「テストおつかれーい」
「解放感えっぐ~」
中間テストの最終日、俺は午後から仲の良いクラスメイト達と街に遊びに来ていた。中には京弥とカイもいる。
カフェのテラス席で、買ったばかりのフラペチーノで乾杯をする。
繰り広げられるくだらない会話にたまに口を挟みながら、俺は太めのストローで中の果肉を吸った。
「倉のなに?」
すると、隣の席から京弥が声をかけてきた。
「俺イチゴ。新作のやつ」
「あー。迷ったんだよな」
「一口飲む?」
何気なく返しながら、ストローを京弥の方に向けてやる。京弥は身を乗り出して、そこに口を付けた。
その姿を見た瞬間に、かっと全身が熱くなる。
待って、これ間接キスじゃん。
別に男同士だし、幼馴染だし、こんなの日常茶飯事だ。だけど京弥を好きだって自覚してからは、やっぱり照れ臭い。
「あまい」
一人で表情筋を必死に引き締めていると、口を離した京弥がそう言って俺を見た。
「そうじゃん。きょーや、甘いの無理じゃん。なんで飲んだん?」
「倉が美味そうに飲んでたから」
「ええ……なんだそれ……」
余計に照れるだろ、ばか……!
そんな言葉は心の中に押し込めて、俺は不自然に口を尖らせながら、ドリンクを自分の胸の前に戻した。
「俺にも分けて~」
すると今度は反対側の隣から、呑気な声が聞こえてくる。
視線を向けると、カイがすでに俺のドリンクに狙いを定めていた。
それも束の間、京弥が素早く俺の手首を掴んで、手首ごとドリンクを自分のもとに引き寄せた。
「おまえはだめ」
「は? なんで?」
「倉の分が減るから」
「そんなにいっぱい飲まねえし」
カイは不満そうにしているが、京弥は取り合う気がなさそうだ。俺の手首は京弥に掴まれて、その胸に抱き込まれている。
突拍子もない言動に頭が真っ白になって、目の前がぐるぐる回るような気分だった。
「倉、俺のもいる?」
「えっ……あ、うん。もらう……」
京弥に声をかけられて、はっと我に返った。京弥が「ん」と自分のドリンクを俺の前に差し出してくる。
間接キス、間接キス、間接キス……。
いやばか、考えるな。何も考えない、これはただのフラペチーノ……!
脳内で騒がしく自分に言い聞かせながら、俺はストローを口に咥えて、ドリンクを啜った。
口の中にコーヒーの苦味が広がる。
「……結構にがい」
「そう? 倉、甘党だもんな」
「うん」
平静を装い、ドリンクを京弥に返した。だけどまだ心臓がうるさい。
いつまで俺の手首を抱きかかえているんだろう。
離してほしいような離してほしくないような、複雑な気持ちが俺の胸を巡っていた。
「このあとどうするー?」
「カラオケ」
「先週も行ったべ」
「ラウワン」
「あり寄りのなし寄りのあり」
「どっちそれ」
店を出た俺達は、陽の光を浴びながら目的もなく歩き出す。前の方でわいわいするのを聞きながら、俺は京弥と後方を歩いていた。
「倉、こっち」
京弥が不意にそう言って、俺の身体を自分のもとに抱き寄せた。その直後に、後ろから来た自転車がすぐそばを通過していく。
「っ、さ、さんきゅー」
まだ京弥の片腕が俺の背中に回った状態で、俺は必死に声を絞り出した。
通り過ぎていった自転車を見ていた京弥は、俺に視線を落とすと、ふ、と小さく微笑んだ。
そしてそのまま、車道側にいた俺は、さりげなく位置を入れ替えられる。
……なんか、こうしてると、本当に彼女になった気分だ。
ずっと憧れていた。女子はいいな、京弥の隣で守られて、可愛がられる存在なんだから──と。
そのポジションに立っているみたいで、俺は正直舞い上がっている。
意識していないと表情筋が今にも緩んでしまいそうだ。
「……ねえ、倉。二人で抜けない?」
京弥は腰を屈めてこそっと俺に耳打ちをする。「え?」と俺が返す間もなく、ぐいっと腕を引っ張られた。
前方を歩く集団が俺達を見ていない隙に、脇道に逸れる。
早足で前を歩く京弥に腕を引かれながら、俺は信じられないような気持ちでいっぱいだった。
「っ、どしたの、急に。京弥がこういうことすんの、珍しいじゃん」
