀬」
「いいえー」

 久我の声に軽く答えると、俺は席に着いた。

 ………うん。やっぱりなんか変だな?
 ああやって俺たち、普通に話せるじゃん。なのになんで――。

 どうして久我は、一日に百回も俺のことを見てくるんだろう……?