クソと太陽

 「陽太はさぁ、いつになったら普通ができるの」
母さんの口癖だ。おれは生まれつき体が弱かった。だから、保育園も休みがちで友達もいなかった。おまけに天パで、男のくせに女の子みたいな顔をしてるからっていじめられてる。母さんは、そんなおれが好きじゃない。
 「なんで普通にできないの」
 「なんでそんなに、周りの子と違うの」
 母さんはいつも泣いていた。おれが「普通」にできないから。
 ごめんね、母さん。いつも、ご飯ちゃんと食べなくて。ちゃんと、友達できなくて。いじめられててごめんね。
 「普通」ってなんなんだろう。
 その答えは案外すぐ見つかった。


 「陽太くん? ようちゃんって呼んでいい?」
目の前の男の子は、おれを見るなりそう言った。おれよりちょっと高い背丈に、ちょっと大きい手。転んでできたのか、血が固まって瘡蓋になったキズが膝と顔にある。
「明太君って言うの? 素敵な名前! うちの陽太と同い年なんだね! ぜひ仲良くしてほしいな!」
母さんが今までおれに向けたことが無いくらいの笑顔で「明太君」に呼びかけた。明太君はとびきりの笑顔で「うん」と頷くと、おれに向かって右手を差し出してきた。
 おれはその笑顔を見ると、心の中がポカポカして、でもなんだか恥ずかしくて、母さんのスカートの裾をギュッと握り、後ろに隠れる。母さんはいつもおれを撫でるときより強い力でおれの頭を抑えた。
「陽太。せっかく明太君が握手しようとしてくれてるのに」
「うっ……」
前に押し出されそうになったおれを見て
「いいのいいの。緊張しちゃうよね」
と明太君のお母さんが笑いかけてくれた。明太君は自分のお母さんを見上げてから、おれを見た。
「……ふぅん。めいくんは緊張しないよ! 5歳だもん!」
そう言って指を精いっぱい広げた手をおれに向かって見せた。目の前の明太君の誇らしげな顔を見ると、その手を握りたくなって一歩前へ出た。
 「よ……ようちゃんも、5歳」
そう言って精いっぱい開かれた手を握る。明太君は途端に笑顔になっておれの手をギュッと握り返した。
「おんなじじゃん! ねえ、めいくんのことはさ、めいくんって呼んでいいよ!」
「……めいくん」
「うん!」
めいくんは元気な返事をしておれの手を引っ張った。雑草だらけの、自分の家以外の庭はばじめてだった。


 その日の夜、母さんは珍しくご機嫌だった。おれの好きなカレーと、野菜ジュースを出してくれた。
 「よかったねぇ、陽太! めいくん良い子だねぇ。子どもって感じの元気な子! 陽太もめいくん見習おうね」
母さんの言う「普通」ってめいくんなんだ。
 じゃあ、おれはめいくんみたいになればいいんだ。


 でもそれが無理だってわかったのは、小学校に上がってからだった。
 だって、めいくんは普通よりすごい。同級生の中では一番背が高くて、かけっこも一番。みんなの人気者。
 何より、おれのことをいじめない。知らない子がいっぱいいる教室の中で、ずっと隅っこに机をやって絵本を読んでいても、そっと手を差し伸べてくれる。めいくんがいるからおれは普通でいられる。
 ちゃんと学校に行って、ごはんを食べて、泣かないでお家に帰る。それだけのことで母さんは喜んでた。母さんはおれが「普通に」帰ってくるのが嬉しいみたいで、毎日ドアの前に立って待っててくれるようになった。センサーで点灯する玄関ライトを何度もつけたり消したりしながら。
 それで、オートロックなのに鍵を忘れちゃって
「おかえり」
と笑う母さんのすぐ後ろで「カチッ」って音が鳴って家に入れなくなった時は2人で大笑いした。今でも棒状のドアノブの上に付属している丸い電子錠が、ゆっくり回っていく光景が瞬時に思い出される。