「ね、俺もそう思う」
こっちを振り向いた京弥は、困ったように笑った。自分がしたことなのに、随分他人事のようだ。
「まって。早速みんなから鬼電きてるけど」
「俺にも来てる。通知切っとこ」
「えげつな」
俺達は細い路地を抜け、開けた場所まで来てから足を止めた。
早足で歩いたからか、突然のことに驚いたからか、まだ心臓がばくばく言っている。
「どこ行く?」
「え? 行きたいとこがあったんじゃないの?」
「ないよ。倉と二人きりがよかっただけ」
さらっと言ってのける京弥に、俺は思わず咳き込んでしまった。
最近の京弥、ちょっと心臓に悪すぎる。
直球っていうかなんていうか、別に深い意味なんかないと思うんだけど、俺にはいちいち刺さってしまう。
「あいつらといたら落ち着かないんだよ。隙あらば邪魔してくるし……倉のこと、独り占めできないじゃん」
「はあ……? 京弥は俺を独り占めしたいの? なんで?」
「なんでって……」
京弥が俺に視線を合わせる。いつもより真剣な眼差しにどきっとしたのも束の間──
「あーっ! いた!」
遠くの方から聞き覚えのある大きな声がして振り向くと、道の先にさっき別れたばかりの集団がいた。
「やば……走るぞ」
「ガチ? 俺足遅いんだけど」
「いいから」
そう言うなり、京弥は俺の手を握った。さっきは腕だったけど、今度は手だ。
「俺の手、離さないでね」
京弥は不敵に笑うと、勢いよく駆け出した。俺も慌ててもつれそうになる足を動かし、京弥の後を追う。
繋がれた手がじんわりと汗ばんでいく。
俺の手汗なのか、京弥のものなのか、もうわからなかった。
*
「あーー、楽しかった。すごい充実感」
すっかり暗くなった夜道を歩きながら、俺は満たされた気持ちで声をあげた。
あれから友人を何とか撒いた俺達は、近くにあったショッピングモールに入った。特に当てもなくぶらぶらとしていただけだけど、京弥と同じ時間を共有できただけで、何にも代えがたいほど楽しかった。
「きょーやとおそろのシャーペン買えたのうれしー」
「ふはっ、おそろって。よくあるやつだから、多分クラスの三割ぐらいお揃いになるよ」
「かわいくないこと言うなぁー! せっかく嬉しかったのに……!」
隣を歩く京弥に、むっとした顔を向ける。そんな俺の威嚇はちっとも効いていないらしく、京弥はクツクツと喉の奥を鳴らして笑っている。
「じゃあ、かわいいことも言っていい?」
「いーよ。かわいいかどうかは俺が判断してあげる」
俺が偉そうに口角を上げながら返すと、京弥はポケットに手を入れたまま腰を屈め、俺に顔を寄せた。
「倉といんの、楽しくてどうにかなりそう」
言葉の意味を理解して、一拍遅れて息を呑む。それから顔が近づいたことで、この前のキスを思い出して、思考が止まった。
これも俺を堕とす作戦の一環なんだろう。
そうわかっているのに、まんまと食らってドキドキして、馬鹿みたいだ。
「……っ」
「お兄さんたち~!」
あと少しで唇が触れそうだと思ったそのとき、遠くの方から鈴を転がしたような声が聞こえてきた。
視線を向けると、近くにメイド服の女性が何かのボードを持って立っている。
女性は小走りで駆け寄ってくると、京弥の方にずいっと身を寄せた。
「今なら初回半額なんですけど、よかったらどうですかぁ」
「ごめんなさい、未成年なんで」
「危ないお店じゃないから、お兄さん達でも入れますよぉ」
「あー間に合ってます──……」
京弥と女性が会話を交わすのを、俺は放心状態のまま眺めていた。まだ顔が熱い。あのまま声を掛けられなかったら、キスされていたのか……?
一瞬浮かれていた俺は、不意に女性に視線を引き付けられた。大きな目と長い睫毛が特徴的な女性は、上目遣いではにかみながら、手にしていたボードをぐいぐいと京弥に押しつけている。
茶目っ気溢れるその様子に、俺にはない愛嬌を感じて、ちくりと胸が痛んだ。
小柄で華奢で柔らかそうで、京弥の腕の中にすっぽり埋まってしまいそう。京弥の隣に似合うのは、こういう女性なんだろう。
──だけど、俺は?
建物の窓ガラスに反射する俺は、どこからどう見ても男だ。彼女を見た後だから、余計にその差を感じてしまう。
あんなに背が低いわけじゃないし、華奢っていうかひょろひょろだし、そのくせ身体はどこもかしこもゴツゴツしている。
彼女のように扱われて、浮かれていた。馬鹿みたいだ。どこまでいっても、俺は男でしかないのに。
「倉?」
声をかけられて、思考が止まる。顔を上げると、京弥が不思議そうに首を傾げていた。
「帰ろう」
「……うん」
京弥と一緒に、再び夜の道を歩き出す。さっきまでと同じ肩が触れる位置にいるはずなのに、どうしてか距離を感じた。
「解放感えっぐ~」
中間テストの最終日、俺は午後から仲の良いクラスメイト達と街に遊びに来ていた。中には京弥とカイもいる。
カフェのテラス席で、買ったばかりのフラペチーノで乾杯をする。
繰り広げられるくだらない会話にたまに口を挟みながら、俺は太めのストローで中の果肉を吸った。
「倉のなに?」
すると、隣の席から京弥が声をかけてきた。
「俺イチゴ。新作のやつ」
「あー。迷ったんだよな」
「一口飲む?」
何気なく返しながら、ストローを京弥の方に向けてやる。京弥は身を乗り出して、そこに口を付けた。
その姿を見た瞬間に、かっと全身が熱くなる。
待って、これ間接キスじゃん。
別に男同士だし、幼馴染だし、こんなの日常茶飯事だ。だけど京弥を好きだって自覚してからは、やっぱり照れ臭い。
「あまい」
一人で表情筋を必死に引き締めていると、口を離した京弥がそう言って俺を見た。
「そうじゃん。きょーや、甘いの無理じゃん。なんで飲んだん?」
「倉が美味そうに飲んでたから」
「ええ……なんだそれ……」
余計に照れるだろ、ばか……!
そんな言葉は心の中に押し込めて、俺は不自然に口を尖らせながら、ドリンクを自分の胸の前に戻した。
「俺にも分けて~」
すると今度は反対側の隣から、呑気な声が聞こえてくる。
視線を向けると、カイがすでに俺のドリンクに狙いを定めていた。
それも束の間、京弥が素早く俺の手首を掴んで、手首ごとドリンクを自分のもとに引き寄せた。
「おまえはだめ」
「は? なんで?」
「倉の分が減るから」
「そんなにいっぱい飲まねえし」
カイは不満そうにしているが、京弥は取り合う気がなさそうだ。俺の手首は京弥に掴まれて、その胸に抱き込まれている。
突拍子もない言動に頭が真っ白になって、目の前がぐるぐる回るような気分だった。
「倉、俺のもいる?」
「えっ……あ、うん。もらう……」
京弥に声をかけられて、はっと我に返った。京弥が「ん」と自分のドリンクを俺の前に差し出してくる。
間接キス、間接キス、間接キス……。
いやばか、考えるな。何も考えない、これはただのフラペチーノ……!
脳内で騒がしく自分に言い聞かせながら、俺はストローを口に咥えて、ドリンクを啜った。
口の中にコーヒーの苦味が広がる。
「……結構にがい」
「そう? 倉、甘党だもんな」
「うん」
平静を装い、ドリンクを京弥に返した。だけどまだ心臓がうるさい。
いつまで俺の手首を抱きかかえているんだろう。
離してほしいような離してほしくないような、複雑な気持ちが俺の胸を巡っていた。
「このあとどうするー?」
「カラオケ」
「先週も行ったべ」
「ラウワン」
「あり寄りのなし寄りのあり」
「どっちそれ」
店を出た俺達は、陽の光を浴びながら目的もなく歩き出す。前の方でわいわいするのを聞きながら、俺は京弥と後方を歩いていた。
「倉、こっち」
京弥が不意にそう言って、俺の身体を自分のもとに抱き寄せた。その直後に、後ろから来た自転車がすぐそばを通過していく。
「っ、さ、さんきゅー」
まだ京弥の片腕が俺の背中に回った状態で、俺は必死に声を絞り出した。
通り過ぎていった自転車を見ていた京弥は、俺に視線を落とすと、ふ、と小さく微笑んだ。
そしてそのまま、車道側にいた俺は、さりげなく位置を入れ替えられる。
……なんか、こうしてると、本当に彼女になった気分だ。
ずっと憧れていた。女子はいいな、京弥の隣で守られて、可愛がられる存在なんだから──と。
そのポジションに立っているみたいで、俺は正直舞い上がっている。
意識していないと表情筋が今にも緩んでしまいそうだ。
「……ねえ、倉。二人で抜けない?」
京弥は腰を屈めてこそっと俺に耳打ちをする。「え?」と俺が返す間もなく、ぐいっと腕を引っ張られた。
前方を歩く集団が俺達を見ていない隙に、脇道に逸れる。
早足で前を歩く京弥に腕を引かれながら、俺は信じられないような気持ちでいっぱいだった。
「っ、どしたの、急に。京弥がこういうことすんの、珍しいじゃん」
「ね、俺もそう思う」
こっちを振り向いた京弥は、困ったように笑った。自分がしたことなのに、随分他人事のようだ。
「まって。早速みんなから鬼電きてるけど」
「俺にも来てる。通知切っとこ」
「えげつな」
俺達は細い路地を抜け、開けた場所まで来てから足を止めた。
早足で歩いたからか、突然のことに驚いたからか、まだ心臓がばくばく言っている。
「どこ行く?」
「え? 行きたいとこがあったんじゃないの?」
「ないよ。倉と二人きりがよかっただけ」
さらっと言ってのける京弥に、俺は思わず咳き込んでしまった。
最近の京弥、ちょっと心臓に悪すぎる。
直球っていうかなんていうか、別に深い意味なんかないと思うんだけど、俺にはいちいち刺さってしまう。
「あいつらといたら落ち着かないんだよ。隙あらば邪魔してくるし……倉のこと、独り占めできないじゃん」
「はあ……? 京弥は俺を独り占めしたいの? なんで?」
「なんでって……」
京弥が俺に視線を合わせる。いつもより真剣な眼差しにどきっとしたのも束の間──
「あーっ! いた!」
遠くの方から聞き覚えのある大きな声がして振り向くと、道の先にさっき別れたばかりの集団がいた。
「やば……走るぞ」
「ガチ? 俺足遅いんだけど」
「いいから」
そう言うなり、京弥は俺の手を握った。さっきは腕だったけど、今度は手だ。
「俺の手、離さないでね」
京弥は不敵に笑うと、勢いよく駆け出した。俺も慌ててもつれそうになる足を動かし、京弥の後を追う。
繋がれた手がじんわりと汗ばんでいく。
俺の手汗なのか、京弥のものなのか、もうわからなかった。
*
「あーー、楽しかった。すごい充実感」
すっかり暗くなった夜道を歩きながら、俺は満たされた気持ちで声をあげた。
あれから友人を何とか撒いた俺達は、近くにあったショッピングモールに入った。特に当てもなくぶらぶらとしていただけだけど、京弥と同じ時間を共有できただけで、何にも代えがたいほど楽しかった。
「きょーやとおそろのシャーペン買えたのうれしー」
「ふはっ、おそろって。よくあるやつだから、多分クラスの三割ぐらいお揃いになるよ」
「かわいくないこと言うなぁー! せっかく嬉しかったのに……!」
隣を歩く京弥に、むっとした顔を向ける。そんな俺の威嚇はちっとも効いていないらしく、京弥はクツクツと喉の奥を鳴らして笑っている。
「じゃあ、かわいいことも言っていい?」
「いーよ。かわいいかどうかは俺が判断してあげる」
俺が偉そうに口角を上げながら返すと、京弥はポケットに手を入れたまま腰を屈め、俺に顔を寄せた。
「倉といんの、楽しくてどうにかなりそう」
言葉の意味を理解して、一拍遅れて息を呑む。それから顔が近づいたことで、この前のキスを思い出して、思考が止まった。
これも俺を堕とす作戦の一環なんだろう。
そうわかっているのに、まんまと食らってドキドキして、馬鹿みたいだ。
「……っ」
「お兄さんたち~!」
あと少しで唇が触れそうだと思ったそのとき、遠くの方から鈴を転がしたような声が聞こえてきた。
視線を向けると、近くにメイド服の女性が何かのボードを持って立っている。
女性は小走りで駆け寄ってくると、京弥の方にずいっと身を寄せた。
「今なら初回半額なんですけど、よかったらどうですかぁ」
「ごめんなさい、未成年なんで」
「危ないお店じゃないから、お兄さん達でも入れますよぉ」
「あー間に合ってます──……」
京弥と女性が会話を交わすのを、俺は放心状態のまま眺めていた。まだ顔が熱い。あのまま声を掛けられなかったら、キスされていたのか……?
一瞬浮かれていた俺は、不意に女性に視線を引き付けられた。大きな目と長い睫毛が特徴的な女性は、上目遣いではにかみながら、手にしていたボードをぐいぐいと京弥に押しつけている。
茶目っ気溢れるその様子に、俺にはない愛嬌を感じて、ちくりと胸が痛んだ。
小柄で華奢で柔らかそうで、京弥の腕の中にすっぽり埋まってしまいそう。京弥の隣に似合うのは、こういう女性なんだろう。
──だけど、俺は?
建物の窓ガラスに反射する俺は、どこからどう見ても男だ。彼女を見た後だから、余計にその差を感じてしまう。
あんなに背が低いわけじゃないし、華奢っていうかひょろひょろだし、そのくせ身体はどこもかしこもゴツゴツしている。
彼女のように扱われて、浮かれていた。馬鹿みたいだ。どこまでいっても、俺は男でしかないのに。
「倉?」
声をかけられて、思考が止まる。顔を上げると、京弥が不思議そうに首を傾げていた。
「帰ろう」
「……うん」
京弥と一緒に、再び夜の道を歩き出す。さっきまでと同じ肩が触れる位置にいるはずなのに、どうしてか距離を感じた。


